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第14話:暴露

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 週末金曜日の夕方、NPO法人マザーポート適応支援ハウス…

 広めのフローリング部屋で、テーブルを挟んで座る綾と愛莉、そして五十嵐と和真。

 肌を突き刺すようなピリピリした空気が、四人を包み込んでいる…


 「――本当なの?カズマ?…」

 おびえた表情の綾が、和真へ尋ねた。

 「君らと同じグループだった何人かからも、証言を取って――」

 「あんたに聞いてないから」

 五十嵐を一蹴いっしゅうしてしまう綾。

 「――…本当だ」

 うつむく和真が、言葉を絞り出している。


 ここから綾は、聞くにえない事実を知ることになる――


 ★

 ★


 ≪おまえ、木村の事が気になってんだろ?≫

 ≪――ま、…まぁな≫

 ≪だったら今日、俺が木村へ上手いこと言って飲ませっから、おまえがシェアルームへ――≫

 ≪だ、大丈夫かぁ?≫

 ≪ヘーキだって。木村、ぜってぇツブれっから≫

 ≪そっか…。酒飲んだこと、ねぇなら…≫

 ≪俺がミンナの注意を、逸らすからさぁ≫

 ≪あ…、ああ…≫

 ≪うっせぇのは菊池と田澤だから、おれが話し掛けて()きつけっとくから――≫

 駆琉の話へ、和真が何度もうなづいた…


 ≪連れてって、やっちゃえよ――…




 「――そしたら、いきなり芹澤が来て…」

 顔を強張こわばらせる愛莉が、和真を直視している。

 「俺のこと、ボッコにしやがって…」

 愛莉の隣で座る綾は、ボーッと呆けてしまっている。

 「それで俺は、1ヶ月も入院しちゃって――…」

 俯いて肩を震わせ、和真が嗚咽おえつを始めてしまった…


 「…菊池彩乃さんを、知ってるよね?」

 今日の昼間に、マザーポートの事務所を訪ねて来た茶髪少女のことだ。

 「――うん…」

 五十嵐から問われて愛莉が答えるが、綾はボーッとしたまま無反応…

 「彼女も、証言してくれた一人なんだが――」

 腕組みをして淡々と話す五十嵐の隣で、和真が嗚咽を続けている。


 「芹澤はトー横界隈で声を掛けたたちを、言葉巧みにだましてOD(オーバードーズ)をやらせてしまい、酩酊めいていさせた所で犯したあげく、性行為による快楽のとりこや薬物中毒にしたりして、自分へ手なずけていた――」

 話す五十嵐の脳裏を、先々週に駆琉のマンション前で保護した少女の顔がよぎった。

 「今でもしてる事なんだがな…」

 

 「ODはダメだったはずじゃ…」

 嫌悪感を露わにする愛莉。

 「親御さんから用意してもらったマンションの自室を、グループの娘をはじめキッズの娘たちを犯す場所にしていた訳だ」

 淡々と話を続ける五十嵐。

 「部屋の中なら何をやっても、外からは分からないからな」

 「だって、あの部屋は、グループのシェアルームって――」

 「警察の補導から避難するため――ってのは、表向きだったのさ」

 絶句してしまう愛莉の隣で、呆け続けている綾…




 ふぅ~っと、息を吐いた五十嵐が話を続ける。


 「今度は、レイプを仕組んでまで自分に手なずけるとは…と、菊池さんは嫌気がさして、『マザーポート』へ来てくれたんだ」

 「――俺も…」

 嗚咽しながら和真が、話へ加わった。

 「菊池さんが病院へ見舞いに来てくれて、ここを紹介されて…」

 「ほんと…、よく来てくれたね」

 五十嵐が和真の肩を、ポンポンと優しく叩いている。


 「岡崎くんは、ここでカウンセリングと就労訓練を受けて、今は居酒屋で働いているんだ」

 「でも、それって…」

 愛莉は、納得がいかないようだ。

 「そうだね。まだ木村さんから、許してもらった訳ではないからね…」

 五十嵐からジッと見つめられても、綾は視線を逸らせ、ボーッと呆けたままでいる…




 「グループを解散した理由は、覚えてるよね?」

 「それは――…」

 五十嵐から問われ、愛莉が逡巡しゅんじゅんしている。


 「もうミンナも、いい大人だからって…。俺にも夢があるからって、駆琉が――」

 そこまで話した愛莉が、何かに気付いたようにハッとした。

 「まさか、それも…、表向き?」

 「そうだ。芹澤には、薬事法違反と不同意性交の容疑で捜査が迫っていて、うやむやにするためグループを解散したんだ」

 唖然とする愛莉の隣で、呆けたままでいる綾だが――

 駆琉との逢瀬の最中に、話していた事が脳裏へ浮かんでいる…


 ――それでなの?…


 ≪部屋へ女の子を連れ込んで、ヤク()漬けにしてるとかさぁ…≫

 ――OD禁止を決めたのは俺なんだから、やるわけねぇよって…


 ≪オレが借りてる部屋へ、その娘が自分から進んで来たんだし…≫

 ――だから同意があったから、レイプになるわけないって…


 ≪なあァ~?綾まで、そんな眼で見んのかぁ?≫

 ――あん時、あたしは謝ったけど…


 ≪そんな眼で見られんのが、マジでウゼぇんだ、俺は…≫

 ――でも、グループの娘や(トー横)キッズの娘たちとエッチしたのを、駆琉は否定しなかった…


 ≪あることないこと(うわさ)されんのが、超絶ウザくって…≫

 ――だから、証言されたらヤバいから、ミンナを解散させたってこと?!


 ふいに綾の脳裏で、駆琉の部屋で紫色のパンティーを拾ったことが浮かんだ。

 ――やっぱ、あれは…、部屋へトー横の娘を連れ込んでたんだ!


 ★


 「結局それは、嫌疑不十分で――」

 五十嵐が話している途中で、いきなりガタンと綾が立ち上がった。


 驚く愛莉と和真の前で、綾はテーブルへ置いてあった肩掛けボディバッグを、バッと鷲摑わしづかみにした。

 そしてドタドタと、小走りで部屋から出て行った――


 「ちょ――、ちょっと、綾ァ!」

 愛莉が立ち上がって、追いかけようとするが、

 「大丈夫だ!」

 五十嵐が、大声で制した。

 「だって、追いかけなきゃ!」

 「行くとこは、ひとつだろ?」

 落ち着き払う五十嵐が、愛莉をなだめている。


 「――でも、言われてみれば…」

 右手をあごへ当てて逡巡しながら、愛莉がつぶやいた。

 「そんなウワサ、聞いたことある…」

 呟く愛莉を、隣で立つ和真がジッと見ている。

 「綾がゾッコンだったから、あたしはシカトしてたけど…」


 「彩乃ちゃんからも、アイツは止めとけって、言われてたのにぃ…――」

 愛莉が髪を、クシャクシャ()きむしっている。

 そんな愛莉の肩を、五十嵐が右手で優しくポンポンとした。

 「キミが自分を、責めることはしなくていい」

 五十嵐へ向けた愛莉の眼が、真っ赤に充血していた…




 「――でも、なんで…」

 「うん?」

 俯いて話す愛莉の顔を、五十嵐がのぞき込む。

 「なんで、そんな酷いことを駆琉は?…」


 「愛着障害って、知ってるか?」

 「…なに?それ…」

 「自分へ向けられる愛情や好意に対しての応答が、向けた人への無関心や攻撃となって表面化する、心の障害だ」

 「駆琉は、それだっていうの?」

 「親との愛着が何らかの理由で形成されないと、子供の情緒や対人関係に問題が生じてしまうんだ」

 腕組みをしてウ~ンとうなっている、愛莉と和真。

 二人には、よく分かっていないようだが…


 「芹澤には、さらに対人共依存が加わってるんじゃないかと…」

 「――それって…」

 おびえるように、尋ねる和真。

 「彼の場合、異性への性依存と支配欲となって、顕在化して――」

 「ケンザイカ?」

 「目に見える形で、出てしまうってことだ」

 愛莉と和真が、顔を見合わせているが――

 やはり二人は、よく分かっていないようだ。


 「じゃあ、そろそろ行こうか?」

 「ど…、どこへ?」

 和真が不安げに、五十嵐へいた。

 「木村さんが、向かったところだよ」

 左手首の腕時計を見ながら、五十嵐が思案している…


 「――そろそろか…」


 ★

 ★


 ここへ着いたのは、午後7時になろうとしている時だった。

 綾は眼の前で広がる光景に、ひどく驚いて立ちすくんでいる…

 

 夜の街を照らし出す、無数の赤色の回転灯が鮮明に、綾の眼へ映っている。

 その奥には、新宿歌舞伎町のホストクラブ『得夢』が入る雑居ビルが…

 ビルの前には何台ものパトカーが停車しているうえ、規制線が引かれていて全く近づけない。


 ――何なの、これ…


 行く手をふさぐ制服警察官の肩越しに、『得夢』の入口と階段が見える。

 警察関係者らしい男たちがあわただしく出入りしていて、沢山の段ボール箱を中から搬出している。


 かなりの時間が経過してから、突然フラッシュの点滅が一斉に始まった。

 誰かが出て来たようだ。

 見覚えがあるホストが、両脇を二人の男性に挟まれて階段を降りている。


 次は…――


 リョーマ?!

 どういうこと?…


 次の瞬間、綾が左手に持つスマホで、バイブ振動があった。

 駆琉からの電話着信だ。

 「――駆琉?!」

 思わず周囲が視線を向けた大声で、綾が電話へでた。


 ≪――どうした?何を慌ててるんだよ?…≫

 電話口の駆琉は、落ち着いている様子だ。

 「何処にいるの?!――まさか…、もう連れてかれたとか?!」

 血相を変えて、綾が怒鳴る。

 ≪落ち着けよ。なんで、そんなこと言うんだ?≫

 「『得夢』が警察に、捜索されてるんだよ!リョーマも連れてかれたんだよ!知らないの?!」

 そこから暫く、駆琉からの返答が途切れた。

 物言わぬスマホを耳元へ当てたまま、焦燥(しょうそう)感に駆られジリジリしている綾。

 この沈黙した間合いは、駆琉がどう返答したものか逡巡(しゅんじゅん)している証左であろう…




 ≪――警察が捜索に入ったのは、知らなかったけどさぁ…≫

 ようやくスマホから、駆琉の声が聞こえた。

 ≪オレ暫く、東京を離れようと思ってんだ≫

 「――え?」

 思わず綾が、スマホを持つ左手へ力を入れた。

 「ど、どうしてさ?」


 ≪う~ん…、なんかさぁ…≫

 言葉を選ぶように、駆琉が話している。

 ≪ホストって、ヤベぇなぁって思って…≫

 「――え?」

 声と同時に内心で、今さら?!と思った綾。

 ≪実際警察から、捜索されちゃったじゃんかぁ。そろそろ潮時だなぁって、思っててさぁ…≫

 そんなそぶりは全く感じられなかったゆえ、綾は呆気に取られてしまう。

 ≪――ヤベ、そろそろ乗んなきゃ≫

 「え?」

 ≪落ち着いたら、LINEすっからさぁ≫

 「な、なんに乗んの?!何処にいるのよ?!」

 ≪…羽田――≫

 そこで電話が、ブツッと切れてしまった。


 喧騒(けんそう)只中(ただなか)で大勢の野次馬たちに囲まれている綾だが、その場で自分だけがポツンと取り残されているような孤独感に(さい)なまれていた…

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