第14話:暴露
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
週末金曜日の夕方、NPO法人マザーポート適応支援ハウス…
広めのフローリング部屋で、テーブルを挟んで座る綾と愛莉、そして五十嵐と和真。
肌を突き刺すようなピリピリした空気が、四人を包み込んでいる…
「――本当なの?カズマ?…」
怯えた表情の綾が、和真へ尋ねた。
「君らと同じグループだった何人かからも、証言を取って――」
「あんたに聞いてないから」
五十嵐を一蹴してしまう綾。
「――…本当だ」
俯く和真が、言葉を絞り出している。
ここから綾は、聞くに堪えない事実を知ることになる――
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≪おまえ、木村の事が気になってんだろ?≫
≪――ま、…まぁな≫
≪だったら今日、俺が木村へ上手いこと言って飲ませっから、おまえがシェアルームへ――≫
≪だ、大丈夫かぁ?≫
≪ヘーキだって。木村、ぜってぇツブれっから≫
≪そっか…。酒飲んだこと、ねぇなら…≫
≪俺がミンナの注意を、逸らすからさぁ≫
≪あ…、ああ…≫
≪うっせぇのは菊池と田澤だから、おれが話し掛けて惹きつけっとくから――≫
駆琉の話へ、和真が何度も頷いた…
≪連れてって、やっちゃえよ――…
「――そしたら、いきなり芹澤が来て…」
顔を強張らせる愛莉が、和真を直視している。
「俺のこと、ボッコにしやがって…」
愛莉の隣で座る綾は、ボーッと呆けてしまっている。
「それで俺は、1ヶ月も入院しちゃって――…」
俯いて肩を震わせ、和真が嗚咽を始めてしまった…
「…菊池彩乃さんを、知ってるよね?」
今日の昼間に、マザーポートの事務所を訪ねて来た茶髪少女のことだ。
「――うん…」
五十嵐から問われて愛莉が答えるが、綾はボーッとしたまま無反応…
「彼女も、証言してくれた一人なんだが――」
腕組みをして淡々と話す五十嵐の隣で、和真が嗚咽を続けている。
「芹澤はトー横界隈で声を掛けた娘たちを、言葉巧みに騙してODをやらせてしまい、酩酊させた所で犯したあげく、性行為による快楽の虜や薬物中毒にしたりして、自分へ手なずけていた――」
話す五十嵐の脳裏を、先々週に駆琉のマンション前で保護した少女の顔がよぎった。
「今でもしてる事なんだがな…」
「ODはダメだったはずじゃ…」
嫌悪感を露わにする愛莉。
「親御さんから用意してもらったマンションの自室を、グループの娘をはじめキッズの娘たちを犯す場所にしていた訳だ」
淡々と話を続ける五十嵐。
「部屋の中なら何をやっても、外からは分からないからな」
「だって、あの部屋は、グループのシェアルームって――」
「警察の補導から避難するため――ってのは、表向きだったのさ」
絶句してしまう愛莉の隣で、呆け続けている綾…
ふぅ~っと、息を吐いた五十嵐が話を続ける。
「今度は、レイプを仕組んでまで自分に手なずけるとは…と、菊池さんは嫌気がさして、『マザーポート』へ来てくれたんだ」
「――俺も…」
嗚咽しながら和真が、話へ加わった。
「菊池さんが病院へ見舞いに来てくれて、ここを紹介されて…」
「ほんと…、よく来てくれたね」
五十嵐が和真の肩を、ポンポンと優しく叩いている。
「岡崎くんは、ここでカウンセリングと就労訓練を受けて、今は居酒屋で働いているんだ」
「でも、それって…」
愛莉は、納得がいかないようだ。
「そうだね。まだ木村さんから、許してもらった訳ではないからね…」
五十嵐からジッと見つめられても、綾は視線を逸らせ、ボーッと呆けたままでいる…
「グループを解散した理由は、覚えてるよね?」
「それは――…」
五十嵐から問われ、愛莉が逡巡している。
「もうミンナも、いい大人だからって…。俺にも夢があるからって、駆琉が――」
そこまで話した愛莉が、何かに気付いたようにハッとした。
「まさか、それも…、表向き?」
「そうだ。芹澤には、薬事法違反と不同意性交の容疑で捜査が迫っていて、うやむやにするためグループを解散したんだ」
唖然とする愛莉の隣で、呆けたままでいる綾だが――
駆琉との逢瀬の最中に、話していた事が脳裏へ浮かんでいる…
――それでなの?…
≪部屋へ女の子を連れ込んで、ヤク漬けにしてるとかさぁ…≫
――OD禁止を決めたのは俺なんだから、やるわけねぇよって…
≪オレが借りてる部屋へ、その娘が自分から進んで来たんだし…≫
――だから同意があったから、レイプになるわけないって…
≪なあァ~?綾まで、そんな眼で見んのかぁ?≫
――あん時、あたしは謝ったけど…
≪そんな眼で見られんのが、マジでウゼぇんだ、俺は…≫
――でも、グループの娘や(トー横)キッズの娘たちとエッチしたのを、駆琉は否定しなかった…
≪あることないこと噂されんのが、超絶ウザくって…≫
――だから、証言されたらヤバいから、ミンナを解散させたってこと?!
ふいに綾の脳裏で、駆琉の部屋で紫色のパンティーを拾ったことが浮かんだ。
――やっぱ、あれは…、部屋へトー横の娘を連れ込んでたんだ!
★
「結局それは、嫌疑不十分で――」
五十嵐が話している途中で、いきなりガタンと綾が立ち上がった。
驚く愛莉と和真の前で、綾はテーブルへ置いてあった肩掛けボディバッグを、バッと鷲摑みにした。
そしてドタドタと、小走りで部屋から出て行った――
「ちょ――、ちょっと、綾ァ!」
愛莉が立ち上がって、追いかけようとするが、
「大丈夫だ!」
五十嵐が、大声で制した。
「だって、追いかけなきゃ!」
「行くとこは、ひとつだろ?」
落ち着き払う五十嵐が、愛莉をなだめている。
「――でも、言われてみれば…」
右手を顎へ当てて逡巡しながら、愛莉が呟いた。
「そんなウワサ、聞いたことある…」
呟く愛莉を、隣で立つ和真がジッと見ている。
「綾がゾッコンだったから、あたしはシカトしてたけど…」
「彩乃ちゃんからも、アイツは止めとけって、言われてたのにぃ…――」
愛莉が髪を、クシャクシャ掻きむしっている。
そんな愛莉の肩を、五十嵐が右手で優しくポンポンとした。
「キミが自分を、責めることはしなくていい」
五十嵐へ向けた愛莉の眼が、真っ赤に充血していた…
「――でも、なんで…」
「うん?」
俯いて話す愛莉の顔を、五十嵐がのぞき込む。
「なんで、そんな酷いことを駆琉は?…」
「愛着障害って、知ってるか?」
「…なに?それ…」
「自分へ向けられる愛情や好意に対しての応答が、向けた人への無関心や攻撃となって表面化する、心の障害だ」
「駆琉は、それだっていうの?」
「親との愛着が何らかの理由で形成されないと、子供の情緒や対人関係に問題が生じてしまうんだ」
腕組みをしてウ~ンと唸っている、愛莉と和真。
二人には、よく分かっていないようだが…
「芹澤には、さらに対人共依存が加わってるんじゃないかと…」
「――それって…」
怯えるように、尋ねる和真。
「彼の場合、異性への性依存と支配欲となって、顕在化して――」
「ケンザイカ?」
「目に見える形で、出てしまうってことだ」
愛莉と和真が、顔を見合わせているが――
やはり二人は、よく分かっていないようだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「ど…、どこへ?」
和真が不安げに、五十嵐へ訊いた。
「木村さんが、向かったところだよ」
左手首の腕時計を見ながら、五十嵐が思案している…
「――そろそろか…」
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★
ここへ着いたのは、午後7時になろうとしている時だった。
綾は眼の前で広がる光景に、ひどく驚いて立ちすくんでいる…
夜の街を照らし出す、無数の赤色の回転灯が鮮明に、綾の眼へ映っている。
その奥には、新宿歌舞伎町のホストクラブ『得夢』が入る雑居ビルが…
ビルの前には何台ものパトカーが停車しているうえ、規制線が引かれていて全く近づけない。
――何なの、これ…
行く手を塞ぐ制服警察官の肩越しに、『得夢』の入口と階段が見える。
警察関係者らしい男たちが慌しく出入りしていて、沢山の段ボール箱を中から搬出している。
かなりの時間が経過してから、突然フラッシュの点滅が一斉に始まった。
誰かが出て来たようだ。
見覚えがあるホストが、両脇を二人の男性に挟まれて階段を降りている。
次は…――
リョーマ?!
どういうこと?…
次の瞬間、綾が左手に持つスマホで、バイブ振動があった。
駆琉からの電話着信だ。
「――駆琉?!」
思わず周囲が視線を向けた大声で、綾が電話へでた。
≪――どうした?何を慌ててるんだよ?…≫
電話口の駆琉は、落ち着いている様子だ。
「何処にいるの?!――まさか…、もう連れてかれたとか?!」
血相を変えて、綾が怒鳴る。
≪落ち着けよ。なんで、そんなこと言うんだ?≫
「『得夢』が警察に、捜索されてるんだよ!リョーマも連れてかれたんだよ!知らないの?!」
そこから暫く、駆琉からの返答が途切れた。
物言わぬスマホを耳元へ当てたまま、焦燥感に駆られジリジリしている綾。
この沈黙した間合いは、駆琉がどう返答したものか逡巡している証左であろう…
≪――警察が捜索に入ったのは、知らなかったけどさぁ…≫
ようやくスマホから、駆琉の声が聞こえた。
≪オレ暫く、東京を離れようと思ってんだ≫
「――え?」
思わず綾が、スマホを持つ左手へ力を入れた。
「ど、どうしてさ?」
≪う~ん…、なんかさぁ…≫
言葉を選ぶように、駆琉が話している。
≪ホストって、ヤベぇなぁって思って…≫
「――え?」
声と同時に内心で、今さら?!と思った綾。
≪実際警察から、捜索されちゃったじゃんかぁ。そろそろ潮時だなぁって、思っててさぁ…≫
そんなそぶりは全く感じられなかったゆえ、綾は呆気に取られてしまう。
≪――ヤベ、そろそろ乗んなきゃ≫
「え?」
≪落ち着いたら、LINEすっからさぁ≫
「な、なんに乗んの?!何処にいるのよ?!」
≪…羽田――≫
そこで電話が、ブツッと切れてしまった。
喧騒の只中で大勢の野次馬たちに囲まれている綾だが、その場で自分だけがポツンと取り残されているような孤独感に苛なまれていた…




