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第11話:誤算

これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…

 莉央と愛莉が、それぞれの相手と逢瀬おうせを重ねていた頃より少し前――

 葉月はパパ活相手の"おぢ"と、新宿某高級ホテル最上階のレストランで食事をしている。


 ――キャビアって高いらしいけど、あたしはイマイチだなぁ~…

 ――べつに、あたしが払う訳じゃないから、いいんだけどぉ…


 「どう?」

 「――え?」

 ふいに、対面で座る"おぢ"から話し掛けられた。

 「おいしいかい?」

 「――う、うん…」


 葉月は葉月なりに、"おぢ"へは気を(つか)っているつもりだ。優しくされるのだから当然だという、葉月なりの道徳だ。

 正直、好きでもない相手へ気を遣うのは、しんどいこともあるが…

 葉月が上目遣いで、テーブルの対面に座る"おぢ"を見る。頭が禿げ上がった、眼鏡顔の冴えなさそうな中年オヤジ…

 「――今日は、27階に部屋を取ってあるから」

 中年オヤジが、自分の財力を誇示するかのように話す。

 「27階?」

 「そう。このレストランの、すぐ下だよ」

 葉月が妖艶(ようえん)な笑みを返すと、オヤジは満足そうにウンウン(うなづ)いた。

 嬉々とするその顔には、食事を終えたら若い娘を抱けるという下心が、モロに浮き出ているように見えるが…


 ――別にいっか…、優しくしてくれんのなら…


 葉月がパパ活をするのは、相手の"おぢ"はカネヅルでもあるが、優しさを与えてくれるからだ。カネヅルは多い方がいいし、おまけに優しくしてくれるのなら、容姿にはこだわらない。

 小学生の時に、自分は変態野郎からけがされたきたない身体なんだという、歪まされたコンプレックスが、身体目当ての男たちを許容させているのだろう。

 メンコンメンズコンセプトクラブの推しメンに会うための資金稼ぎを兼ねた、割り切ったパパ活なのだ。

 

 上っ(つら)でしか過ぎない笑顔で会食している二人のことを、少し離れたテーブルに座る中年男性が、遠目で(にら)めつけていた…


 ★

 ★


 それから少し時間が経過した、新宿区西新宿に在る新宿中央警察署――

 不夜城である歌舞伎町を管轄する中央署は、24時間休まる暇がない。

 少年課女性刑事、係長の藤村智美は、今日は当直だ。


 「おらぁ!離せってんだよッ!!」


 歌舞伎町の路上で乱闘をしていた少年たちが、警察官に連行されてきた。

 ノートパソコンをパタンと閉じた藤村が、仏頂面でダルそうに席を立つ。

 少年たちの年齢は、15.6歳というところか。

 連行されて押さえつけられても、ジタバタ暴れる金髪少年の前に、藤村がスッと立った。

 少年はひたいから出血していて、顔面血まみれだ。


 「――ンだよッ、オバハンッ!」

 ――オバハン?!(꒪Д꒪)…


 押さえつけられている少年へ、藤村が前屈みになって顔を近づけた。

 睨み合う藤村と少年を、押さえつけている二人の警官がオドオドして見ているが…

 すると藤村は、膝丈タイトスカートのポケットから、ハンカチを取り出して少年の額をぬぐってやった。

 付着する血を拭われた少年は、痛みで顔をしかめつつも、キョトンとしている。


 「暴れたってさぁ、なぁんも解決しないんだよ」

 「………」

 「もっと違うとこで、エネルギー使いな」

 藤村が少年の額を、ピンッとデコピンした。

 「――?!てめえッッ!」


 警官たちを振りほどこうと暴れる少年の頭を、藤村が上から右手でグッと押さえつける。

 強烈な力で押さえつけられた少年は、身動きが出来ずに絶句してしまう。

 やがて少年の顔が、徐々に青ざめていった…

 おとなしくなった少年は、スゴスゴと保護室へと連れて行かれた。


 ――ダリぃなぁ~…

 ウ~ンと藤村が、大きく伸びをしている。

 ――まぁだ、調書をまとめてないのに、まぁた調書かよぉ~…


 悲しき当直の宿命に、椅子へ座り直しながら藤村が、首を左右へカクカク動かしていた…


 ★


 「智美ィ~」


 警察署の受付カウンター越しに、五十嵐が右手を振っているのが見えた。

 ノートパソコンを閉じた藤村が、笑顔で席を立った。


 「肉まん買ってきたぜ」

 笑顔の五十嵐が、レジ袋を差し出した。

 「ありがとぉぉ、なんも食べてないのよぉ~」

 嬉しそうに藤村が、レジ袋を受け取っている。

 「だと思ったよ」

 「うん、さすが!」

 ニコニコ笑い合う二人は、いとおしそうに視線を絡み合わせている。

 五十嵐と藤村は、恋人同士なのだ。


 「シネシティ広場で乱闘おっ始めたから、俺が通報したんだ」

 「無茶して、怪我しないでよぉ」

 「やめろって言っても、あいつら、聞かなくてさぁ…」


 「――なんか…、あった?」

 「え?」

 見透かされたように言われた五十嵐が、ハッとしてしまう。

 「顔が疲れてる」

 「――智美には、かなわねぇな…」


 夜間の受付カウンターは照明が落とされて薄暗く、出入りする人の姿もまばらだ。

 その中で立ち話をしている、五十嵐と藤村…




 「――そんなことが…」

 駆琉と久しぶりに対峙(たいじ)した時のことを、五十嵐が洗いざらい話した。


 「嘘でも妹だって言われちゃあ、どう仕様もねぇしさぁ」

 「――どうしてそのは、芹澤にくっ付いてるんだろ?」

 「分かんねぇけど、多分OD(オーバードーズ)中毒にさせられて…」

 話の途中で、五十嵐がふと首をかしげた。

 「――そんなに俺…、疲れた顔してた?」

 「うん」

 「やっぱ、齢なのかなぁ?」

 「え?」

 「あれから五日経ってるのに、ショックが残ってたなんてさぁ」

 「なに言っちゃってんの。まだ31じゃんよ」

 冷やかした藤村が、宙へ視線を向けた。

 「そんな酷いこと()の当りにしたら、あたしだって引きずって――」


 ビイイィィッ!ビイイィィッ!


 突然スピーカーから、けたたましくブザーが鳴り響き、二人はギョッとしてしまう。


 『警視庁指令、警視庁指令』


 「ごめん!出動だ!」

 藤村が五十嵐に、右手をかざして走り出す。


 ――…出動ぉ?

 きびすを返した五十嵐も、慌ただしく署の玄関を出て行った…




 『西新宿2丁目、エグゼクティブホテル27階で立てこもり』

 藤村が覆面パトカーの助手席へ乗り込み、バムッ!とドアを閉める。


 『立てこもり犯は、刃物所持、人質がいる模様』

 ウウウゥゥゥーー…

 サイレンと共に、覆面パトカーが走り出す。


 『繰り返す、西新宿2丁目、エグゼクティブホテル27階で立てこもり――』


 ★

 ★


 場面は変わり、西新宿2丁目、エグゼクティブホテル27階のと或る一室では――


 男がハァハァとベットの端に座って、ふくれ上がった腹の息づかいを落ち着かせている。

 そのかたわらでは、一糸(まと)わぬ姿でベットに横たわる葉月が、呆然ぼうぜんと部屋の天井を見つめている…

 「――ナカに…、出してやったからなぁ…」

 葉月の眼元から、涙が一筋ツーっと流れ落ちた。

 「これでお前は、オレの子を――」

 ううぅッと葉月が、嗚咽おえつを始めてしまった…


 「――お前よぉ…」

 嗚咽している葉月には構わず、男が話を続ける。

 「ナナミっての、偽名なんだろ?」

 葉月の嗚咽が、ピタッと止まった。

 「オレから、散々カネを巻き上げといてよぉ――」

 男が右手で、葉月のボルドーカラーの髪を、グッと鷲摑わしづかみにした。

 無理やり頭を持ち上げられた葉月の、痛さでしかめる顔が青ざめている…


 「調べたんだ、お前がほかに男がいることとか…」

 男が顔を近づけて睨むので、葉月が懸命に眼を()らせている。

 「お前が、北澤高校の2年生って事とかぁ…」

 葉月の表情へ、次第に絶望感が漂い始めた…


 ――ドンドンッ!


 突然、部屋の扉がノックされたので、中年男が扉を睨みつけた。

 「何だッ?!」


 「警察だっ!開けなさいッ!」

 「お前は包囲されている!人質を解放して、投降しなさいッ!」

 扉越しに怒鳴る警察官たちの声を聞いて、男が表情を歪めた。


 ――助かったあぁ…


 安堵あんどした葉月を放り出して、男が部屋の窓へと歩いて行く。

 22階の窓越しに外を見下ろしている、バスタオルを腰へ巻いただけの中年男…

 ホテルの周囲は、赤い回転灯をともす無数の警察車両に取り囲まれている。

 その光景を見た男が、呆然としている…


 「――…ク、ク…、クククゥゥ…」

 男の背中が、小刻みに揺れ始めた。

 「――終わ…、終わりだぁ…」

 振り返った男が、歪んだ何とも不気味な笑顔をしている。


 それを見た葉月は、背筋が凍るのを覚えて、ゾクッと身震いをしてしまう…


 「――終わり…、終わりだぁぁ…」

 ユラユラと揺れ歩いて、中年男が葉月へ近づいて来る。

 「――フハハハァ…、終わりだ、終わりだぁぁ…」

 表情を凍らせている葉月は、起き上がって布団で身体を隠したものの、恐怖で身体が動かない…


 ――ドンドンドンッッ!!

 「開けなさいッ!開けなさいッッ!!…――


 ★


 「どう犯人から、脅迫されたのですか?」


 ホテルの周囲へ張られた規制線の中で、藤村が110番通報をした中年男性から話をいている。

 「いやぁ…、私が彼女と部屋へ入ろうとしたら――」

 葉月とレストランで食事をしていた、頭が禿げ上がった眼鏡の中年男性が、身振りを交えて説明している。

 「いきなり包丁を突き付けやがって、お前は下がれって脅して、彼女と部屋に――」


 ――カノジョねぇ…


 ホテル廊下の監視カメラで、人質は若い女性と判明している。

 こんな冴えない中年オトコと、釣り合う訳がない…

 どうせパパ活なんだろと、疑心暗鬼でいる藤村が、手帳へメモを取っていると――


 ガッ!シャアァァンッ!!

 「ガラスが落ちてくる!離れろ!」


 叫び声を聞いた藤村が、ホテルを見上げながら走り出すが――




 同じ頃、現場規制線の外では、詰めかけている大勢のヤジ馬に混ざって、五十嵐が現場の高層ホテルを遠目で見ている。


 ――あれ?…

 ホテル27階の窓のひとつから、キラキラ光るものが落下しているのが見えた。

 ――なんだ?


 続いてその窓で、小太りの人物らしい黒のシルエットが浮かびあがり――

 「――うわぁッ?!」


 五十嵐が叫ぶと同時にシルエットが、宙へダイブした。

 男が落下するさまを、見ている場所は違えど、唖然として見上げている五十嵐と藤村――


 二人の眼には男が落下する様子が、スローモーションのように映っていた…

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