第10話:逢瀬
これは新宿歌舞伎町で、好きでもないオトコたちに身体を売る、交縁少女たちのリアルな物語…
焼き肉店を出た三人の少女たちは、夜の下北沢南口商店街を、駅の方へ向かって歩いている。
高校の制服の上にジャンバーやパーカーを羽織るだけの、ラフな恰好の少女たち。
美少女偏差値が高い莉央たちを、仕事帰りの男たちがチラ見しながらすれ違って行く…
「マジでいいのぉ?割り勘でぇ?」
「ガチで、しつけぇって!」
隣を歩く愛莉から小突かれ、莉央がフラついてしまう。
「だってぇ、初めはあたしがオゴるって――」
「その10万、とっときなよ!」
愛莉が莉央へ、大声で告げている。
「そ!そ!莉央がヤな目に遭って、貰ったカネなんだしぃ」
二人から少し遅れて歩く葉月が、後ろから話し掛けている…
昨日、莉央の口座へ痴漢で捕まった男の弁護士名義で、示談金の50万円が振り込まれていた。相場より上乗せしたのは、五十嵐の脅しが相当効いたのだろう。
それから10万を引いた残りを、莉央が駆琉の口座へ振り込んだことを、愛莉と葉月は聞かされていた。二人はあえて、貢ぎ過ぎなのでは?とか触れていない。
少女たちの間の、忖度なのだろうか…
「――じゃあ、そろそろ行くねぇ」
葉月が右手を振りながら、駅の方へ小走りで行く。
「バイバイぃ~」
莉央と愛莉が立ち止まって、右手を小さく振りながら見送っている。
葉月は、これからパパ活なのだ。
「愛莉は?」
「んん~…」
歩きながらスマホを見て、言い出しづらそうな愛莉だが…
今日は週末金曜なので、本来なら莉央と朝まで一緒にいたい所なのだが――
パパ活相手の"おじ"から会いたいと迫られた愛莉は、ホスト遊びをしなくなっていたゆえ普段の夜は暇だったので、いいよと返答してしまっていた。
今日が週末であることを忘れていた、バツの悪さで一杯の愛莉だが…
「…いいって、あたしへ気ぃ使わなくってぇ」
笑顔で話す莉央に、愛莉が申し訳なさそうな顔をしている。
「あたしは、駆琉のマンションへ行くからさぁ」
右手でスマンスマンと、苦笑いで謝罪している愛莉だった…
★
★
東京西新宿の高層ビル街にある、ホテル最上階の一室…
愛莉が身体へバスローブだけを纏った格好で、窓から眼も眩むような高さからの夜景を見下ろしている。
昨今はホテルの周囲に高層ビルが乱立してしまい、往時の景色は望めないが、それでも最上階からの眺めは仲々のものだ。
「――どうした?」
バスローブを着たパパ活相手の中年男が、ワイングラス片手に歩み寄って来た。
「う~ん…、ウチの方角は、どっちかなぁ~って…」
「日野市の方は、都庁に邪魔されて見えないかなぁ…」
空いている左手を、愛莉の右肩へさりげなく置く男。
「――ありがとう…、俺の誕生日に付き合ってくれて」
「――奥さん…、帰りを待ってんじゃないの?」
「待ってる訳ないだろ、あんな奴――」
言い終えるが早いか、男が右腕で愛莉を抱き寄せた。
抱き合って、濃密なキスを交わしている愛莉と男…
その勢いそのままに、二人はベットへと倒れ込んだ。
はずみで互いのバスローブ胸元がはだけ、激しく絡み合いを始め――
「んんっ?!――…」
上へ乗ってきた男の上半身を、愛莉が両腕でギュッと抱き締めた。
身体がつながった二人は、本能が命ずるかの如くベットの上で、のたうち回っていた…
★
コトが済み、ベットで布団にくるまって愛莉がまどろんでいる。男は汗でまみれた身体を、シャワーで流しに行っている。
まどろみながら、もの想いにふけっている愛莉――
――結局オトコなんて、どいつもこいつも、あたしの身体が目当なだけ…
――この"おぢ"も、リョーマもどうせ…
愛莉がトー横へ来たきっかけは、父親からのDVだった。
母親が蹴られ殴られるのを見るのは日常茶飯事で、愛莉は6歳年下の妹の結菜と、アパートの部屋の隅で怯えて蹲る毎日だった。
そして忘れもしない、12歳の誕生日の夜…
「ほぉ~っ…、もう立派なオトナの身体じゃないかぁ」
夕食を終えた時、酒に酔った父親から、いきなり愛莉は馬乗りにされた。
抵抗空しく着ているシャツを、ビリビリに引き裂かれてしまった。
「あなた、お願いだから――」
部屋の端で怯えて座る母親が、身を乗り出して懇願するが――
「おまえは、黙ってろッ!!」
父親はちゃぶ台の上からサワーの空缶を、母親へ向けて投げつける始末。
母親は無念そうな表情で、ただ見守るしかない…
「いやあぁぁッ!!」
眼前で展開されている下劣極まりない行為に、耐え切れなくなった結菜が大声で叫び、ドタドタと玄関から部屋の外へと出て行った。
「ちょっと?!――」
母親が立ち上がったが、
「放っておけッ!!」
愛莉を凌辱することに無我夢中な父親が、大声で制止した――
ペタペタと裸足で懸命に走る結菜が、息せき切ってアパート隣の民家へ駆け込んだ。
泣きわめく結菜に、尋常でないものを感じた民家の住民は、即座に110番通報した。
パトカーが数台駆けつけ、警察官がドアを蹴破って、アパートの部屋へドドッとなだれ込んだが――
すでに時遅く、布団で泣きじゃくって横たわる愛莉は、父親に処女を奪われてしまっていた…
しかし愛莉の不幸は、これで終わりではなかった。
父親が逮捕され刑務所へ収監されると、今度は母親が違う男との逢瀬へ夢中になってしまい、愛莉と結菜は放ったらかしにされてしまう。
男とイチャつくために、母親は娘二人を寒空のアパートの外で、待たせてしまうこともあった。
留守にしがちな母親に代わって、愛莉が幼い結菜の面倒をみるしかなかった。
甘えて絡んでくる結菜へ、愛莉は笑顔を返してはいたが――
――あたしだって、誰かに甘えたいけど…
――でも、あたしが強くならなきゃ、結菜が…
「――…どうかした?」
ハッとすると、眼の前に中年男の顔があった。
布団にくるまった愛莉は、バツが悪そうに赤面してしまう。
男は優しげな顔で、微笑んだまま…
「シャワー、浴びるかい?」
「――うん…」
愛莉は起き上がると、バスローブを羽織ってバスルームへと歩いて行った…
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母親から放置されていた愛莉は、やがてトー横へ通うようになる。
律儀にも、結菜を寝かせつけてからの外出だった。
同年代の似たような境遇の少年少女たちと、癒し合う時間は至福だった。
そうするうちに愛莉は、パパ活を知ることになる。
ヒトへ甘えることに飢えていた愛莉は、すぐに飛びついた。父親から汚された身体を売ることは、全く厭わなかった…
――そん時だけ誰かに甘えられれば、あたしはいい…
――ホストも"おぢ"も、甘えさせることのプロだ。それと引き換えに、カネか身体を、あたしは差し出すだけ…
バスルームで愛莉がコックを捻ると、シャワーヘッドに向けた顔へ、湯が勢いよく噴き出した。
――身体目当てのオトコどもなんて、甘えることは出来ても、ガチで信用出来ない
――それにもう…、あンなメに遭うのは、マジでガチでイヤ…
滝の如く噴出する湯の中で、愛莉は何かへ怯えるかのように、両腕で上半身をしっかりと抱き締めていた…
★
★
一方、その頃の莉央は――
フラッシュバックに襲われていた。
――そうだ…
――あと1ヶ月で中学卒業だった時に、あたしをレイプしかけたのは、和真だ…
――荒い息づかいの和真が、あたしの上に載ってきて…
――重い…、重い重い重ィ…、重いぃィ~…
「――莉央?…――莉央ぉ?!」
右肩を揺さぶられた莉央が、ハッと眼を覚ます。
ぼんやりとした視界が晴れてくると、駆琉が覗き込んでいるのが分かった。
「どうした?うなされてたよ?」
「ご――、ごめん…」
寝ていた布団からゆっくりと、莉央がロング丈Tシャツ1枚の上半身を起き上がらせた。
「――また…、フラッシュバック?」
駆琉から問われるが、莉央は俯いて口をキュッと結んだまま。
心配をかけまいと、しているのか…
「――水…、飲んでくる」
起き上がった莉央が部屋のミニキッチンへと、常夜燈だけが照らす薄暗い中を歩いて行く。
ここは新宿百人町のマンションにある、駆琉の部屋。
この部屋では五日前に、少女がODで酩酊させられたうえ、駆琉から凌辱されていたことを、莉央が知る由もない…
――せっかく駆琉とエッチして、いい気分だったのにィ…
ミニキッチンの冷蔵庫から2L入りペットボトルを取り出して、グビグビと飲んでいる莉央。
――こんな時に…、思い出しちゃうなんて…
ふと莉央が、視線を落とすと――
流し台とドラム洗濯機との隙間に、何かが落ちている。
――なに?これ…
莉央が拾い上げた小さく丸まった紫の塊は、どう見ても女性の下着っぽい。
紫色の下着を、莉央が身に着けたことは一度もない…
「――どうした?」
異変を感じた駆琉が、起き上がって来た。莉央が右手に持つ下着へ眼が留まると、一瞬顔を歪ませた。
≪――あの、バカ…≫
「――ああ…、これかぁ」
即座に表情を、笑顔へ変えた駆琉。
「ゆうべ、アフターで連れ込んだ客が、忘れてったんだろう」
汚いものを摘まむようにして、下着を取り上げた駆琉。そして、そのままゴミ箱へと放り投げた。
「――そう、なんだ…」
「おいおい、なんだよぉ、その顔はぁ?」
駆琉が莉央の眼前へ立ち、威圧するかのように見下ろしている。
「ホストはアフターを獲得出来ると、一流と認めてもらえるんだぜ」
猜疑心いっぱいの、上目遣いで見つめる綾だが…
「喜んでくんねぇのかよ?」
「――だってぇ…」
「しょうがねぇだろ?アフターにセックスは、付きもんなんだし」
精一杯の作り笑いで力説する駆琉が、莉央の頬を右手で触れた。
「俺が愛情を持ってやるのは、莉央だけだから…」
言い終わるが早いか、駆琉が莉央の唇へ吸い付いた。
立ったまま激しく抱き合い、濃厚なキスを交わしている莉央と駆琉。二人はそのまま、敷いてある布団へと倒れ込んだ。
≪――ちょろいもんだぜ、オンナなんて…≫
「――あっ?!…」
無我夢中で抱き着いてきた莉央の上で、駆琉は醒めた顔のまま、行為に及んでいる…
≪――こうやってやれば、イチコロだしよぉ…≫




