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宛先不明の雨

作者: 月蜜慈雨



 雨が止んだら手紙を出そう、そう思って、もう何年たったか。

 切手だって貼ってある。準備だけは万端なのだ。

 今まで、快晴も、曇天も、秋晴れも、夏至も、冬至の日も、出そう出そうと、気持ちだけが先走る。

 わたしは怯えているのだ。

 この手紙にどんな返事が来るのか。



 わたしがその人と出会ったのは、大学生の時分だった。

 同じサークルで、意気投合したわたしたちは大学生らしく日々を遊んで暮らしていた。

 そんなある日、その人が酷く落ち込んだ表情で、わたしに泣きながら話した。


 親の事業が失敗して、学費が払えないから退学しなければならない。

 言葉を選びながら、ぽつりぽつりと語られた話は、要するにそういうことだった

 わたしは悲しんだが、それでもわたしたちの友情は変わらないと誓った。

 そのときはまだ、いつもみたいに会えると、そう思っていた。



 社会人と学生では、時間の流れ方が違っていた。それに気づくのに、そう時間はかからなかった。

 最初の何回かは無理して会っていたが、やがて疎遠になってしまった。

 毎年の送り合う年賀状だけが、唯一の生存報告になっていた。



 その人の年賀状は、今年の干支の絵がプリントされており、お元気ですか?おれは元気です。などという一言が添えられていた。

 それだけで、わたしたちはまだ繋がっていられると安心してしまった。

 だけど数年たって、その年賀状すら来なくなってしまった。

 わたしからは送っているので、わたしの近況は知っているだろうが。その人のことを、わたしはまるで知らなかった。




 だから、手紙を書いた。書いたはいいものを、それを出す勇気がなかった。

 でも今日、雨のあがった空には、見事な虹が空に橋を掛けていた。

 それを見て、ようやく、手紙を出すことを決めたのだ。





 ポストに投函された手紙はニ、三日で届く。

 その人は元気にしているだろうか。今なにをしているだろうか。

 頭は返信のことでいっぱいだった。




 しかし、送った手紙の住所には、もうその人は居なく、手紙が差し戻ってきた。

 水滴が少し滲んでよれている手紙は長いこと旅をしてきたみたいだ。

 わたしはそれをじっと眺め、ゴミ箱に捨てようとした。

 その瞬間、脳裏に青春の日々が蘇る。

 震えた手で、手紙を開いて文を読んだ。慎重に慎重を重ねて、吟味して書いた文章だ。       これはわたしの思いの結晶だった。

 結局手紙は捨てられず、タンスの中にしまわれた。

 今、その人がどうしているのか分からない。

 便りがないことが良い便りだと信じたい。

 雨が窓を打ちつけていた。

 灰色の空の下で、日課のように懲りずに切手を買ってしまう。

 またいつか、が来ることもあるだろう。

 その日をわたしはそっと、待っているのかもしれない。




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― 新着の感想 ―
こういうやるせなさ。せつなさって ありますよね。
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