Line5 顔なしサンジェルマン
この話は坂米 霽視点のお話です。
状況はわかった。まずは落ち着こう。
まず目を覚まして一番に想起したのは壁がぶち抜かれるほどの
激しい戦闘の様子だった。
だが、その割には店の中がやけにきれいだった。
ふと、店の奥に目をやると数名の人間たちが恐怖に震えながら
息をひそめていた。
どうりで、襲われた時点で人の気配を感じなかったわけである。
さて、薺…だったか?
この歳になると人の名前をすぐに忘れるからいけない。
とにかく、彼女を見つけなくては…。
いや、なぜ探す必要がある?放っておけばいいのに。
そんな思考を持ちながらも自分自身の行動としては
彼女を探し続けている。我ながら、矛盾である。
少し大きめの風穴があけられ、風通しがよくなった壁の向こう側
を見てみると、薺がいた。
さらにその奥には件の媼が血まみれで右足を失い
仰向けになって倒れている。
「さて、それじゃあ口上も終えたことだし……消すか。」
薺が右手を上にかざし、最後の一撃を加えるところだったらしい。
困る。今ここで殺されてしまっては、有用な情報が聞き出せない。
「待て」と言おうとしたその瞬間、媼の背後の空間に裂け目が
出来たかと思うと、ばっくりと正方形型に開いた。
空間内は夜空のようになっていて、思わず見とれるほどだった。
驚いた薺はとどめを刺すのをやめ、背後に飛んだ。
それと同時に空間内から黒いスーツ服を着た男が現れた。
うなだれた頭をこちらに向けたことでその男の異常性に気付いた。
顔がない。
否、目と鼻以外の顔のパーツがすべてないのだ。
「やぁ、久しぶりだね。薺。
この前会ったのは確か1年と2日11時間53分04秒前だったかな?」
「いちいち記憶するな。気色悪い。」
「ひどい言われようだなぁ。まぁ、思春期の娘なんてこんなもんか。」
「お前に相対して父親の二文字は使わんと決めている。」
「そうか。にしてもひどいけがだな。誰にやられたんだい?」
「その少ないパーツ載せてる頭で考えてみたら?このハゲ。」
「それもそうだな。」
あいつが薺の父親か。よくもまぁあんな姿になってまで会話ができる。
どうやってしゃべっているのかすらも不明だ。
しかし、なぜだか彼の話し口には暖かい何かを感じる。
彼の言葉を聞いていると、なぜだか自然と安心するのだ。
彼は媼に振り返りその二つの眼光を老婆に浴びせた。
「約束を破ったね?恵子さん。一般人は殺さないって言ったじゃないか。」
「ごめんなさい、センセ…。」
「あの人間を殺したせいで、こちらでは34人の存在が抹消された。
もしかしたら、消えていたのは君だったかもしれない。そんな事、
僕は起こってほしくないと思っているんだ。」
「先生…。」
「帰ろう。」
媼は陽西の手を取り、ゲートへと片足歩きしながら向かっていくのを
薺は制止した。
「待て。その老婆の服にはすでに私の血をたっぷりとしみこませた。
私の意志いかんでそいつの生命を奪える。ついででお前を
巻き込んで殺すことだってたやすい。」
「それはこちらとしても同じことだよ。ねぇ?坂米 霽君。」
急に私にタゲが向いた。一体何だというのだ。
私のことを殺す気か?いや、ならなぜ媼はあの時点で私を生かした?
「つまり…人質のつもりか?陽西博士。」
「人質だなどとんでもない!君は私の共同研究者だ。
私の実験に参加さえしてくれれば、君も私の目指す理想郷、天国に
連れて行ってあげよう。君の力が必要なんだよ。」
「私はあいにく不可知論者でね。非科学的なものは[わからない]としか
言いようがない性質なんだ。」
「私もだ友よ。だが、実際得体のしれないものに手を伸ばすのも
不正解ではないはずだ。そうして人類は進化してきた。」
「人間はほんの2000年前よりも退化したかもな。少なくとも、
お前みたいな人間が現れたせいで。」
顔のパーツが少なくてもわかる。あれは苛ついてる顔だ。
目は口ほどにものを言うとはよくいうものだ。
「少々おしゃべりが過ぎたようだ。行こう、恵子さん。」
彼は裂け目に振り返ると、老婆とともにその空間内に埋もれるように消えていった。
彼らが入りきると同時に裂け目は収縮をはじめやがて閉じていった。
薺が大きなため息をつく。
窮地を乗り切ったことへの安息とも、疲労からくるストレスの放出とも
とれた。
「すまなかったな。貴様に一任してしまった。」
「貴様?あぁ、そういうことか。第二人称まで変わっているんだな。」
「変わり者なものでね。」
薺はほほえみとともに少しあきれた表情を見せた。
ふむ、こう見てみると、顔自体はいい方なのかもしれない。
別に恋愛感情を持つ程度でもないが。というか、ろくにそんな経験ないが。
ふと、わき腹に開いた服の穴に目がいった。
じっと見つめていると、すこしずつ出血しているようだった。
穴の周縁から徐々に赤色に染まっていく。
「その傷、大丈夫か?」
「ん…?あぁ、これは玉が貫通しただけで、なんも問題は…」
玉が貫通した『だけ』?
何を言ってるんだこいつは。
さっさと病院へ行け。
「いいからとっとと病院行くぞ」
「いや、べつにこれは…痛いだけだから問題な…」
言い終える前に倒れこんだ。言わんこっちゃない。
なにか搬送方法があればいいが…。
「あのぉ~…」
店主がカウンターから申し訳なさそうに話しかけてきた。
どうやら車を持っているそうなので、病院まで送り届けてくれる
そうだ。
これはなんと好都合。
この女とも自然に分かれることができるし、研究所に戻って
刺客どもを返り討ちにできる程度の装備を整えて、
資金調達ができそうな物質を手に入れてから
どこか別の場所へ移り住めば、私の夢の安寧が実現する。
結局、私はその呉服屋の店主に病院まで搬送してもらうことにした。
一応念のため、行き先の病院の名前までもらってから、私は帰路についた。
さて、ここで問題だ。
どういった装備を整えれば奴らに対抗できる?
薺の話では、物理現象を超越するような非常識な能力が多そうだ。
しかし、物理的な法則に反していたとしても、科学的な法則に反する、
すなわち無からの物質生成や物質変換などはありえなさそうである。
では、科学の法則にのっとった、最も強い究極の攻撃方法とは何か。
爆発である。
芸術は爆発だ?いや、爆発は化学が生み出しているので、
正確に言うならば芸術は化学だ。
爆発物の中で取り扱いやすく、安価で、安定な物質…
アレしか思い浮かばないな。
まぁ、まずはジエチルエーテルでも吸って落ち着こう。
市販の日本酒を分留してエタノール、
エタノールと少し熱した硫酸を混ぜて、氷で冷やせば…
はい、ジエチルエーテルー。
たまらんよね、この甘い香り。たとえるなら、ラム酒をかいでいる気分だ。
しかも麻酔作用のおまけつき。寝つきが良くなること間違いなしだ。
と、私がつかの間の安息を楽しんでいるときに、玄関に備え付けの
チャイムがうるさく鳴いた。
喧しいなぁ。人がいい気分で寝ようとしているというのに。
「はいはい、はーい…。」
ドアを開けると、そこに立っていたのは、
少女だった。
ご拝読ありがとうございました。
顔…ないのです…。
ちなみに、顔のなくなっているパーツは昔溶けてなくなりました。
なので、内部構造だけは残っているので発声も可能なのです。
ご飯は食べられないですが…。
さぁ、次回は皆さま大好き(超偏見)幼女回です。
お楽しみに。