Line2 空飛ぶアルミニウム
注意!Caution!
この話には多少の化学知識が含まれます。
苦手な方はご拝読をご遠慮くださいませ。
木材の床をゴム製の草履が踏む音が聞こえる。
その足音の主は扉を開け、私のいる部屋に入ると、白衣を着た私に一言放った。
「陽西先生、お荷物のお届けに参りました。」
「あぁ、配達かね。」
「えぇ。今度はどういった研究を?」
「君に言ってわかるのかね。もっとも、初対面だろう。」
「あ、いえ…。ただ先生の見た目がお若そうなものでしたので…。」
「外見から興味を持つタイプか。だったら、こういうのにも惹かれるのかな?」
私はタッパーに保存されている金属を包丁で削り取り、
少量をすでに机上に置いてある褐色の液体が入った試験管の中に入れる。
たちまち火花が飛び散り、火柱が上がる。
「どうだね見たまえよ。この反応はだな…」
配達員の方を振り返るとすでに消えている。
開いた扉の向こうから、悲鳴と「悪魔だ!悪魔が出た!」と大騒ぎをしている
声が聞こえた。
「なんだよ、ただの臭化アルミニウムの生成反応だろうが。Al2Br6。
というかここ日本だからな?せめて悪魔じゃなくて鬼とか天狗とかさ。
和風な魑魅魍魎を想像しようよ。」
ぶつくさと独り言を言いながら、反応で温度が上がった試験管を眺める。
これでも大変だったのだ。
どうやら私、坂米 霽はタイムスリップとやらをして大正2年の日本に来てしまったらしい。
人が死のうとしているのに迷惑な話だ。そのうえ、
私が目覚めた病院というのは、ただの病院ではなく、精神病院。
この時代の精神病院というのは、監獄に等しい。
幸い軽症患者の軟禁部屋だったらしく、しばりつけられたりなどはされなかったが、
うろちょろ徘徊するたびに看護師やら受付の人に凝視されるので気が気ではなかった。
なんとか抜け出せたは良かったものの、身寄りもなく、衣食住もなく、二週間ほどはホームレス生活
を余儀なくされた。
噂でここ最近無人になっている研究所というのを小耳にはさみ、訪れてみたら本当に誰もいなかった
ので、ありがたく住居兼娯楽用の科学実験施設として使わせてもらっている。
陽西という人物の持ち家らしいが、今は留守だ。
お金は倉庫にあった金(Au)を質屋に売りに出した。正直、申し訳ないとも思ったが…。
そうでもしなければ飯が食えんのだ。
あ、ちなみに白衣も倉庫からくすねた。学者っぽくていいであろう?
「しっかし、困ったなあ。実験ばっかり繰り返していても元の世界に帰れるわけでもないし。
いっそのことまた…」
死んでしまえば、、
その言葉を口にしようとしたとき、私の顔面数センチ右横を謎の高速飛翔体が通過し、
近くの柱に突き刺さった。
「ん?なんだ?あれは…」
釘だ。よく近づいて確認した。赤い何かが付着しているが、赤さびではない。
しかし、釘が飛んでくることなど…。
後ろを振り返ると、白髪の長髪の女性が何かを構えて扉の向こう側に立っている。
凝視して確認してみると、右手にホームセンターで買えそうなエアー式釘打ちマシンを持っている。
それをこちらに向けて…
ストン。
「くっ!」
容赦なく発砲した。作動音が小さい。いいなぁ…。
なんて言ってる場合ではない!回避はしたが、まだ向こうも残弾に余裕がありそうだ。
机に隠れながら交渉の余地をうかがう。
「すまないが、実験室での発砲はご遠慮願えますか。」
「人の家を荒らしておいて随分と好き勝手してくれるものだな。」
家主か。まずい。とにかく、この部屋から出なくては。反対側に勝手口がある。
そこから出るとしよう。
机から身を出すなり、釘を連射し続ける。
走り抜けて行く私の横で、机の上の試験管が次々と割れていく。
あぁ、私の愛しの化学物質たちよ、さらばだ。
勝手口まであと5m、4m、3m、1…
ドアノブに手がかかった!あとは出るだけ…
体が動かない。
釘で白衣の端を射抜いて壁に私を抑えつけた。
「これが狙いだったわけだ、お見事。」
「随分とたわごとを口にする余裕があるようだな。次は貴様の眉間に打ち込む。」
「…死ぬ前に一ついいかな?」
「なんだ。」
「その釘打ち機はどこで手に入れたものだ?
見た時からずっと不思議だった。
なぜこの時代にそんなものが存在する?
なぜあんなに距離があるのに釘が一直線に飛ぶ?
普通なら威力不足か、セーフティの問題で飛ぶかどうかすら怪しい。
もし仮に飛んだとして、一直線に飛ぶ確率は低いだろう。
線条痕がついているなら…いや、ついていたとしても発射物が釘なら回転はしない。」
「…何が言いたい?」
「法則に反してる。」
「最後の言葉はそれだけか。ならば…」
彼女が発射準備を終えると同時に、私は懐から試験管を一つ取り出し、彼女に投げつけた。
ストンストンストン。
発射された釘3本は見事に試験管を打ち抜いた。
その瞬間、強烈な閃光と熱が周囲を包んだ。
「熱っ!なにこれ!」
彼女はおもわず釘打ち機を手放し、受け身をとった。
私はそれを逃さずにキャッチ。
「苦し紛れだったんだが、案外うまくいくもんだな。テルミット反応。」
テルミット反応とは、金属酸化物とアルミニウムの混合粉末に着火することで起きる反応で、
高温とすさまじい閃光を発する。
机に隠れている際にこっそり、先ほどの実験で作った臭化アルミニウムの試験管をくすねていたのだ。
それに酸化鉄の鉄粉を少し混ぜ、コットンを加えた。
臭化アルミニウムは空気中で熱されるとアルミニウムと臭素に再び戻る。
戻ったアルミニウムと鉄粉、そして熱によって自然燃焼したコットンによってテルミット反応を起こす。
反応の際に使う熱源は臭化アルミニウムの生成時の熱と釘の運動エネルギーの変換のみだったので、
不安だったが、まぁまぁうまくいったところだろうか。
彼女が手にしていた釘打ち機を、今や私が所持している。
「形勢逆転、といったところかな?」
「調子に乗るなよ、不法侵入者が。それは私でなきゃ扱えない。」
「やっぱりな。なにかタネがあるんだろう。」
「さっきからなんなんだ!お前も父さんの手下ってわけか!?」
「ん?父さん?」
「ん?」
何の話をしているんだ…?
ご拝読ありがとうございました。
どうでしたでしょうかね。
ちょっとリアリスティックかつ幻想的なSFのつもりで書いているので、こういった化学要素も
要所要所で出てくることがあるかもです。
しかし、お気づきの方もいることでしょう。
「そんな簡単にテルミットできるの?」と。
大丈夫です。今後解決されていきます。というか解決させます。何が何でも。
いまだ、拙い文ですが、今後も更新があるときにはよろしくお願いいたします。