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テジン・ルチェ



 深い谷間の岩壁に張り付くように、寺があった。もとは巨大で、きらびやかな色で飾られていたらしい建物は、いまはそのほとんどが崩れ、色あせた本堂だけが形を残している。

 そのなかで一本だけろうそくが灯っていた。

 わずかな明かりに照らされ本堂の正面に座る人物に、サムディン摂政が深々と頭を下げる。

「長々とこのような場所でお過ごしいただき申し訳ございません。私共も一日も早く陛下に王宮へお入りいただけるよう努力しておりますので、どうかいましばらく…」

「よい…」その人物は微笑んだ。

「私は二百年も待った…これくらいどうということはない」

 少年とは思えないその声の響きに、隅に控えるホンホンは息をのむ。摂政も微笑み

「必ずや陛下にオルク国の王となっていただきます。あの、憎きクティン・ラパを退けた暁には」

 少年の笑みが鋭くなる。

「そうだ…クティン・ラパ…待ちわびたぞ。お前に再び逢えるときを…」

 夢見るように呟く少年を、摂政は満足そうに見つめる。

「私も待ち望んでおりました。我が王、テジン・ルチェ陛下」



 夕日を王宮の壁が燃えるように照り返している。その一番高い場所の塀に座り、シュグはじっと手を見つめていた。

 手には青い玉の数珠が握られている。

 夕日を浴びて色を深くする、奥に水を湛えたような輝きに、悲しげに目を細めていた王の頬を涼しい風がなでていった。

 シュグは顔を上げ街を見渡す。風になびく幾筋もの煙が、多くの人々がここで暮らしている証のように思えた。それをやはり悲しげに見つめながら、シュグは数珠を強く握りしめた。




『今年も麦やとうもろこしが豊作みたいだ』

『当たり前だろ。そのために俺たちが雨を降らせたんだから』

『たくさんの麦の穂が風に揺れるのを見るのが私は一番好きなんだ』

『そうだな。それだけパンがたくさん食べられるからな』

『…クティンは食べることばかりだな』

『たくさん食べられるってことは皆が幸せってことだろ』

『うん…皆が幸せでいてほしい』

『だろ?そのためにも俺たち頑張ろうぜ、テジン』





「いなくなった?」

 サガラが眉をひそめる。顔をしかめたブロンが頭をかき

「もしかしたら、一人でそこへ向かったのかもしれん」

「なら放っておけばいいだろう」

 同じくサガラの部屋に座るジンが言った。

「クスマが弟の居場所を教えてやったんだ。あとは自分で何とかするだろう」

「そこが悪党どもの根城だったらどうするんだ。かってに行かせるなと言ったのはお前だぞ」 

「ナムダがそう決めたのなら仕方ないだろ。俺たちの役目はそれまでだ」

 ブロンが何か言いたげにサガラを見る。

 巡礼者用の宿からナムダの姿が消えたのは、クスマにラモの居場所を教えてもらった翌日だった。同じ宿にいた者の話だと、朝早くにそっと出ていったらしい。

 サガラは難しい顔をしていたがやがて

「ここは一応、ルジェに伺っておいたほうがいいかもしれませんね」


「放っておけ」

 話を聞いたシュグの言葉は、ジンと同じものだった。

「しかし、それではラムデ殿に…」

「ラムデが何を考えたか知らないが、クスマに居場所を教えてもらえと言っただけだろう。なら役目はもう果たしたんだ。いつまでも俺たちが関わることじゃない」

そう言うとシュグはちらりとジンを見て

「もっとも、本当にそこに捜し人がいるかどうかは疑わしいが」

 ジンは無表情にその目を見返す。

「女の子が一人で弟を捜してるんだぞ?このまま放っておくなんてあまりに不人情じゃないか!」

 立ち上がり怒鳴るブロンを、シュグはうるさげに

「お前は近衛隊長だろう。人助けなんかしていられる立場かどうかよく考えろ」

 一瞬言葉を失い、シュグを見つめていたブロンはやがて唇を噛み

「ご立派だなシュグ。ルジェになるってのは…クティン・ラパになるってのはそういうことなのか?だったら俺も近衛隊長なんて御免だ。好きなようにさせてもらうぜ」

 そう言い捨て、ブロンの巨体が王の部屋から足音も荒く出てゆく。しばらくしてジンも一礼すると音もなく出ていった。

 後に残ったサガラは、横になって肘をついている弟を不安げに見つめる。その内側に炎を宿したような顔には、これまでのように軽くたしなめたりなどできない厳しさがあった。

 しかし、このままではシュグがどんどん孤独になってゆく気がして、サガラの心は重くなる。

(やはり王は…二人でなければ…)




 ダクパ神の像の前でサムディン摂政が読経をあげている。その背後からホンホンがにじり寄り、一枚の紙きれをそっと摂政の膝元に差し出した。

 紙きれをちらりと見た摂政は「準備できたか」と呟いた。背後のホンホンはこくりと頷き

「ルクンマに逃げた我が一族も、ことの成功 を心より願っております」

 摂政は目の前の半分朽ちた像を仰ぎ

「全ては…ダクパ神の御心のままにだ」

 崩れかけた寺のなかを、一陣の冷たい夜風が駆け抜けた。



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