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もう一人の王



「ジン様」 

 僧の一人がジンを呼び止めた。

「先ほど、トゥルク寺の者が参りまして、巡礼者のご婦人でどうしてもジン様にお会いしたいという方がいらっしゃると…」

 トゥルク寺は王宮の側にあるオルク国最大の寺で、そこへと国中から集まってくる巡礼者たちの姿が絶えることがない。

「私に…会いたいと言ったのか?」

「はい、若いご婦人だそうです」

 ジンには心当たりがなかった。ましてやいまは王宮の雑務を取り仕切るという立場上、簡単に誰かに会いにいくようなことはできない。

「なんでも、ラムデという方に言われてきたと…」

 ジンははっとする。

「…分かった。私がいこう」


 トゥルク寺の境内はやはり多くの人々で埋まっていた。線香の香りがたちこめるなかで、長く旅してきた姿の巡礼者たちが何度も地面にひれ伏ながら熱心に祈りを捧げている。

 人々の視線の先、開け放たれた寺の本堂の奥には、黄金のダクパ神の像が鎮座している。

 ジンが人々のなかをキョロキョロしながら進んでゆくと、一人の少女と目が合った。 

 二つに分けた長い髪を緑色のリボンで縛っている少女の、子犬のような丸い瞳がじっとこちらを見つめている。

 開きかけた口をジンはとっさにつぐんだ。

 僧である自分は、こちらから女性に声をかけることを禁じられている。

 どうしたものかとジンが悩んでいるうちに、少女の目からポロポロと涙があふれ出た。

「どうか…どうかラモを見つけてください」

 言うなりその場に座り込む少女を、ジンは呆気にとられて見つめた。

 

「人捜し…ですか」

 難しい顔で腕組みするサガラに「すまん」とジンが謝る。

「俺がかってに引き受けていいことじゃなかったんだが…ラムデ殿の紹介となると無下にもできず」

「ええ」サガラは頷き

「ラムデ殿がわざわざあなたを頼って寄こしたということは、何か理由があるはずです」

「ナムダの…弟を見つければその理由が分かるってことか?」

「もちろん、純粋な人助けもあるでしょうが」

 ジンは肩をすくめた。 

 二人は薄暗い、侍従長の部屋で向かい合っている。

「やっぱり…あまり出てこないのか」

 隣の王の部屋を顎でしゃくりながらジンが訊く。サガラの目に影が差す。

「…クティン・ラパの記憶が鮮明になればなるほど…周りから人を遠ざけようとするようで」

「でもおかげでルジェとしての仕事は真面目にやってるんだろう」

「やりすぎなくらいです。いくら王だといってもシュグはまだ十二歳ですよ」

「大丈夫だろう」ジンが立ち上がる。

「シュグが本当にクティン・ラパの転生者ならな。もっとも、ラムデ殿はルジェよりクスマを頼らせたようだが」

 唇を噛むサガラをジンは見下ろし

「…勘違いするな。真に王でない者が王となれば国もその者自身も不幸になる。そう言ってるんだ」

「…クスマはその少年を見つけられますか」

「分からん」ジンは小さく夏日の差しこむ窓に目をやる。

「もしクスマがルジェでないのなら…何故あんな力を持っているのか…」



 風に麦の葉がさざ波のように流れてゆく。

 ラルンたちはそのなかに立ち、クスマを見つめていた。

 目を閉じたクスマはわずかに両腕を広げ、じっと耳を澄ましている。

(風の声を聞いているみたいだ…)

 ラルンはぼんやりと思った。両手を合わせたナムダはすがるように、ブロンは真剣な表情でクスマを見つめている。

 やがて、クスマがゆっくりと目を開けた。

「ラモは…ラモはどこにいるんですか!?」

 弟を捜しているというナムダがブロンに連れられてクスマを訪ねてきたとき、ラルンは少し不安になった。自分には物事を見通す力がある、とクスマから聞いてはいたが、実際にその力を使うところを見たこともなければ、その能力が人捜しに役立つのかどうかもラルンには分からなかった。

「ラモは…」クスマは答えた。

「ここよりずっと北の…ヤクの背中に似た山の麓にある古い寺にいます」

 そのはっきりした言葉にナムダの顔が明るくなる。

「そう…私のなかのもう一人が言っている」

 問いたげな顔のラルンにクスマが言った。

「じゃあ私すぐそこへ…」

「ちょっと待った」

 いまにも駆け出そうとするナムダをブロンが押し止める。

「居場所が分かってもすぐに向かわせるなって言われるんだ、ジンに。考えてもみろ。ラモが一人でそんな所にいったと思うか?ひょっとしたら誰かにさらわれたのかもしれないぜ」

 ナムダの顔が再び悲しげにゆがむ。

「とりあえず今日の所は巡礼者用の宿で休むんだ。どうするかは明日考えよう」

 噛んで含めるように話すブロンから、ラルンはクスマへと目を移す。

「クスマはすごいね…本当に何でも分かるんだ」

「私が分かるわけじゃない…私のなかのもう一人が教えてるんだ。それに、何でも分かるわけでもない」

 ふとクスマが顔を上げた。ラルンが振り向くと、そこにニーラが立っていた。

「…どういうこと?」呟いたニーラの声は、わずかに震えている。ニーラはクスマの肩をつかみ

「クスマちゃん、あなた何か見えるの?何か分かるの?じゃあ教えて、母さんの病気は良くなる?」

 激しくクスマを揺さぶるニーラの手をブロンがつかんだ。

「よせ、ニーラ」

 その手を強く振り払い、ニーラはブロンをにらむ。

「ブロン…あなた何者なの。不思議な力を持った子をうちに連れてきたり、いつも高級なバターやお茶をくれたり…本当にただの行商人なの」

 ブロンはぐっと言葉をつまらす。それを見つめるニーラの目からみるみる涙があふれた。

「どうして…どうして誰も何も教えてくれないの?どうして…誰も大丈夫だって言ってくれないのよ!」

 家へと駆けてゆくニーラを追おうとしたブロンを、クスマが止める。

「お前がいっても逆効果だ。お前はナムダさんを宿に送ってあげるんだ」

 苦しげな表情で家のほうを見ながらも、ブロンは頷き、ナムダを促すと丘をくだっていった。その背中を見送るラルンがクスマに訊いた。

「クスマのなかの人って…何者なの」

「…分からない」

 やはり二人の姿を見つめるクスマの声はどこか疲れている。

「何度も訊いたが…教えてくれない」

「…母さんは良くなる?」

 クスマの目がまっすぐラルンを向く。

「本当に知りたいのか?」

 ラルンはうつむき、小さく呟いた。

「ごめん…」

 風は相変わらずざわざわと、ラルンの胸の音のように麦をざわつかせ吹き抜けてゆく。



 『ダクパ神のお告げにより、王になるべくカシャに来たという兄弟の言葉を都の人々は半信半疑に受け取った。しかし、兄弟が祈ると突然雨が降り出し、さらにはその雨にうたれた作物はみるみる成長し、病気を抱えた者はたちまち良くなった。これを見た人々は心から二人を王と崇め、ダクパ神の化身と称えるようになった。

  クティン・ラパ、テジン・ルチェの徳は遥か遠方の地まで知れ渡り、やがてオルク国として他の国々に並ぶ栄えた国となった。

  

二人が王となって数年が経ったとき、オルク国の富を得ようと隣国のルクンマの軍隊が襲ってきた。

日頃から王が二人いることに不都合を感じ、弟を煙たく思っていたクティン・ラパは、自分の身代わりにテジン・ルチェを襲わせ、その隙にルクンマの軍を追い払った。

これによってオルク国はクティン・ラパを唯一の王とする国となった。』




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