03.突然の呼び出し
シリルが大神殿に来てから1か月が過ぎたころ。
彼は応接室で、フードを目深にかぶった女性魔法士と向かい合って座っていた。
魔法士たちによるシリルのギフト分析が終わり、今日は結果を聞くことになっていたのだが……。
「面白いねえ、君は本当に面白い」
いきなり、反応に困ることを言われてしまった。
彼女曰く、シリルのギフトは
「半径2~3メートルの範囲にいる人間の心の声が頭に流れ込んでくる」
というものらしい。
「実はさ、今まで確認されている『読心』ギフトは、接触が必要とされているんだ」
どうやら普通の『読心』は、相手を触ることにより心が読めるらしい。
「でも君はそれがいらない! これはすごいことだよ!」
「はあ……」
どこが凄いか分からず。曖昧な相槌を打つシリルに、魔法士が目をキラキラさせた。
「こんな能力は、国賊ビスマス以来だよ!」
「…………」
シリルは無言になった。
国賊ビスマスとは、100年前に国家転覆を謀ったギフト持ちの名前だ。
外れギフト持ちが処分されるようになったきっかけの人物でもある。
(……それ、どう考えてもヤバいだろ)
シリルの不安そうな顔を見て、魔法士がうなずいた。
「その通りだよ。国賊ビスマスと同じというのは君にとってあまり良くない。だから、私は君のギフトを『普通の接触が必要なギフト』として報告しようと思う」
「……いいんですか?」
シリルが驚いて目を見張ると、魔法士がうなずいた。
「うん。全然いいよ。個人的にはどんなギフトも使用方法によって善にも悪にもなると思っているからね。――それに、君が普通の『読心』でいてくれた方が私にとっても都合がいい」
「……え? 何かおっしゃいましたか?」
最後の方が聞き取れずに、尋ねると、魔法士がにっこり笑った。
「いや、なんでも。とりあえず、報告が終ったら沙汰が降りるから、ちょっと待って」
そして、魔法士が帰ったあと、シリルは夕礼に参加しながら、ため息をついた。
(……これって最悪の結果だよな)
国賊ビスマスと同じ能力を持っているなんて知れたら、処分されてもおかしくない気がする。
(あの魔法士、本当に黙っていてくれるんだろうな)
命の危機を感じながら、今後についての連絡を待つ。
しかし、
(……なんか全然連絡がないんだけど)
1週間が過ぎ、2週間が過ぎても、全く連絡がない。
さすがに不安になって、面倒を見てくれている青年神官に尋ねたところ、「どうやら王宮内で揉めているらしい」という答えが返ってきた。
彼の話によると、シリルをどうするかについて上層部で揉めているらしい。
「王宮は慣習や決まりが多いからね、揉めだすと時間がかかるんだよ」
シリルのギフトについてさりげなく尋ねると、よくある『読心』ギフトだったと聞いているという答えが返ってきた。
(……どうやらあの人、約束は守ってくれたみたいだな)
とりあえず安堵する。
そして、こんな感じで更に1週間が過ぎたころ、その時は突然訪れた。
朝食後、青年神官に呼ばれ、王宮から連絡があったと告げられたのだ。
「君の仕事が決まったらしい」
(そうか、やっと決まったのか)
「やっと」という気持ちと、これからへの不安が入り混じる。
青年神官曰く、今日はとりあえず王宮に訪問して説明を受け、本格的な異動は後日ということになるらしい。
「直に迎えの馬車が来るらしいから、それに乗って行けば大丈夫だ」
「服装(神官見習いの服)は、今のままでも大丈夫ですか?」
「そうだな……、とりあえず、文官服を貸すから、それを着ていくといい」
シリルは文官服を借り受けると、自室に戻った。
着替え終わると、ソワソワしながら迎えを待つ。
――そして、この2時間後。
シリルは迎えに来た黒塗りの馬車に乗っていた。
彼は緊張しながら窓の外を見つめた。
久しぶりに見る王都の街は、活気に満ちている。
その街並みを眺めながら、シリルは思索を巡らせた。
(一体、どんな仕事をさせられるのだろう)
ささやかな希望としては、普段は普通の仕事をして、何かあったときにギフトを使うような仕事が理想だ。
しかし、そんな普通の働き方をさせるだけで、協議に3週間もかかるはずがない。
(とんでもない仕事の可能性もあるよな……)
覚悟を決めなければならないな、と自分に言い聞かせる。
そして、シリルを乗せた馬車は王宮の大きな門をくぐり、敷地内へと進んでいった。
歴史を感じさせる建物や立派な庭園が、窓の外に次々と映る。
そして、しばらく進んだ後、ようやく馬車が静かに停まった。
(……着いたか)
シリルは深呼吸した。緊張で胸がドキドキする。
そして、御者に開けてもらった扉から馬車を下りて、目の前の建物を見上げ、
「……っ!」
思わず息を呑んだ。
そこにあったのは、見たことがないほど巨大な石の建物だった。
天高くそびえ、上が見えないほど大きい。
(……なんだ、これ)
大神殿も大きくて驚いたが、その比ではないほど巨大だ、
シリルが圧倒されていると、入り口に1人の小柄な女性が現われた。
魔導師のローブを羽織り、顔にはモノクルをかけている。
(……あの人、どこかで見たことがある気がする)
考えているうちに、彼女がシリルを見止めた。
おいでおいで、という風に手招きする。
そして、シリルが彼女に近づくと、「ついてきて」と、驚くほど速いペースで歩き始めた。
慌ててシリルもそれを追いかけながら、声を掛けた。
「あの、どちらに行かれるのですか?」
「隔離室だよ」
(……隔離室)
女性の答えに、シリルは無言になった。
なんかものすごく不吉な予感がする。
(もしかして、相当ヤバい仕事をさせられるんじゃないか?)
シリルの不安をよそに、女性は早足で石造りのエントランスを通り抜け、階段を登っていく。
そして、石の廊下を歩くこと、しばし。
2人は建物の奥にある扉の前に到着した。
扉は金属でできており、とても頑丈そうだ。
女性がくるりと振り向いた。
「この部屋は完全防音になっているから、声が漏れない」
(……声が漏れない)
シリルはごくりと唾を飲み込んだ。
声が漏れないということは、声が出る何かが入っているということだろうか。
(……まさか、扉を開けたら傷だらけの男がいるとかじゃないだろうな)
不安な汗が背中を伝う。
女性はシリルと向き合うと、無表情に手を伸ばした。
首にはめてある隷属の首輪に触れると、軽く魔力を流す。
ピシリという音と共に、首輪が外れる。
(……え?)
シリルは面食らった。
突然首輪を外されて、思わず動揺する。
女性は外れた首輪をポケットに入れると、シリルの目をジッと見た。
「赤い帽子を被っている時は心の声に答えないように」
その言葉が終わると、女性は何も言わずに扉を開けて中に入っていった。
(……赤い帽子?)
何のことだろうと首をかしげながら、シリルも続いて部屋に入る。
部屋は広大で、無機質な空気が支配していた。
中央には、ソファセットと幾つか椅子が無造作に置いてある。
そのソファに、1人の女性が背を向けて座っていた。
扉が開いた音に気が付いたのか、ゆっくりと振り返る。
(……え?)
その顔を目にした瞬間、シリルは思わず眼鏡を押し上げた。
青みがかった黒髪に、澄んだ青い瞳、美しく整った顔。
圧倒的な存在感と凛とした透明感のある雰囲気。
そこにいたのは、間違いなく剣姫ビクトリアだった。