02.意外な再会
本日2話目です。
「正気の沙汰とは思えん!」
突然、凛とした女性の声が響いてきた。
驚いて思わず足を止めると、扉の向こうから同じ女性の声が響いてきた。
「魔物の大発生など起これば小さな村はひとたまりもない。今すぐ向かうべきだ!」
「……いや、まあ、それはそうですが、魔法騎士団の進路はもう会議で決定しておりますし」
「そうですぞ、進路を変更するには各所への伺いと決裁が必要です」
諭すような男性たちの声が聞こえてくる。
女性のよく通る冷たい声が響いた。
「ほう、あなた方は、民の命よりも伺いやら決裁の方が大切だと思っていると」
「そうは言っていない」
「そうですぞ、これは必要な秩序です」
女性の声が更に冷たくなった。
「なるほど、それはまた実に下らない秩序だ」
「下らぬとは聞き捨てなりませんな!」
「そうですぞ! 秩序を蔑ろにするとは何事か!」
扉の向こうから男性たちの怒ったような声が聞こえてくる。
(……なんか、すごいな)
王宮の会議とは思えぬほどの混沌ぶりに、シリルが驚いていると、扉のすぐ向こうから冷たい女性の声が響いてきた。
「私は失礼する。こんな会議など時間の無駄だ」
扉がバタンと開く。
その音に、目を向けて、
(……やっぱり)
そう思いながらも、シリルは思わず目を見開いた。
美しい黒髪に澄んだ青い瞳、凛々しく整った顔立ち。
そこにいたのは、以前見た剣姫ビクトリアその人だった。
外で見た時も美しいと思ったが、白い軍服を纏った姿は、更に美しく見える。
彼女の後ろの会議室から男性の大きな声が聞こえてきた。
「待たれよ! 勝手に席を立つなど何事だ!」
彼女は会議室の方を振り向くと、冷たい声で言った。
「私はこれで失礼する。理屈ばかりこねる暇な文官に合う時間などないからな」
「なっ! 何という無礼な!」
部屋の奥から怒りの声が上がる。
そんな声など意にも介さず、彼女は部屋を出た。
立っていたチョビ髭の文官を冷たい目で見据える。
そして、どういう訳か、その隣に立っていたシリルをその青い瞳で冷たく睨んだ。
(…………え?)
シリルは戸惑った。
美人の怒った顔って迫力があるなと思う一方で、睨まれる覚えが全くないとポカンとする。
そんな彼を無視するように、ビクトリアは踵を返した。
部屋からの怒号を背に、コツコツと靴音を立てながら足早に去って行く。
(……一体何だったんだ?)
呆気にとられながら彼女の後姿を見送っていると、
チョビ髭の文官が、怒号が飛び交う会議室に向かってぺこぺこ頭を下げた。
「も、申し訳ありませんっ! 皆様! ビクトリア様は今少し気が立っておられまして……」
「もっとどうにかならんのか!?」
「秩序というものを理解する必要があるだろう!」
そんな声が響いてくる。
驚きながめるシリルに、青年神官が「行こう」と声を掛ける。
そして、並んで廊下を歩きながら、彼は苦笑した。
「いや、すごい迫力だったね。さすがは一騎当千の剣姫様だ」
彼の話によると、ビクトリアは古いしきたりや慣習が嫌いな上に、物言いがはっきりしているので、こんな感じで会議が荒れることが多いらしい。
(きっと真っすぐな人なんだろうな)
そんなことを思う。
その後、シリルは神官と別れて図書館に行った。
日課の1つである写本に熱中して、ふと顔を上げると、窓からたくさんの文官服を着た中年男性がゾロゾロと歩いているのが見えた。
(さっきの会議に出ていた人たちかな)
頑固そうな男性が多く、そのほとんどが偉そうな顔をしている。
(……あれは大変そうだな)
シリルは苦笑した。
あのオッサンたちが相手では、剣姫ビクトリアも苦労しそうだ。
そして、彼はふと気になった。
(それにしても、なんで睨まれたんだろう?)
1回見掛けただけの、ほぼ初対面のはずなのに、なぜ睨まれたのか。
理由が思い当らない。
しばらくして、彼は
(まあ、いいか。もう2度と会うこともないだろうし)
と思い直すと、眼鏡をくいっと押し上げて、引き続き写本に戻った。