(閑話)ダミアーニ子爵家にて
シリルが、ビクトリアの強さに圧倒されていた、ちょうどそのころ。
ダミアーニ子爵家の屋敷の廊下を、文官クラークが難しい顔で歩いていた。
(おかしい、シリル様の身に一体何が起こったんだ?)
『成人の儀』があったその日、
夜になってもシリルが帰ってこなかった。
心配になったクラークが、先に帰って来ていたレイジーに尋ねると、レイジーが目を泳がせた。
「え、ええっと、兄上は、その……、アンジェラのところにいる」
レイジーの狼狽えぶりに違和感を覚えたものの、
婚約者の家に泊まることは特に不思議なことではないため、「そうですか」と言ってその日は過ぎた。
しかし、翌日になってもシリルは戻ってこない。
夫人と廊下ですれ違った際に、「シリル様はどうされたのですか」と尋ねるも、曖昧に笑って誤魔化される。
そして、その日の夕方。
クラークが、狩から帰って来た子爵をつかまえて尋ねると、こんな答えが返って来た。
「シリルは、王都から来た神官様に認められて王都に行った」
(……え?)
クラークは、思わず目を見開いた。
そんな話は初耳だ。
その後、いつ帰って来るのか、どこに行ったのかと尋ねてみるも、うるさそうに「家の秘密だ」と追い払われてしまい、何も分からない。
これだけでも十分おかしいのだが、更におかしなことが起き始めた。
なぜかアンジェラがレイジーを訪ねてくるようになったのだ。
レイジーも嬉しそうに出迎えて、庭園で楽しそうにお茶を飲んでいる。
その様子は、まるで恋人同士だ。
(シリル様の婚約者のアンジェラ様とレイジー様が堂々とあんな風に一緒におられるなんて、まるでシリル様の存在自体がなくなってしまったみたいだ)
不吉な感覚を覚えながら廊下を歩いていると、
「クラークさん!」
横から不意に声を掛けられた。
見ると、厨房に使用人たちが集まっており、深刻な顔で何かを話している。
メイド長である中年の女性が、声を潜めた。
「クラークさん、あんたシリル様がどうなったか知っているかい?」
「子爵様の話だと、王都から来た神官様に認められて修行に行ったと」
メイド長が首を振った。
「違うよ、シリル様は無理やり王都に連れていかれたのさ」
彼女によると、彼女の姪が大神殿で巫女として働いているらしい。
「どうやらシリル様にお茶を出したみたいでね。その時に手の甲にギフトの印があったんだってさ」
メイド長が声を落とした。
「その後、シリル様は連れ去られるように馬車に乗ったらしいから、もしかすると外れギフトだったんじゃないかっていう話だ」
クラークの心臓が飛び跳ねた。
まさかの話ではあるが、そうであると考えれば辻褄が合う。
(だから、ご家族全員言葉を濁していたというわけか)
昇爵を狙っている子爵家にとって、外れギフトを授けられた人間が出たとなれば相当な痛手になる。
もしかすると、シリルの存在自体を消しにかかっているのかもしれない。
使用人の1人が苦々し気に言った。
「正直、オレは信じられない。言っちゃなんだが、外れギフトを授かるなら、どう考えたってシリル様じゃなくてレイジー様だろ」
「実は、外れギフトじゃないんじゃないか?」
「そうだよ、シリル様が外れギフトなんてありえない」
他の使用人たちも口々に言う。
彼らの話を聞きながら、クラークは視線を伏せた。
外れギフトを与えられたものは、自由を奪われて隷属させられると聞く。
もしも噂が本当ならば、シリルは今とてつもなく追い込まれた状況にいるのではないだろうか。
その後、クラークはシリルの執務室に向かった。
やりかけの仕事が置いてあり、今にも戻ってきそうだ。
それらをながめながら、クラークがつぶやいた。
「シリル様、どうぞご無事でいてください」
これにて第1章終わりです。次から第2章に入ります。
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