09.大混乱とその後
シリルの告発で会議が大混乱に陥った、その翌日。
カスパーが牢の中で冷たくなって発見された。
調べた医師たち曰く、心臓の病気の可能性が高いらしい。
表向きは不幸な病気と発表されたが、人々は決してそう思わなかった。
「あれは、病死じゃなくて、口封じされたのではないか?」
疑われたのは、叔父のワロン総務大臣だ。
「甥のカスパーと結託しており、バレそうになったので口封じしたのではないか」
という噂が王宮中を飛び交っている。
その噂を聞いて、シリルは首をかしげた。
心の声を聞いた限り、ワロンはカスパーの件について何も知らない様子だった。
恐らく無関係だろう。
(でも、カスパーの裏に誰かがいたのは間違いないだろうな)
ビクトリアの情報についても、カスパーがその人物に流していたに違いない。
その後、容疑者不在のまま取り調べが進められ、カスパーには他にも細かい余罪があることが分かった。
使用人の話によると、彼は夜な夜な金貨を数えてにんまりしていたらしい。
もちろんその金貨はそっくりそのまま没収され、第2魔法騎士団へと返却された。
その後、守護符屋は大々的な取り調べを受けた。
取り調べに対し、店主はカスパーの指示で、『麻痺防止』を『石化防止』に変えた守護符を作るようにと指示された、と供述した。
理由は聞かされておらず、ただ指示をされただけらしい。
また、水増し請求についても、カスパーの指示があったと供述。
同じように水増し請求していた鍛冶屋や道具屋も取り締まられ、店主の捕縛および多額の賠償金の支払いを言い渡された。
ワロン総務大臣については、
甥の不祥事と噂によって権力はかなり弱くなったようで、以前の偉そうな態度が嘘のように大人しくなった。
ビクトリアに無意味な嫌味を言うこともなくなり、会議が平和になった。
第2魔法騎士団の団員たちはというと、事の顛末について聞いて激怒した。
カスパーについては色々言いたいことはあったようだが、死んだと聞かされて口をつぐんだ。
そして、これらが終った後、
シリルとビクトリア、ガイアスの3人は、返却されるお金を何に使うか真剣に話し合った。
どんな設備投資をするか、どの建物をどのタイミングで改修するか、など無駄が出ないように決めていく。
専属の守護符店については、魔法書店の店主の紹介してもらった、正直で腕の良い店に決まった。
そこに己の身を顧みずに証言してくれた、ぐるぐる眼鏡の魔法士も就職することになっている。
――そして、会議から2週間後。
様々なことに目処がつき、日常を取り戻したお昼過ぎ。
シリルは、自分の執務机に向かって、いつものように書類仕事をしていた。
斜め向かいにはビクトリアがおり、熱心に書類を読んでいる。
天気が非常に良く、外からは小鳥の鳴き声と、遠くから訓練している団員たちの声が聞こえてくる。
(平和だな)
シリルが少し眠くなってきたなと思いながら書類仕事を進めていると、
ビクトリアが動く気配がした。
何となく見られていることを感じていると、突然彼女の心の声が聞こえてきた。
【……彼にはずいぶんと世話になったな】
シリルは首をかしげた。
3メートル以上離れていて聞こえないはずなのに、なぜか心の声が聞こえる。
(どうしたんだろう、今日は調子がいいのか?)
そんなことを考えていると、続けてビクトリアの声が聞こえてきた。
【会議で理路整然と話を進めていく姿は見事だった。私ではああはいかなかっただろう】
賞賛の言葉に、シリルはにやけそうになるのを堪えながら眼鏡を押し上げた。
時々感謝の心の声が聞こえてきたが、こうやって改めて聞くと、嬉しい反面照れ臭い。
チラリとビクトリアの方を見ると、
彼女はクールな顔で手元の書類をながめていた。
しかし、心の声はまだ続く。
【しかし、ずいぶんと彼に頼ってしまったな】
【男は腕っぷしがなければだめだと思っていたが、頭の良い男も頼りになるのだな】
シリルは、思わず赤面しながら眼鏡を拭いた。
褒められるのは嬉しいが、ここまで言われるとどうしていいか分からない。
彼はたまらなくなって「資料を探してきます」と言って部屋を出た。
扉を閉めると、廊下を歩き始める。
(横領の件は方が付いたが、まだまだ課題は山積みだな)
ビクトリアに呪いをかけた犯人も、森で襲った犯人も分かっていない。
病死とは言っているが、カスパーの件もよく分かっていない。
(これからもがんばらないとな)
そう気を引き締める。
そして、シリルは気持ちが落ち着くまでウロウロした後、執務室へと戻って行った。