05.埃まみれの1日
討伐の翌日。 シリルはいつもより早く目を覚ました。
下に降りていくと、ビクトリアはすでに家を出たとのことだった。
(責任感が強いのは素晴らしいことだと思うけど、もう少し自分を大切にして欲しいところだよな)
そうため息をつきながら、彼は急いで朝食を食べると、第2魔法騎士団へ向かった。
本部はいつもより静かで、皆心なしか元気がない。
シリルは気合を入れるように、自分の頬を両手でパチンと叩いた。
「よし! やるぞ!」
今日の目的は、昨日感じた“違和感”の原因を探ることだ。
「まずは、なぜ『麻痺防止』を外したのか、だよな」
麻痺防止さえ外さなければ、ここまで被害は大きくならなかっただろう。
疑うとしたら、まずここだろう。
(確か、ガイアスさんは『2週間前に“石化”の魔獣が出たから』って言ってたよな)
まずは、この真偽の確認だ。
シリルは行動を開始した。
ガイウスに聞いてみると、治安衛兵団から知らせがあったことが分かった。
そこで、実際に治安衛兵団に行き、担当者に話を聞くと、
「魔の森で、実際に石化の魔獣に襲われた人が出たのです」
と言われた。
「これが報告書になります」
見せてもらった報告書は、被害者の名前まで書かれた正式なもので、内容に嘘はなさそうだ。
念のため担当者の心も読んでみるが、嘘はついていない。
(……おかしなところが何もないな)
普通だったらここで調査を止めるところではあるが、シリルは眼鏡を押し上げた。
(調べるなら徹底的にやらないとな)
彼は、街に出ると、見せてもらった報告書を作成した衛兵を訪問した。
彼は第2魔法騎士団から派遣された衛兵のようで、ビクトリアのために調べていると言うと、とても丁寧に答えてくれた。
「この日、若い男が飛び込んできたんです。右手が石化しておりまして、魔の森でカエル型の魔獣にやられたと言っていました」
実際に被害が出ていることもあり、すぐに報告を上げて、探索隊を出したらしい。
「何日か周囲を探したのですが見当たらず、近く魔法騎士団の定期討伐があるので、そこで一緒に討伐してもらおうという話になりました」
なるほど、とシリルがうなずいた。
確かにガイアスがそんなことを言っていた。
(……なんか、怪しい所が1つもないな)
一瞬諦めようかとも思うが、シリルは思い直した。
ここまできたら、とことんやろう。
石化の被害にあった青年について尋ねると、
「数日後に挨拶にみえました。回復したので、別の街に行くと言っていました。感じの良い方でしたよ」
という答えが返って来た。
シリルは、その男性の情報をメモさせてもらうと、お礼を言って衛兵詰め所を出た。
まっすぐ王都商人ギルド本部に向かうと、被害にあったという青年について尋ねた。
「こちらのギルドに所属している、コラン村出身のライアンさんについて知りたいのですが」
メモしてきた情報を渡すと、調べるのに1時間くらいかかると言われた。
どうやら、地方支社所属の会員を調べるためには、地下の台帳を調べる必要があるらしい。
シリルはギルド本部を出た。
時間があるからと、今回守護符を頼んだという店をのぞいてみると、小さいながらも綺麗な店だった。
(へえ、ここで作っているのか)
そして1時間が経ち、商人ギルドに戻ると、なぜか応接室に通された。
不思議に思っていると、副ギルド長を名乗る男性が出てきて、シリルが提出した青年の情報を机の上に置いた。
「調べましたが、この男性が、我がギルドには所属していないということが分かりました」
「え……?」
シリルはキョトンとした。
「ええっと、それは、名前の間違いとかそういうことでしょうか?」
「いえ。我々は、これが精巧に作られた偽ギルドカードの情報ではないかと思っております」
副ギルド長によると、前々からギルドカードの偽造が問題になっているらしい。
「最近は、作るカードには特殊な効果を付けているのですよ」
【――まあ、すぐにやられるでしょうけどね】
という心の声がするところを見ると、偽造はかなり大きな問題らしい。
彼からの「調べましょうか」と言う申し出を一旦断ると、シリルはお礼を言って外に出た。
そして、
「よしっ!!!」
通行人の目も気にせず、道の真ん中でガッツポーズを決めた。
(やった! 尻尾を掴んだぞ!)
そして彼は、「調べるならとことんだ」とつぶやくと、本部に戻った。
守護符についても徹底的に調べようと、建物内にある備品置き場に向かう。
そして、鍵を開けて中に入り、棚を開けた。
中に守護符が並んでおり、今回の討伐の残りも入っている。
(これだな)
念のため、数枚持って魔法研究所に行って調べてもらうと、
「どれも品質、効力共に良好です」
と太鼓判を押された。
(品質には問題はないってことだな)
さっき店も見て来たが、小さいながらもちゃんとした店だった。
(となると、こっちは白かな)
そんなことを考えながらも、何か不審な点はないかと彼は棚を見回した。
ふと、横に在庫台帳が置かれているのを発見する。
それを開き、3日前の日付で、
『守護符 100枚納入』
と記されているのを見つけて、彼は大きく目を見開いた
(は? 100枚?)
てっきり討伐に参加する人数分かと思いきや、まさかの2倍量。
ガイウスが「予備がある」と言っていたが、まさかこんなにあったとは!
シリルは思案にくれた。
守護符は作るのに時間がかかる。
発注して2週間くらいで100枚作るなんて、あの小さな店では不可能だ。
(……これは、もっと調べた方がいいな)
彼は、ランプを持って地下に降りた。
地下には書類倉庫があり、10年分の書類が置いてある。
鍵を開けて中に入り、彼はため息をついた。
(すごい量の書類だな……)
書類がゴチャゴチャと詰まった大きな棚が並んでおり、上には埃が溜まっている。
(カスパーさん、もうちょっとちゃんと整理してくれよ)
シリルはため息をつくと、袖を捲り上げて書類を探し始めた。
それらしい書類を引っ張り出すと、もうもうと埃が舞い上がる。
「うわっ! ゲホゲホッ、これはしんどい!」
ハンカチを鼻と口に巻くと、時折くしゃみをしながらも、果敢に書類を探す。
そして、埃まみれになって探すこと2時間。
彼は棚の奥の奥から守護符に関する書類を見つけた。
(なるほど、今の守護符店は、3年前から第2魔法騎士団の専属になったのか)
そして、次のページにあった価格表を見て、彼は目をぱちくりさせた。
(……あれ? 何か高くないか?)
感覚的には、シリルが領で扱っていた価格の3割増しくらいだ。
(王都は物価が高いからか……? いや、それにしても……)
ランプの下、シリルは眼鏡を拭きながら思案に暮れた。
心の中の違和感がどんどん強まっていく。
その後、更に調査をするため、シリルは外に出た。
あちこちの部署を訪問して情報収集すると、また地下に潜って、ゲホゲホ言いながら書類と格闘する。
そして、夕方になり、彼は埃だらけになって夕日の差し込む執務室に戻って来た。
執務机にはビクトリアが座っており、書類を読んでいる。
その端整な横顔は相変わらずクールだが、少し疲れているように見える。
シリルは目を細めた。
そりゃ疲れるよな、とやるせない気持ちでいっぱいになる。
「ただいま戻りました」
そう言うと、彼はビクトリアの前に立った。
眼鏡を押し上げながら、彼女の青い瞳を真っすぐ見る。
「ビクトリア様、報告とご相談したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか」
とりあえず今の状況を報告し、協力を仰ぎたいという考えだった訳だが……
「ちょ、ちょっと待ってください! ビクトリア様!」
15分後。
執務室の外の廊下で、シリルはビクトリアにずるずると引きずられていた。
冷たい顔のビクトリアが心の声で、
【離せ、一発殴ってくるだけだ】
と言いながら、出口に向かって歩こうとする。
シリルは、懸命にその腕を引っ張った。
「落ち着いて下さい! もっと調査が必要です!」
【――殴った後でも調査はできる】
「いや、そういう問題じゃないですから!」
シリルが足を踏ん張りながら必死に叫ぶ。
ここから彼がビクトリアを落ち着かせるのに、約30分かかったという。