03.魔獣討伐(2)
「よく来てくれた!」
ガイアスが、シリルをひょいと荷物のように担いで猛スピードで走り出した。
「……えっ!」
シリルは逆さになりながら絶句した。
眼鏡が落ちないように押さえていると、横から魔獣が襲い掛かってくるのが見えて、とっさに目をつぶる。
ガイアスがシリルを担いだまま小屋の付近まで戻ると、シリルを怪我人の横に降ろした。
「頼んだぞ!」
そう言うと、戦いに戻っていく。
(……マジか)
シリルは呆気にとられた。
まさかの戦いのど真ん中だ。
しかし、少し冷静になって、彼は思い直した。
(……いや、実はこの場所が一番安全なのか?)
先ほどいた場所は、後ろから魔獣が来る可能性があった。
しかし、この場所はど真ん中とはいえ、後ろは堅牢そうな石の小屋だし、前は騎士と魔法士が守っている。
(よし、安全だということにして、やるべきことをやろう!)
シリルは震える足を何とか動かして、倒れている騎士たちに近寄った。
「……ひどい傷だ」
プレートを裂いて、血が滲み出る深い傷に顔を歪めながら、腰に下げていた魔法薬を取り出した。
少しずつその傷にかけると、シュワシュワと煙と音を立ち、ゆっくりと血が止まっていく。
(とりあえず、先に止血だな)
シリルは、次の怪我人に取り掛かった。
時々大丈夫か尋ねてみるも、みんな口がきけない様子だ。
(急ごう)
近くで行われている激しい戦闘に怯えつつも、なるべく迅速に処置をしていく。
そして、8割方終わり、あともう少しだと汗をぬぐっていると。
「くそっ! まずい! 抜けられる!」
前方から大きな声が聞こえてきた。
顔を上げると、足の速そうな黒い狼のような魔獣が猛スピードでシリルの方に走ってきていた。
真っ赤な口には、見るも恐ろしい牙が光っている。
(や、やばい!)
逃げなければと思うものの、体が思うように動かない。
狼は大きくジャンプすると、シリルに襲い掛かった。
(や、やられる!)
せめて急所は守ろうと、腕で頭を守ろうとした、その瞬間。
目の端で銀色の何かが光った。
次の瞬間
空中に光る線が走り、狼がバラバラの肉片になる。
「……っ!!!!!」
シリルは思わず口をあんぐりと開けた。
信じられない光景に声が出ない。
そして、
ドサドサッ
血と肉片が目の前の地面に落ちた後、ビクトリアがシリルに駆け寄って肩に手を掛けた。
【――大丈夫か!】
「だ、大丈夫……です」
ハアハア、と肩で息を切りながら、シリルが何とか答えた。
一瞬死んだと思ったせいか、生きた心地がまるでしない。
ビクトリアは安心したような顔をすると、すぐに踵を返して戦闘に戻った。
シリルは肩で息をしながら眼鏡を押し上げた。
地面に落ちている肉片を見て、とんでもない腕前だと驚愕する。
顔を上げると、ビクトリアは巨大な熊と戦っており、人間とは思えないスピードで魔獣を切り裂いている。
他の騎士たちも強いが、1人だけレベルが違う。
(……凄い)
シリルは何とか息を整えると、治療を続けた。
新たな怪我人が運ばれてくる度に肝が冷えるものの、何とかこなしていく。
そして、最後の魔法士の傷を治療し終わって立ち上がると、耳をつんざくような叫び声が周囲に響き渡った。
振り返ると、巨大な熊が断末魔を上げてドオン、と倒れていくのが見える。
「勝利だ!」
ガイウスが剣を掲げると、大きな歓声が上がる。
「新手が来ないうちに、とっとと撤収するぞ!」
シリルは立ち上がると、急いで戦っていた騎士たちの方に駆け寄った。
ビクトリアの傍に行くと、「先に他の者を治療してくれ」という風に目を逸らされる。
そして、他の騎士たちの応急処置を済ませてビクトリアの元に行くと、彼女は厳しい顔つき小屋を見つめていた。
シリルが近づくと、彼女の心の声が聞こえて来た。
【油断したな】
【まさかあんな仕掛けがされているとは】
(やっぱり何かあったみたいだな)
きっとあの商人が小屋に何かしたということなのだろう。
(これは狙われたってことだよな……)
彼女の治療をしながら、嫌な予感が心をよぎる。
その後、魔法士によって火は消し止められ、一行は森の入り口へと戻った。
そこで待機していた見習い団員たちが、血だらけのビクトリアと仲間たちを見て驚愕する。
シリルが「例の商人は?」と尋ねると、ミルフィが辛そうに首を横に振った。
どうやら、商人は自害してしまったらしい。
シリルは考え込んだ。
あの商人のあの言葉といい、自害といい、どう考えても暗殺を仕組んだとしか思えない。
ふと、空き地の隅に置いてある商人の荷馬車を見ると、荷物がそのままになっている。
さっきは必死で箱を開けることしか頭になかったが、商人の素性につながるものがあるかもしれない。
そう思いながら、シリルが荷馬車の上に乗った、そのとき。
ヒヒーン!
馬の嘶きと共に、馬の集団が空き地に走り込んできた。
先頭にいた若い男性――フィリップが、馬から降りて大声で叫んだ。
「ビクトリア!」
そして、ビクトリアを見ると、安心したように駆け寄った。
しきりに何か話しかけたり、隣にいるガイアスと話をしている。
ガイアスが大声を出した。
「我々は今すぐ王都に戻る! 調査や片づけは第1が引き受けてくれるそうだ! 馬車も貸してくれるそうだから、怪我人は乗り込む準備をしろ!」
それを聞いて、シリルは素早く荷馬車を探った。
手にとったのは、魔誘粉が入っていた小箱だ。
(……これは持ち帰った方がいい気がする)
今回の件は、ビクトリアを狙ったものの可能性が高い。
そして、この箱は決定的な証拠となりうる。
考えたくはないが、もしも第1に共犯者がいた場合、隠ぺいされてもおかしくない。
(持って帰ってリリアーナ様に渡そう)
彼は小箱をハンカチに丁寧に包むと、こっそり腰のポーチの中に入れた。
見習いたちに混じり、帰還の準備をする。
ビクトリアの方をチラリと見ると、彼女はガイアスの横に立って視線で指示を出していた。
気丈にしてはいるが、その瞳は疲れ切っている。
(ショックだよな……)
何か声をかけたいと思うが、かける言葉が見つからず、結局何も言えない。
――その後、傷を負った仲間たちを馬車に乗せ、一行は急ぎ王都へと戻った。