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01.人生最悪の日


ここから家を出るまでの2話がやや重めなので、サクサクいきます。


時は遡って、『成人の儀』当日の早朝。


ダミアード子爵領の領都にある領主館の執務室にて。

1人の眼鏡をかけた青年が、一心不乱に書類仕事をしていた。


彼の名前は、シリル。

エレシア王国の北方を治めるダミアーニ子爵家の長男だ。


彼は、留守がちな父に代わって領主の仕事をしており、こうして毎日朝早くから仕事をすることが習慣になっている。


机の上の書類がなくなると、彼はペンを置いて大きく伸びをした。



「今日はあとどのくらいだ?」

「この量の3倍くらいです」



近くにいた文官のクラークが、書類を受け取りながら答える。

シリルはため息をついた。


(3倍か……、今日も書類三昧になりそうだな)


椅子の背もたれに寄りかかりながら窓の外を見ると、外はよく晴れており、裏庭にある訓練場では、騎士たちが打ち合いをしている。

その向こうには魔法士たちがおり、的に小さな炎や氷を飛ばしているのが見える。


(……最近外に出ていないな。最後に出たのは、本を買った時だから……2週間前か)


あの本まだ読めてないな、と考えていると、


コンコンコン


ノックの音と共に、女性の声が聞こえてきた。



「シリル様、朝食のお時間です。今日は旦那様もいらっしゃいますので、お急ぎ願います」

「分かった。今行く」



シリルは立ち上った。

クラークに「行ってくる」と言うと、部屋を出て食堂に向かう。





大きくて豪華な食堂に到着すると、広いテーブルに母と弟、そして一番の上座に厳格そうな中年の男性が座っていた。


父であり子爵家当主であるダミアーニ子爵だ。

彼は、ダミアーニ家を「子爵」から「伯爵」に昇爵させようと、ほとんどの時間を領外の活動にあてている野心的な男だ。今回は『成人の儀』に出席するために戻ってきている。


久々に見る父に向かって、シリルが丁寧にお辞儀をした。



「お帰りなさい、父上」

「ああ」



子爵が鷹揚にうなずく。


シリルが母と弟にも挨拶しながら席に座ると、すぐに食事が運ばれてきた。

今日のメニューは、スープに前菜の盛り合わせ、肉料理、パンだ。


子爵が食事に手を付けたのを合図に、皆一斉に食事を始める。


いつもなら、母がレイジーとおしゃべりを楽しむのだが、今日は子爵がいるため、2人とも一言もしゃべらない。


シリルも仕事のことを考えながら黙って食事を進める。


しばらくして、不意に子爵がシリルに目を向けた。



「仕事は滞りなく進んでいるんだろうな?」

「はい、特に問題ありません」



眼鏡を押し上げながらシリルがそう答えると、子爵が「そうか」と興味を失ったように目を逸らす。

夫人がシリルに声を掛けた。



「仕事も良いですが、アンジェラ(婚約者)の相手をすることも忘れてはいけませんよ。持参金を渋られでもしたら困りますからね」

「はい、善処します」



レイジーが、「仕事に婚約者、兄上が羨ましいです」と笑顔で言う。


シリルは内心苦笑した。


(いやいや、羨ましいのは俺の方だよ)


母のお気に入りであるレイジーは、治安維持という名目で毎日自由に街を遊び歩いている。

忙し過ぎてまともに外にも出られなければ、好きな本も読めないシリルとは比較にならない気楽さだ。


そう反論しようかとも思うが、父の前で恥をかかせるのも可哀そうだと思い、口をつぐむ。




その後、父親の食事が終わったのを合図に、全員席を立った。

シリルは、食堂を出ると執務室に向かって歩き始めた。


廊下の窓の外を見ると、若いメイドたちが楽しそうにおしゃべりしている。


(……そういえば、今週アンジェラに会えていないな)


アンジェラとは、今年17歳になるシリルの婚約者だ。

大きな商会を営む男爵家の娘で、15歳の時に家同士のつながりを強くするために婚約した。


アンジェラはいつも笑顔の優しい娘で、シリルのことを慕ってくれた。

シリルも彼女のことを大切に思っており、なるべく一緒にいる時間を取りたいと思ってはいるのだが……。


(忙し過ぎるんだよな……俺が)


週1回は何とか時間を作っているが、これ以上は無理な状況だ。


一瞬、レイジーに仕事を任せればと思うが、


(……あいつ、外国語がからきしなんだよな)


ダミアーニ領は、この国では珍しい多言語の領民が暮らす土地だ。

それらの言葉ができなければ領地経営は難しいのだが、レイジーはまるで勉強する気配がない。

外国語が必要な時はシリルを頼る始末だ。


(やはり俺がやるしかないのか……)


そう結論を出すと、ため息をつく。





――そして、数時間後。


執務室でシリルが夢中で仕事をしていると、クラークが声を掛けてきた。



「シリル様、そろそろ『成人の儀』に行く時間です」

「もうそんな時間か」



シリルが眼鏡を外して眉間を揉みほぐしていると、クラークはため息をついた。



「差し出がましいことを言うようですが、シリル様の仕事量を減らすように子爵様と交渉はできないのでしょうか。少々忙し過ぎるように感じます」



シリルは苦笑いした。



「減らすといっても手段がないだろう?」

「子爵様にもっと戻ってきて頂ければ解決するかと」



シリルが苦い笑みを浮かべた。



「無理だと思うぞ。あの人、今昇爵にしか興味ないしな」

「……」

「それに、親の期待に応えるのも子どもの役割だと思うんだ」



思うところがない訳ではないが、父親は父親だ。

期待に応えたいし、認められたいという気持ちはやはりある。


クラークが「そういうものでしょうか」とつぶやく。




その後、シリルは送ってくれるというクラークと共に馬車に乗り込んだ。

ヒヒーンという馬の嘶きと共に馬車が出発し、窓の景色が流れ始める。


シリルは斜め向かいに座っているクラークに尋ねた。



「そういえば、『成人の儀』ってどんな感じなんだ?」

「もうずいぶん前のことなので、あまりよく覚えてはいませんが、儀式自体はすぐに終わったと思います」



クラーク曰く、神と王家に忠誠を誓った後に石に触れると、石が光るらしい。



「むしろ王宮神官の話の方が長いくらいでしたよ」

「なるほど。じゃあ、そこで居眠りしないように気を付ければいいんだな」

「まあそんな感じです」



クラークがおかしそうな顔をする。



「シリル様はギフトを与えられるかもしれないとは考えないんですか?」

「まあ、10万人に1人だからな。期待する方が無理あるだろ」

「確かにそうですが、夢がないですねえ」

「俺は現実主義だからな」



そんな話をしているうちに、馬車は街の中心にある大神殿の前に到着した。

シリルは馬車を降りると、送ってきてくれたクラークに別れを告げる。


そして、入り口に向かって白い石の階段を上がり始めた、そのとき。





「シリル様!」


後ろから若い女性の声が聞こえて来た。

振り返ると、金髪碧眼の美しい娘が階段を登ってくる。


シリルは目を見張った。


「アンジェラ! 君がどうしてここに?」


それは、シリルの婚約者のアンジェラだった。

彼女はシリルに駆け寄ると、嬉しそうにその目を見上げた。


「つい先ほど、義母様にお呼び頂いたのです。今後家族になるのだから、参加してはどうかと。……もしかして、ご迷惑でした?」


シュンとされ、シリルが慌てて言った。


「そんなことはないよ、来てくれて嬉しいよ」



そして、シリルが、仕事が忙しくてなかなか会えないことを詫びると、アンジェラが首を横に振った。


「いいのです。お仕事に一生懸命なシリル様も素敵ですから」


でも。と、彼女は上目遣いでシリルを見つめると、可愛らしく微笑んだ。


「今日はこの後、私にお時間をくださいな。素敵なネックレスを見つけたんです」


私にとても似合いますのよ、とアンジェラがにっこり笑う。

それでチャラにしてくれるということか、と思いながらシリルが笑みを浮かべた。


「分かったよ。儀式が終ったら買いに行こう」

「わあ、ありがとうございます! 嬉しいです!」


2人は楽しく話しながら大神殿に入っていった。

待合室で待っていた家族と合流する。




――そして、15分後。


荘厳な雰囲気が漂う神殿内の女神像の下にて、

父母と婚約者が見守る中、シリルとレイジーの2人の成人の儀が始まった。


王都から来た王宮神官が厳かに儀式の開始を宣言すると、最初に16歳になったレイジーが前に出た。



「光と知識の女神エリシア、そして尊き国王陛下に、我が永遠の忠誠を」



と、厳かに唱えると、瑠璃色の石に触る。


石がぼうっと淡く光る。


その光をながめながら、シリルは思った。

きっと自分もあんな感じに光って終わるだろう、と。


(終わったら、アンジェラと買い物に行かないとな。その後は仕事に戻って……)


頭の中で儀式が終った後の計画を立てる。


そしてシリルの番になり、彼は特に何も考えずに壇上に上がった。

教えられたとおりに誓いの言葉を宣誓し、躊躇なく石にぺたりと触る。


その時、とんでもないことが起こった。


シリルの手が石に触れた瞬間、目を開けていられないほどのまばゆい閃光が放たれたのだ。

強烈な光が神殿を真っ青に染める。



「……っ!!!」



シリルは驚愕した。


(こ、これは一体!? 何が起きているんだ!?)




――そして、時は冒頭プロローグに戻り。

シリルは外れギフトを授けられ、王都に行くことを選択することになってしまった、という次第だ。





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