07.文官生活5日目
「ふう、やっと終わった」
第2魔法騎士団本部で働き始めて5日目、
シリルは、ようやく処理し終わった大量の書類を両手でトントンと整えていた。
(まさか魔法騎士団の書類仕事がここまで大変だとは思わなかったな……)
ここ5日、前任者であるカスパーが残してくれた「引継書」に従って、黙々と作業をこなしているのだが、これがものすごく大変なのだ。
出てくる申請書の量がとにかく多い。
原因はその異様な細かさで、矢だったら1本1本に申請書を書かないといけないことになっている。
(見る方も大変だけど、書く方も大変だよな)
しかも、ちょっと金額が大きくなるとビクトリアの決裁が必要になるため、彼女への負担もかなり大きい。
(これ、絶対にもっと簡単な方法に変えた方がいいよな)
そうは思うものの、シリルは躊躇していた。
自分は、最短1カ月でいなくなる身だ。
そんな人間が、勝手にやりかたを変えるのは良くない気がする。
(……とりあえず、このやり方を続けるか)
これらの書類仕事に加え、シリルにはもう1つ悩ましい仕事があった。
それは、言わずもがな、ビクトリアとの会議出席だ。
彼女はしゃべれないため、シリルが代弁することになるのだが、これがまあ酷い。
第2魔法騎士団に対して偉そうに意見してくるお偉いさんに対して、
【現場を知らない臆病者が口を出すな】
【口を出したければ戦場に立て、と言え】
と、こんな喧嘩を売るようなことばかり言わせようとする。
シリルもお腹の中では、ビクトリアが正しいとは思っている。
偉そうに知ったかぶりをするオッサンの言うことなんぞいちいち聞いていたら、世の中は回らない。
しかし、この世には言って良いことと悪いことがある。
「ビクトリア様、それ言い過ぎです」
会議中、何度ツッコミかけたか分からない。
しかし、シリルの役割はあくまで「代弁」だ。
皆の前で第2魔法騎士団の団長を諫めるなど、明らかに役目や身分を逸脱している。
という訳で、悩みに悩んだ末、
「ビクトリア様は、1度戦場にいらしてみて、その上でのご意見をされてはいかがか、と申しております」
と、オブラートに包みまくって伝えてはいるのだが、
「この私に戦場に行けと! 馬鹿にしているのか!」
と、めちゃくちゃ怒られる羽目になっている。
(はあ、しんどい……)
ビクトリアは、己の考えが正しいと思っているから、相手が怒っても【気にするな】という感じだが、それを代弁して怒られるこっちの身にもなって欲しい。
(本当に困った上司って感じだよな)
ただ、会議に出席することによって、良いこともあった。
定例会議メンバーが「白」らしいと分かったことだ。
円卓が広すぎて全員の心の声は聞こえないが、
聞こえてくる悪意といえば、せいぜい
「可愛くない小娘」
程度だ。たまに
「うちの息子がファンだからサインをもらいたい」
「しばかれたい」
などという特異なものもあるが、害意を含むような声は聞こえない。
(まだ5日目だし、これからだな)
書類を片付けながらそんなことを考えていると、
バタン
ドアが開いて、クールな表情のビクトリアが入ってきた。
どうやら鍛錬後に水を浴びて来たらしく、艶やかな紺色の髪が少し濡れている。
彼女はその青い瞳をシリルに向けると、近づいてきた。
細い指で彼の肩にそっと触れる。
【これから出掛ける】
「どこへ行かれるのですか?」
そう問いかけると、ビクトリアが心の声で答えた。
【街だ。定例視察に行く】
再び距離をとって外出の準備を始めるビクトリアをながめながら、シリルは思った。
街の人々の中に怪しい奴がいるかもしれない。これは付いていくべきだろう。
彼は立ち上がった。
「私も行きます」
ビクトリアが驚いた顔をした後、クールな顔にちょっと嫌そうな色を浮かべる。
距離が遠くて心の声は聞こえないが、1人で行きたそうな雰囲気が伺える。
シリルは苦笑した。
彼女の気持ちを尊重したいところではあるが、これは仕事だ。
申し訳ないが、呪いを早く解くためにも我慢してもらおう。
彼は眼鏡を押し上げた。
「申し訳ありませんが、リリアーナ様に、どこかに行くときは必ず付いて行くようにと言われております」
ビクトリアがため息をついた。
まあ仕方ないか、という風に視線を落とす。
その後、2人はシリルが手配した馬車に乗ると、王都の街へと向かった。