06.仕事始めと洗礼(2)
シリルがビクトリアと向かった先は、王宮内にある豪華な会議室だった。
真ん中には、巨大な円卓が置かれており、すでに10人ほどが座っている。
どうやら身分が相当高いらしく、皆立派な服を着ている。
そして、全員が頭に安っぽい赤いベレー帽を被っていた。
(……マジか)
シリルは思わず目をそらした。
あれは明らかにリリアーナが作ったインチキ帽子だ。
そして、頭の中には、
【あれが例の外れギフトの青年か】
【触られたら心を読まれるなど恐ろしい話だ】
【万が一にでも触れたら一大事だ。この帽子は外せない】
という心の声が流れ込んでくる。
シリルは遠い目をした。
インチキがバレたら、ものすごい大騒ぎになるような気がする。
――そして、全員が揃ったところで、会議が始まった。
シリルはビクトリアのすぐ後ろに立った。
【今日も無駄に長そうだな……】
彼女のそんな心の声が聞こえてくる。
シリルは笑いを堪えた。
彼女はあまり会議が好きではないらしい。
他のお偉いさんたちも、やる気がある人とない人がはっきりしているようで、
【腹が減ったな、何か食べてくれば良かった】
【今日こそ案を通すぞ】
など、心の中でバラバラなことを考えている。
そんな中、司会の中年男性が、会議資料を読み始めた。
「定期報告会議」ということで、いろんな部署の活動報告がされていく。
ビクトリアは、まったく興味がない様子で、
クールな顔をして書類は見てはいるものの、心の中で考えているのは新しい特訓方法についてだ。
日当たりの良い会議室で、男性の平坦な声が響き渡り、眠気を誘う。
お偉いさんたちのうち何人かが、目をこすったり、あくびをかみ殺したりしている。
シリルも真面目な顔であくびをかみ殺した。
立ってなかったら、居眠りしていたかもしれない。
しかし、話題が第2魔法騎士団の遠征についてになった瞬間、それまで平和だった雰囲気がガラリと変わった。
報告書を見た、やたら太った偉そうな男――総務大臣であるワロンが、遠征の批判をし始めたのだ。
「遠征にかかる予算が過剰なんじゃないかね? 人数を減らし無駄を省くべきではないのか? 少数精鋭、というやつだ」
シリルは心の中で苦笑した。
(魔物の数が多かったら、少人数じゃ危ないだろ)
ビクトリアも似たようなことを考えているらしく、表面上はクールながらも、心の中で
【またよく分からないことを言い出したな】
とイライラつぶやいている。
会議に出ている何人かも渋い顔をしているが、そんな反応など物ともせず、ワロンはさらに偉そうに続けた。
「最近、遠征隊の戦術に甘さが目立ちますな。もっと計画的に、効率的に動かすべきですぞ」
「気分で戦うのではなく、もっと堅実な計画が必要ではないのかな?」
など、嫌味な感じで言いたい放題だ。
どうやらビクトリアがしゃべれないことをいいことに、言いたいことを言う腹らしく、
【しゃべれもしない小娘め、これを機会に甘い考えを改めさせてやる!】
という心の声が聞こえてくる。
あまりの言い様にシリルが顔を顰めていると、
ビクトリアがため息をついた。
冷たいオーラのようなものが彼女を包み始める。
そして、彼女は顔を上げると、頭の赤い帽子に手をかけて、それを脱いだ。
冷たい目で勝ち誇った顔の総務大臣を一瞥すると、シリルの服の端を引っ張った。
【今すぐ、「黙れ、この現場を知らぬ無知な文官」と伝えてくれ】
(…………は?)
シリルは固まった。
そんな罵詈雑言、言えるわけがない。
聞こえないふりをしようかとも思うが、
「帽子を外して触られているということは、ビクトリア様は何かおっしゃりたいということですね。何とおっしゃられているのですか?」
と、出席者の1人がシリルに尋ね、それが叶わぬことが分かる。
(これ、どうしたらいいんだ?)
シリルが困り果てていると、更にビクトリアの心の声が聞こえてきた。
【「今すぐその口を閉じろ、老害」でもいいぞ】
(いや、悪化してるじゃん!)
そんなことを口にした瞬間、シリルの首が物理的に飛びかねない。
悩やんだ末、彼は慎重に口を開いた。
「……ビクトリア様は、あなた様はこの話題を語るのに知識が不足していると感じておられます」
「黙れ、無知な文官」を全力でソフトに言ってみたのだが、その甲斐なく、男性は真っ赤になって怒りだした。
「こ、この私に向かって知識が不足しているとは何事だ!」
怒り狂う男性をながめながら、シリルはため息をついた。
じゃあ何て言えば良かったんだよと思いながらビクトリアを見ると、クールな顔をしているものの、どこか面白そうな顔をしている。
【どうやらリリアーナの言う通り真面目な男のようだな】
そんな心の声が聞こえてくる。
【勝手に心を読まれて言いふらされたらたまらないと思っていたが、この男なら大丈夫かもしれない】
どうやら、カスパーがペラペラとあることないこと大袈裟に言いふらすタイプだったようで、
シリルも同じことをするのではないかと警戒していたらしい。
(なるほど、だから俺にそっけなかったのか)
シリルは納得した。
確かにカスパーはペラペラと色々しゃべっていた。
そんなことを考えるシリルの前で、総務大臣がどんどんヒートアップしていく。
「何か言え!」
と言われたので、一応「申し訳ございませんでした」と謝るが、
「お前じゃない!」
と更に激怒される。
(いや、どうしたらいいんだよ)
ビクトリアに心の声で【気にするな】と言われるが、
いや気にしないのは無理だから、と苦笑いする。
――その後、総務大臣の怒りが収まらず、会議はとりあえず解散となった。
早く終わったせいもあり、ビクトリアは機嫌良く会議室を出ていき、その後ろからヨロヨロしながら付いていくシリル。
2人は正反対のテンションのまま第2魔法騎士団本部へと戻っていった。