04.謎の夕食会
ビクトリアが帰って来てから、30分後。
シリルは、なぜか庭の木の下にセッティングされたテーブルで、ビクトリアと向かい合って座っていた。
テーブルの上には花が飾られ、ロウソクやランプがあちこちに置いてあり、やたらロマンチックだ。
(……これはどういうことだ?)
シリルは内心頭を抱えた。
どうしてこんなことになったのか、全く分からない。
ちらりとビクトリアを見ると、彼女は軍服を着替えて、青いワンピースを身に纏っていた。
髪の毛はふんわりと結わえているせいか、いつも軍服で隠れている細い首が見えるせいか、いつもとはまた違った雰囲気だ。
そして、そんな彼女も、シリルと同じで状況が全く分からないらしく、
先ほどから
【何なのだ、これは? もしかして、この男の仕業か?】
という心の声が聞こえてくる。
自分にも身に覚えがないと否定したいところなのだが、帽子を取って接触しないと心が読めないことになっているため、何も言えない。
そして、とうとうビクトリアが赤い帽子を脱いだ。
軽く息を吐くと、手を伸ばして、テーブルの上のシリルの手にそっと触れる。
その意外に細くて華奢な指と触れられる感覚に、シリルがドキリとしていると、
心の声が聞こえてきた。
【この状況は何だ?】
よくぞ聞いてくれたと、シリルは眼鏡を押し上げると、なるべく落ち着いて答えた。
「私にもよく分かりません。そもそも私がここに到着したのは1時間ほど前ですし」
【……そうか】
心の中でそうつぶやきながら、ビクトリアが手を離して赤い帽子を被る。
そんなことをしても心の声は聞こえるため、
【この男の仕業ではないとなると、リリアーナ様か……】
という心の声が聞こえてくる。
シリルは、かなりゲンナリした。
それは、とてもありえる気がする。
気まずい沈黙が2人の間を流れる。
正確には、シリルにはビクトリアの心の声が聞こえているが、その言葉は、
【席を立ちたいところだが、せっかく準備をしてくれたのにのを無下にするのも良くないな】
【しかし、フルコースとなると、時間がかかるな……】
という、大変気まずいものだった。
シリルは思った。
ここは、俺が何かしゃべらなければならないのではないか、と。
自分はビクトリアの専属文官だし、そもそも彼女はしゃべれない。
何か話をして、場を和ませるべきではないだろうか。
(でも、何の話をしたものか……)
なにせ相手は自分を嫌っている可能性が高い。
下手な話をすると、それが更に加速してしまうかもしれない。
シリルが頭を悩ませていると、
「お待たせしました、前菜の盛り合わせです」
メイド長がニコニコしながら料理を運んできた。
(これだ!)
シリルの目が光った。
料理の話題なら無難だし、無理なく広げられる。
自分の家の料理を褒められて嫌な気持ちになる人間もいないだろう。
(よし、褒めまくるぞ)
そして、意気揚々と前菜を口に入れて
「…………」
彼は思わず無言になった。
何と言うか、とても微妙な味だ。決してマズくはないのだが、美味しいわけでもない。
(さすがにこれを褒めるのはナシだな……)
次なる話題を探すものの、なかなか見つからない。
一応無難に天気の話などを振ってはみたものの。
「今日は本当に春らしい良い天気でしたね」
「……」
同意するようにチラリと見られただけで終わってしまった。
どうやら無難すぎる話題はダメらしい。
(何か、適当に無難で話が盛り上がるような話題はないいか)
必死で考えるうちに、外がどんどん暗くなってきた。
ライトアップが美しく輝き始める。
無駄にロマンチックな雰囲気が増し、ますます微妙な空気が漂う。
シリルは思った。
もうこうなったら仕事の話をしよう、と。
自分は専属文官だ。
一番自然な話は仕事の話に違いない。
(まずは、無難に共通の知人の話題からいこう)
彼は眼鏡を押し上げると、穏やかに口を開いた。
「そういえば、今日カスパーさんにお会いして、お仕事の話を色々聞かせていただきました」
シリルの予定では、カスパーの話題から話を膨らませ、訓練や第2魔法騎士団についてなどについて聞く予定であった。
しかし、彼の目論見は見事に外れた。
カスパーの名前を聞いた瞬間、ビクトリアから冷たいオーラが立ち上ったのだ。
【あの男、また役にも立たない資料を出せと言ってきていたな。あいつはなぜ余計な資料を出せとうるさく言うんだ】
【現場のことを知らずに文句ばかり言う、だから文官は嫌いなんだ】
ビクトリアの心の声を聞いて、シリルは思わず目を見開いた。
(カスパーさん、めちゃくちゃ嫌われてるじゃん!)
彼女の心の声によると、カスパーはやたらうるさくて余計なことばかりさせるため、訓練の時間が減らされているらしい。
(……もしかして、第2魔法騎士団の文官嫌いはカスパーさんのせいじゃないか?)
真偽はさておき、そうとは知らずカスパーの話題を出してしまったことに後悔する。
その後、上手い話のネタも見つからず、2人は黙々と食事を済ませた。
最後に微妙な甘さのケーキを食べ終わり、席を立つ。
ビクトリアは、【彼も疲れただろうな】心の中でつぶやくと、メイドたちに向かって軽く手を挙げて部屋に戻った。
(はい、疲れました……)
心の中でそう答えながら、シリルも食事のお礼を言って自室に戻った。
部屋に入ると、ベッドに倒れ込んで呻く。
「つ、疲れた……」
こんなに疲れたのは生まれて初めてだ。
3日連続徹夜してもここまで疲れなかった。
(……それにしても、あの心を読む方法、何とかならないかな)
話すたびに彼女に触ってもらわなければならないなんて、気まずいことこの上ない。
その後、彼は何とか寝る支度を済ませると、ベッドに潜り込んだ。
明日に備えてさっさと寝ようと心に決めると、眠りに落ちる。
――ちなみに、この数週間後。
この家の使用人たちが、シリルがビクトリアの婿候補だと思い込んでいたことが発覚し、彼は驚愕させられる羽目になる。