03.ビクトリア邸にて
シリルとライラが馬車を降りると、使用人たちが2人に向かって一礼した。
「お待ちしておりました」
ライラが微笑みながら「ご苦労様です」と言うと、シリルを振り返った。
「こちらが、今日からここに住むことになった、ビクトリア様の専属文官のシリル様です。よろしくお願いしますね」
「はい、お任せください」
執事が、礼儀正しくお辞儀をした。
「初めまして、シリル様。ようこそお越しくださいました」
「こちらこそ、お世話になります」
シリルが挨拶を返すと、中年のメイドが人の良さそうな笑みを浮かべた。
「お疲れになったでしょう、さあさあ、中へどうぞ」
シリルは、王宮に戻ると言うライラにお礼を言って別れを告げると、屋敷の中に入った。
中は温かみのあるエントランスホールで、美しい花が飾られている。
「お部屋にご案内いたします」
執事が部屋に案内してくれるということで、シリルは彼に続いて階段を登り始めた。
「2階の一番奥の部屋でございます」
廊下を歩いて端の部屋の扉を開けると、そこは居心地の良さそうな部屋だった。
広々としており、家具や装飾品を含めかなり豪華だ。
(ずいぶんと良い部屋を用意してくれたんだな)
シリルは意外に思った。
専属文官ということで、使用人のような部屋を想像していたのだが、まるで貴族の客人のための部屋のようだ。
執事が、部屋の隅に置いてあるスーツケースを指差した。
「大神殿より届いたお荷物はあちらに置いてあります」
「ありがとうございます。いい部屋ですね」
シリルが礼を言うと、執事がホッとしたような顔をする。
そして、ふと真剣な表情になると、深々と頭を下げた。
「どうぞビクトリア様をよろしくお願いいたします」
シリルの頭に、執事の心の声が流れ込んできた。
【礼儀正しいきちんとした青年で良かった。――だが、もしビクトリア様に不埒なことをするようなことがあれば、誰が何と言おうと叩き出してやる!】
シリルは内心苦笑した。
(いやいや、あの人に不埒な真似とか絶対に無理でしょ)
相手は魔獣の群れを一人で蹴散らせる、最強無敗の剣姫だ。
万が一何かしようものなら、返り討ちどころか消し炭にされかねない。
その後、シリルは荷物を片付け始めた。
中年のメイド――メイド長が手伝いますと申し出てくれるが、荷物も少ないからと丁重に断る。
――そして、1時間後。
シリルが部屋にある本棚の本をながめていると、外から馬の嘶く声が聞こえてきた。
立ち上がって外を見ると、そこには馬に乗ったビクトリアがいた。
白い軍服を着ており、夕日に照らされたその姿は、まるで絵のような美しさだ。
ただ、残念なことに、遠目にもムスッとしていることが分かり、大変機嫌が悪いことが見て取れた。
(まあ、家によく分からない男がいるんだから、当たり前か……)
シリルが申し訳ない気持ちでため息をついていると、
チリンチリン
館内にベルの音が鳴り響いた。
パタパタと階段を降りる音がする。
どうやら使用人たちが主人の帰りを出迎える準備に入ったようだ。
(……さて、どうするか)
シリルは考え込んだ。
自分は使用人ではないが、ビクトリアの専属文官だ。
ここは出迎えた方が良いだろう。
彼は部屋を出ると1階に降りた。
エントランスに並んでいる使用人たちの一番端にひっそりと立つ。
ほどなくして、扉が開いた。
やや不機嫌そうな顔のビクトリアが入ってくる。
使用人たちが声を揃えて挨拶した。
「おかえりなさいませ、ビクトリア様!」
「おかえりなさいませ!」
使用人たちを見て、ビクトリアの表情が少し緩む。
しかし、端にいるシリルを見て、彼女の顔が再び曇った。
「……」
一瞬視線が交差するが、すっと目を逸らされる。
シリルが気まずくなった。
(……もしかして部屋で大人しくしていた方が良かったか?)
――と、そのとき。
「ふふふ、まあまあ! 初々しいこと!」
突然、メイド長が朗らかに笑い出した。
執事と若いメイド2人も楽しげに笑い出し、
シリルの頭の中に
【もう、2人とも可愛いんだから!】
という若いメイドらしき心の声が流れ込でくる。
(……え? 何だこれ? 何で笑われているんだ?)
シリルが戸惑っていると、メイド長が楽しそうにパンパンと手を叩いた。
「さあさあ、お夕食にいたしましょう。今日はシリル様の歓迎会ですよ!」
「…………は?」
シリルの目が点になった。
そんな話、初耳だ。
(いや、歓迎会って、どう考えてもそういう雰囲気じゃないよな?)
チラリとビクトリアを見ると、どうやら同じく初耳だったようで驚いた顔をしている。
戸惑う2人を、メイド長が満面の笑みで見つめた。
「さあさあ、着替えてらっしゃい」
と、2人を優しく自室に追い立てる。
――そして、30分後。
シリルは、なぜか庭の木の下にセッティングされたテーブルで、赤い帽子をかぶったビクトリアと向かい合って座っていた。
テーブルの上には花が飾られており、ロウソクやランプがあちこちに置いてあり、やたらロマンチックだ。
(……なんでこうなった?)
呆然とするシリルの目の端に、満足げなメイド長が映った。