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02.前途多難な挨拶回り(2)


第2魔法騎士団本部に到着して約10分後。

シリルは、ライラと並んで、ビクトリアの執務室のソファに座っていた。


広い部屋の中央には、広範囲にわたって書類が積み上げられており、

その山の向こうで、文官服を着たちょび髭の太った男がぺこぺこ頭を下げた。



「いやー、申し訳ありません。本当に突然のことでして」

「大丈夫ですよ、お構いなく」



隣に座るライラが、気の毒そうな顔をして相槌を打つ。


この男の名前はカスパー。

ここ3年ほど、第2魔法騎士団本部で専属文官を務めているらしい。



「3日前に、突然異動せよっていう命令がきましてね。それからもう引っ越しやら書類の整理やら、もう目の回るような忙しさでして……」



疲れた様子のカスパーを、シリルは同情の目で見た。

3日前に異動の命令が出たなんて無茶苦茶だ。



「手伝いましょうか」



とシリルが腰を上げると、カスパーが慌てて首を横に振った。



「いえいえ! とんでもない! これは私の仕事ですから、座っていて下さい!」



そして、ここでの仕事について尋ねると、カスパーは深いため息をついた。



「いやいや、大変ですよ。騎士たちはいい加減ですし、ビクトリア様も団長になられてまだ半年ですから、書類仕事についてはからきしで……」



彼曰く、騎士や魔法士たちは、まるでルールを守る気がなく、しつこく注意する必要があるらしい。



「あまりの心労に、私の頭もすっかり寂しくなってしまいましてね。はっはっは」

「……は、はは」



中年男性特有のどう反応して良いか分からない冗談に、シリルとライラが曖昧に愛想笑いをする。


その後も、身振り手振りの付いたやや大げさであろう苦労話を聞きながら、シリルは疑問になった。


自分はビクトリアの呪いが解けるまでの臨時文官だ。

呪いが解ければ別の場所に行くことになると聞いている。


(そうなったら、ここの仕事はどうなるんだ?)


気になって、部屋を出たあとにライラに確認すると、彼女は考え込んだ。



「そうですね、恐らくですが、またカスパーさんが戻ってくることになると思います」

「え? じゃあ、1週間で呪いが解けたら、1週間後にまた戻ってくるということですか?」

「さすがに1週間はないと思いますが、1カ月くらいならありえるかと」



シリルは無言になった。

今こんなに頑張って引っ越しをしているのに、1か月後に戻ってくる可能性があるなんて!


(あの人、踏んだり蹴ったりだな……)


心の底から同情する。





そして、建物の外に出ると、


ガキン、ガキン


訓練場から、物凄い金属音が響いてきた。

音の方向に目をやると、2人の人物が激しく剣を打ち合わせていた。


1人は先ほど会った大柄な騎士ガイウス。


もう1人は、黒髪を後ろに束ねて、風を切るように颯爽と剣を振るビクトリアだ。

その明らかに違う身のこなしと強さのせいか、遠目から見てもパッと目立つ。


(……すごいな)


圧倒されながら見入るシリルの前で、


ガキンッ


ビクトリアがガイウスの剣を弾き飛ばした。

ヨロヨロと後ろに倒れたガイウスの喉元に素早く剣を突きつける。

そして、顔を上げ――、シリルと視線が合った。


(……っ!)


シリルが緊張しながら軽く頭を下げると、ビクトリアが硬い表情をする。

そこから感じる感情に、シリルは肩を落とした。


(……やっぱり嫌われているよな、俺)


なぜか団員に警戒されているし、仕事も大変そうだし、ビクトリアには嫌われている。


(これ、全体的に前途多難じゃないか……?)


憂鬱な気持ちで訓練場を後にする。





その後、シリルはライラに連れられて王宮へ向かった。


広い王宮を歩き、関係する場所へ挨拶回りをする。

みんなシリルのことをただの文官だと思っているようで、同情を込めた声をかけてきた。



「第2騎士団は大変ですが、頑張ってくださいね」

「何かあったら相談に乗るわ」



(いやいや、どれだけ酷いんだよ)


皆の話を聞いて、更に不安が募る。





そして、夕方近くになり、挨拶回りを終えたシリルは、ライラと共に馬車に乗った。

向かっているのは、これから住むことになるビクトリア邸だ。


彼女の家は貴族街にあるらしく、窓からは豪邸が立ち並んでいるのが見える。


(さすがは王都、ダミアーニ領なんて目じゃないな)


馬車はそのまま走り続け、やや控えめな印象の屋敷の前で停車した。

貴族街にしては小ぶりな家で、高い白壁に囲まれている。


門の前には衛兵らしき男が立っており、馬車を見て門を開けてくれる。


馬車が門を通り抜けて玄関の前で止まると、建物から使用人たちが出てきた。


年季の入った燕尾服に身を包んだ老執事と、丸顔に柔らかな微笑みを浮かべた中年のメイド。それに、初々しさの残る若いメイド2人だ。


(あれが使用人か)


シリルは眼鏡を押し上げると、注意深く彼らを見た。

あの中に共犯者がいるかもしれないと思い、気を付けて接する必要があるな、と考える。


シリルとライラが馬車を降りると、使用人たちが2人に向かって一礼した。



「お待ちしておりました。ようこそビクトリア邸へ」






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