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05.無口な剣姫様(2)


「……ここからは極秘事項になるから、そのつもりで聞いて欲しいのだけど、――実は、ビクトリアが魔法攻撃を受けたんだ」



いきなり始まった重い話に、シリルは思わず目を見開いた。

魔法騎士団の団長が魔法攻撃を受けたなんて、相当な大事件だ。


リリアーナによれば、その事件は遠征中に起こったという。


「ビクトリアは出撃前に静かな場所で5分ほど瞑想をする習慣があるらしいんだ」


事件のあったその日、彼女は村の神殿で瞑想をしていたらしい。


「で、その直後、喉に少し違和感を覚えた」


風邪が何かだと思い、特に気にせず魔獣討伐を終えたものの、翌朝起きたら喉が異常に掠れていたという。


「おかしいと思って王都に戻って調べたら、魔法攻撃を受けていたことがわかったんだ」


調査の結果、瞑想をしていた神殿の椅子の下に、魔法的な仕掛けがされていた形跡が見つかった。


「翌日には声が完全に出なくなり、その次の日には筆談すらできなくなってしまってね」


その後、症状の進行は止まったものの、現在は首を振ることすらできなくなったという。


「体調に全く問題ないから、おそらく意思疎通を封じる呪いのようなものだと思う」


これは大変なことになったと、魔法研究所で必死に解呪の研究が行われているらしいが、糸口すら見つけられていないらしい。


話を聞きながら、シリルは考えを巡らせた。


恐らくビクトリアは狙われたのだろう。

そして、ビクトリアが静かな場所で瞑想することを知っているか、行くように誘導した人間が内部にいる。


彼は眼鏡を押し上げた。



「つまり、私に内通者を探して欲しい、ということでしょうか」



リリアーナが満足げにうなずいた。



「そう、その通りだよ。内通者を見つけられれば犯人が分かるし、魔法を解く方法も分かるかもしれないからね」



(なるほど、確かにこれはギフトの出番だな)


つまり、ビクトリアに対して害意を持っている人間を見つければ良いのだろう。


リリアーナが真面目な顔で座り直した。



「ビクトリアは国の守護の要だ。協力してくれないか」



王族に頭を下げられて、シリルは慌ててうなずいた。



「頭を上げてください。了解しました。精一杯尽力させていただきます」



リリアーナがにっこり笑った。



「ありがとう。では、君には一時的にビクトリアの専属文官になってもらって、彼女の周囲を見張って欲しい。ついでに面倒も見てあげて」



はい、と返事をするシリル。

とんでもない仕事かもしれないと覚悟して来たが、案外まともだったことに安堵を覚える。




そして、彼はふと気になっていたことを尋ねた。



「ところで、あの赤い帽子は何なのですか?」



部屋に入る前、『赤い帽子を被っている時は心の声に答えないで』と言われたということは、何か合図のようなものだろうか。



「ああ、あの帽子ね」



リリアーナが棚を指差すと、そこにはビクトリアが被っていたのと同じ帽子が置いてあった。



「手に取って見ていいよ」



そう言われて棚に近づいて帽子を手に取ると、それは思ったよりも軽い布でできたベレー帽だった。

内側には魔法陣のような模様が描かれていたが、あまり出来が良くなく、子どもが手習いで作ったもののように見える。


(何だこれ? この魔法陣に何か特別な効果があるのか?)


シリルが首をかしげていると、リリアーナが、ニヤニヤ笑った。



「まあ、一種の方便だよ」

「方便?」

「実は、君に力を借りたらどうだという話をしたら、ビクトリアがものすごく暴れたんだ」



どうやら、彼女は心を読まれることに相当な抵抗があったらしい。



「触らなかったら心を読めないと言っても駄目でさ、で、その帽子を渡したってわけ。帽子を被っている間は、絶対に心が読まれないって言ってね」



え? とシリルは戸惑った。

帽子を被っていてもバッチリ読めた気がする。



「……あの、普通に読めた気がするのですが」

「ああ、うん。そりゃそうだよ、だってデタラメだもの」



リリアーナがけろりとした顔で言う。


帽子を被っている間は心を読まれないと言われ、ビクトリアはようやく大人しくなったらしい。

また、読心ギフト持ちの首輪を外すことに難色を示していた王宮の上層部も、赤い帽子の存在で渋々納得したらしい。



「我ながら名案だった」



得意げに自画自賛するリリアーナに、シリルは呆気にとられた。

それはつまり、ビクトリアと王宮の上層部を騙しているということじゃないか!


彼女が、にっこり笑った。



「そういう訳だから、上手くやってよ。バレたら私も君も大変なことになるから」

「ちょっと待ってください、俺完全に無関係ですよね?」



シリルが必死に抗議すると、リリアーナが真面目な顔になった。



「でも本当にこれしかないんだ。魔法の専門家として断言するけど、あの呪いはそう簡単に解けるものじゃない。さっきも言ったけど、彼女は国の守護の要だ。あの状態が続くのは大問題だ」



シリルは黙り込んだ。

ダミアーニ子爵領にいた頃、魔法士師団が魔獣討伐をして街を救ってくれたことを思い出す。


(……これはやるしかないか)


シリルは彼女をジト目で見た。



「……もしもバレても責任を問いませんか?」

「もちろんだよ、君は私の指示に従っただけということにする。間違っても君のせいにはしない」

「……まあ、それなら」



渋々合意すると、リリアーナの顔がパッと明るくなった。



「良かったよ。君が協力してくれないと、この計画はおじゃんだからね」



喜ぶ彼女を見ながら、シリルは大きなため息をついた。

この仕事、本当にまともなのか? という不安が胸をよぎる。



その後、シリルはもう戻って良いということになり、上機嫌のリリアーナは天井からつり下がっている紐を引っ張った。

引っ張ると呼び鈴が鳴って、下っ端の魔法師が来るらしい。



「私は忙しいから、代わりに出口まで送ってもらうことにするよ」



しばらくしてノックの音がすると、リリアーナが立ち上がった。

シリルに歩み寄ると、ポケットから隷属の首輪を取り出して、シリルにはめる。



「詳しいことはまた連絡する」

「はい」



シリルが出口に歩み寄る。

それを見送りながら、リリアーナが、まるで世間話でもするかのような軽い調子で言った。



「あ、それとね――、君、来週からビクトリアと一緒に住むことになるから、その準備もしといてね」


「…………は?」



シリルは固まった。

今、とんでもない言葉が聞こえた気がする。



「……ちょっと待ってください、今、もしかして、一緒に住むって言いました?」

「うん。だって、共犯者がどこにいるか分からないじゃん」



シリルは、大きく目を見開いた。

ちょっと待ってくれ、と思うものの、あまりに突然の出来事に声が出ない。


リリアーナは、その様子を楽しげにながめると、

呼ばれて来た魔法師に声をかけた。



「丁重にお送りしてね」

「はい、かしこまりました」



扉がバタンと閉まる。


シリルは呆然とその場に立ち尽くした。

最後の最後に物凄いものを放り込まれた気がする。


ふと横を見ると、魔法師が同情の目を向けていた。

まるで「分かりますよ、振り回されたんですね、お気の毒に」とでも言いたげな顔だ。




――そして、その翌日。


大神殿に戻ったシリルの元に、


『ビクトリア第2騎士団長の専属文官に任命する。速やかに、大神殿からビクトリア第2魔法騎士団長の邸宅に居を移すこと』


という書面が届き、シリルは大神殿を出てビクトリア邸に引っ越すことになった。







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