プロローグ:成人の儀
本日から連載を開始しますので、よろしくお願いします
あらすじにある追放→ヒロインの専属文官になるとこまで一気に投稿します。
「外れギフトだと! この恥さらしめ!」
荘厳な白亜の大神殿の高い天井に、男性の怒号が響き渡る。
凍り付く空気の中、中央にある大きな女神像の前に、三人の人物が立っていた。
1人目は、顔を赤く染めて怒り震える中年男性――この周辺を治めるダミアード子爵。
2人目は、涼しい顔で微笑む細目の神官。
そして3人目は、右手の甲を押さえながら呆然と立ち尽くしている、濃茶色の髪に眼鏡の真面目そうな青年――この物語の主人公であるシリルだ。
少し離れたところに、彼の母親、弟、婚約者の3人が立っており、驚きや怒りの表情を浮かべている。
ちなみに、今行われているのは『成人の儀』だ。
16歳から19歳の間に行われる神前儀式で、神と国王に忠誠を誓うことで、神の加護を得ることができる。
加護といっても、ほとんどの場合は「風邪を引きにくくなる」とか、「足腰が少し強くなる」など、ほんの些細なもので、人生に大きな変化を与えるものではない。
しかし、稀に――10万人に1人ほど「神の恩恵」と呼ばれるものが与えられることがある。
「俊敏」や「剛力」、「超聴力」「超魔力」など、人並外れた能力を授けられるもので、その恩恵を受けた者の人生は大きく好転する。
しかし、逆に人生を奈落の底に突き落とすようなギフトも存在した。
それは、国が指定する禁忌指定ギフトーー通称「外れギフト」。
「読心」、「誘惑」、「操心」など、人の心の中をのぞいたり干渉できる能力だ。
約100年前に、このギフトの力を用いて王家の乗っ取りを図った者たちがいたため、社会に混乱を招くギフトとして国から禁忌指定されている。
また、過去犯罪者を多く輩出していることから、このギフトを授かった者は「悪」とされ、その者を輩出した家は後ろ指をさされることになる。
そして、本日。
シリルが、不幸にもこの外れギフトの1つである「読心」を授かってしまった、という次第だ。
*
父親が喚き散らす中、シリルは茫然と右手の甲を見つめた。
ほんの数分前には何もなかったそこには、魔法陣のようなものが浮かんでいる。
(……外れギフト……? 俺が……?)
実のところ、シリルは自分がギフトを授けられるなど夢にも思っていなかった。
幼い頃、ギフト持ちの英雄の本を読んで憧れたことはあるし、なんなら右手の甲にペンで魔法陣を描いてみたこともある。
しかし、周囲にギフトを授かった者などいなかったし、読み書きができるようになってからは領地経営見習いの仕事で忙しく、そんな妄想をしている暇はなかった。
今日の「成人の儀」も、国が主催する行事だからやむなく出ただけで、終わったらすぐに仕事に戻るつもりでいた。
しかし、結果はギフトを授けられた上に、それがまさかの外れギフト。
(……これは現実か? 何かの間違いじゃないのか……?)
シリルは混乱した。
大変なことが起こってしまったと頭では分かっているものの、心が付いていかない。
(と、とりあえず、落ち着け、俺!)
眼鏡を押し上げながら何とか動揺を収めようとする彼の耳に、母と弟のひそひそ声が聞こえてきた。
「なんてことなの、外れギフトなんて世間に顔向けできないわ!」
「あーあ、兄上やっちゃったねえ、ははっ」
心無い言葉が、シリルの心に突き刺さる。
子爵が、シリルに指を突きつけながら怒鳴った。
「この恥さらしが! 外れギフトなど、我がダミアード子爵家にとって汚点以外何物でもない!」
そして、彼は目をギラつかせながら腰の剣の柄に手を掛けた。
「こうなったら、いっそのこと……」
そう言いながら、シリルににじり寄る。
しかし、
「お待ちください、子爵様」
立っていた王宮神官が、一歩前に出た。
庇うようにシリルを背にして立つと、悪鬼のように顔を歪めた子爵に向かって、にこやかに口を開いた。
「ご存じの通り、ギフトを授かった者の処遇は、我々王宮神官に委ねられることになっております。我々の許諾なしに勝手なことをすると、王命違反ということになりますが、それでもよろしいですか?」
子爵が神官を睨みつけた。
一触即発のピリピリした雰囲気が周囲に漂い、少し離れたところに立っていた神殿兵たちがそっと剣に手を掛ける。
その気配を感じたのか、子爵は「分かっております」と悔しそうに唸り声を上げて、剣から手を離した。
神官は軽く口角を上げ、くるりとシリルの方を振り向いた。
「さて、貴方に2つの選択肢を提示しましょう。1つはこのままここに残って子爵家の指示に従うこと。もう1つは、我々と一緒に王都に来ること。無理強いする気はありません。ご自身で決めてください」
読めない笑顔を浮かべる神官を、シリルはぼんやりとながめた。
思い出すのは、数年前に聞いた家庭教師の言葉だ。
『外れギフト持ちは、以前はすぐに処分されていましたが、今は隷属の首輪をつけて有効活用するそうです』
つまり、神官に付いて行けば、隷属の首輪をつけられていいように使われるということだろう。
(……でも、このままここに残れば、間違いなく父上に「いなかったことに」される)
シリルは、絶望の目で天井のステンドグラスを仰いだ。
生きながらえたいのならば選ぶ余地などない。一択だ。
「……王都に、行きます」
そう答えながら、彼は思った。
俺の人生、終わったな、と。