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探偵は喪服をまとう  作者: 酒田青
スペシャルな殺人
8/9

8 犯人が自白する

 朝になるとすぐに加持は警察署に行ったらしい。僕らの世界じゃ大騒ぎだ。僕らの世界の人間が、こんな事件を起こすなんて! と。変態的な内容もあって、加持は初めて僕らの印象に残った。僕はまどろみながらポータブルタブレットを新聞紙大に広げて事件の概要を眺めている。

 美津子には感謝の言葉を述べられた。ありがとう、アラン。あなたのお陰で本当の犯人が捕まった。これで晴れて婚約者と結婚できるわと。僕は何だか美津子についてはもういいような気分だった。あのような刺激のある事件を経験したら、関係者の美津子とつき合うとかつき合わないとかはどうでもいい気がする。僕はもうこの件では満足だ。

 福たちのところには今度の夕方にでも行こうと思う。僕にも一応仕事があり、人より働く時間が少ないとはいえ、会社の後継ぎ息子なのだ。社員に働く姿を印象づけなければ。

 ダイニングルームでの朝食の席で、祖母は言った。

「あなた渋谷のさいわい横丁に入り浸っているんでしょう? いい加減やめなさい。あの場所はあなたのような人間が遊び半分で行くような場所ではありません」

 僕はあくびをしながら無視する。今日の朝食は新鮮なサラダに焼きたてのパン、焼いた卵にとろっとしたポタージュスープだ。少しもたれそうだ。

「まあまあ、お前がそう思っても仕方ないが、アランだって年頃だ」

 祖父が僕のために祖母をとりなしてくれるので、僕は祖父に笑いかけながらポータブルスクリーンを眺める。事件、事件、事件! 殺人事件に強盗事件、強姦事件に死体遺棄事件。世界は事件に溢れている。僕は事件に関わるのが好きだ。刺激があるから。僕らの世界は退屈だ。だから、刺激を求めてさいわい横丁に行くしかないじゃないか。

 ふと、福はそんな僕をどう思っているのだろうと思った。


 二日後のこと、僕は福に呼び出された。どこに呼び出されるのかと思ったら、何と加持のあの建物だ。あの建物は警察によって封鎖されていたはずだが……。僕は黄色いスポーツカーを飛ばし、現場に着いた。パトカーが二台来ている。となると、この間の事件の検証に僕を呼んでくれたというわけか。正直、終わった事件の検証には興味がない。すでに答えのわかったクイズなんて、面白くもなんともないじゃないか?

 福は今日も黒いスーツにループタイ姿で飄々とした態度で庭の中に立っていた。僕を見ると煙草を吸い出す。福は煙草を吸いすぎる。

「呼んでくれてありがとう。何か面白いことでもあるのかい?」

 きっと何かがあるのだ、と福の姿を見た瞬間わかった。福は視線を前にやる。そこにはかばうような姿勢の倉科エリーと、美津子がいた。怯えたように立ち、誰かを見ている。その視線の先には柴田岩石刑事と三田刑事で、二人に挟まれて加持が立っていた。手には手錠がかけてある。加持の目は死んでおり、その目は何も映してはいない。

「やあ、遅れてすまない」

 誰かが後ろからやってきた。特別な美しい男、上田金剛だ。今回呼ばれた最後のメンバーらしい。何故呼ばれたのかという不思議そうな顔をしている。彼は福を見て、あ、とつぶやく。福は微笑んだ。

「中に入りましょう。遊部によると、話があるようで」

 柴田刑事が僕らに声をかける。福が僕らに話を? 僕は福を見た。福は吸い終えたタバコを地面に落とし、靴で踏みにじった。

 全員が中に入る。もうかなり捜査が進んだらしく、中には何もない。ソファーとテーブルが相変わらずあるだけだ。秘密の扉の向こう側のガレージには、入ることはできないらしい。

「皆さんに話したいのは、今回の事件のことです。今回の事件は実にシンプルでした。私がアランと共に調べ歩いた結果は皆さん、ご存じのはず。最終的に加持勇気さんが警察に出頭し、自白して逮捕された……」

「私家に帰りたいわ」

 美津子が泣きそうに言った。福は彼女に微笑みかけ、無視して続きを話した。

「皆さん、事件の概要はなぞれますか? まず、ここにいる加持さんが竹原さんの3Dデータを盗んで彼女そっくりの『ドール』を作った。それから彼はドールに派手な格好をさせ、様々な男と遊びまわらせた。自分の快楽のためにね。そして山田エリックというバラックに住む荒くれ者が殺された。山田エリックは包丁で心臓をひと突きにされている。証拠として山田エリックが撮った美津子さんそっくりの女の事件直前の映像がある。しかし私たちは加持さんの作ったドールのことを知った。ドールは確かにあった。ドールには人を殺すことが可能。今時のロボットに搭載されている人を殺すことのできないAIの機能は搭載されていませんからね……。私たちがそのことを問うと、加持さんは警察に出頭した……」

「私、帰りたいの」

 美津子はなおも言い張った。

「今の化学捜査はすごい域に達していますね。三日も経てば山田エリックの家の状況が化学物質として読解される。結果として、山田エリックの家には竹原さんが滞在した痕跡がありました。彼女の口紅の跡がバラックのコップから検出されましてね。入念にアルコールで拭き上げてありましたが、しっかりと唾液として残っていました。竹原さんの唾液から検出されるタンパク質の型と、コップについていた唾液のそれ、拭き損ねた残りの口紅も、竹原さんが持っているものと一致するだろうとのことでした。とても高級な限定品の口紅のようでね」

「帰して!」

 美津子は叫んだ。このころには皆が美津子を異様な目で見ていた。

「あなたは人を殺した。山田エリックという誰も大事にしない貧乏な荒くれ者をね……」

「それがどうしたっていうの? 帰して!」

「あなたは加持さんが自分の3Dデータを盗んでそっくりなドールを作って遊びまわっていることを知った。その様子を見て、『いいな』と思った。一度、あのように羽目を外してみたい。人生を楽しんでみたい……。あなたはドールのする格好を真似て山田エリックと知り合い、ラブホテルに通うようになった。山田エリックはあなたを大事にしたでしょうね。山田エリックはあなたを撮った映像にこのような声を残している。『こんなに素晴らしい女が俺のものになるなんて』と感嘆したように。立ち居振る舞いの優しい美しくて上品な女性が自分に夢中だと思ったのでしょう。しかしそうではなかった。あなたはアバンチュールを楽しみたいだけだった。自分を撮っていることに気づいたあなたは男をそこにあった男の仕事道具で刺し殺した……」

 美津子は黙っている。

「でも、気づいたんですよね。自分にはそっくりなドールがいる。それに罪をかぶせたら。あなたにはドールを作った張本人が誰か、わかっていました。自分の取り巻きの加持さんです。ロボット研究の世界のホープで、自分の取り巻きとなると彼しかいないとわかりました。野生の勘のようなものですが、当たっていましたね。あなたは山田エリックを殺害後、加持さんに言った。『あなたがやっていることは知ってるわ。何かあるとしたら全てあなたのせいよ』……。加持さんは自分のしていることに罪悪感を抱いていましたから、これは効いたでしょうね。それに彼女にとっては運のいいことに、その夜も加持さんのドールは活動をしていた。新宿三丁目のバーで飲んでいたドールは、多くの人の記憶に残っていた。そしてそれは一時アリバイになりました」

 加持が顔を上げた。目をしっかりと見開き、美津子をじっと見ていた。美津子は誰からも目を逸らしたまま、ソファーに座っていた。

「それでも、自分の思い通りに事が進められないだろうと思っていました。そこで探偵である私、遊部福を雇いました。偽の証拠がほしいですからね。そして友人と称して、容疑者にしたい三人を挙げた。倉科エリーさん、上田金剛さん、そして加持勇気さんを。もちろん加持さんが本命でしたが、他の二人にも容疑がかかっていいと思っていた」

 エリーと金剛が美津子を見つめた。エリーが、どうして? と美津子に問いかける。美津子は黙ったまま、エリーを見た。その顔は般若のようで、あの映像の美津子を思い出させる。

「だって、エリーは私のことを否定してばかり。私のルーティーンを壊してばかり。私が本を読んでいれば取り上げて旅行に連れ出す。学校でも大人になってもいつも私につきまとって、鬱陶しくてたまらなかったわ」

 エリーはショックを受けたように彼女から体を離した。金剛が戸惑ったように彼女たちを見ている。

「加持さんもいつも私につきまとっていて鬱陶しかったわ。でも、今回のことでは役に立った。思った通り、あなたが犯人になって自白してくれて助かった。一時的であってもありがたかったわ。ありがとう、加持さん」

 美津子はせせら笑うように加持を見た。加持は信じられないものを見るように美津子を見つめる。

「私は特別な人間なの。誰かを利用したって当然のことでしょう? 誰だって私を素晴らしいと言う。誰だってあなたのようになりたいと言う。だから他人をどうしたっていいじゃない!」

 福は微笑んだ。

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