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探偵は喪服をまとう  作者: 酒田青
スペシャルな殺人
7/9

7 加持勇気

「ほら、あそこ。あの背の高い女」

 車で来た僕らを呼び止めたハチは、ひそめた声で道路の向かい側を指さした。白い胸元の開いた服に、ピンクのミニスカート。僕のコンタクトレンズの拡大機能を調整すると、美津子にそっくりな女が真っ赤な口紅に扇のような黒い睫毛をして颯爽と歩いていた。

「どうだ?」

 ウェアラブル端末を、コンタクトレンズなどで装着していない福は僕に訊いた。

「あれは美津子にそっくりだな。服装は先ほどと大違いだけど。あれはあれでそそるね」

「さっき、金髪の筋肉質な男とホテルに入って、別れてこっちに歩き出したんだ。雰囲気が全然違う。やっぱりロボットなんじゃないかな」

 ハチが説明する。僕は車を路肩に停め、福たちと共に彼女をつけ始めた。

「何と言うか、歩き方も違うな」

 福が言う。僕も思っていた。昼間の美津子はなよなよと頼りない感じではあるが、特別なものを感じさせない歩き方をしていた。それが、この美津子は尻を振るような、色気を振りまくような歩き方をしている。

 美津子はやがて、同じく発展途上の世田谷区との境目近い場所にある、広い柵の前に立った。それから門が自動で開くと、すたすたと歩いて行った。門の中を覗くと、広大な庭の向こうに立派な四角い建物がある。誰の所有なのか調べたが、出てこない。どうやら秘密の土地らしい。福が口を開いた。

「こうやって所有者が曖昧になった土地にはこういうものができる。宗教施設だったり、勝手に土地を利用した商売だったり。ここが何なのか想像がつくが、金持ちというのは本当に理解不能だな」

 福は柵をよじ登り始めた。スーツなのにその動きは俊敏だ。ハチも続く。こちらはより身軽に野性的に登っていく。僕は内心慌てたが、ハチが戻って来てくれたのでようやく柵の向こう側に降り立つことができた。

 庭にはどこかから持ってきて植え直したらしい樹木がいくつも生えていた。建物を隠すように、その木々は生い茂っていた。向こう側にある建物は平屋建てで、ガレージのように見える部分が多くを占めているように見えた。

 居住部らしい左側の建物で、美津子が玄関の認証キーを押した。

「おっと、このままじゃ中に入れなくなるな」

 福が走り出した。ハチも続く。慌てふためいて僕も続くが、追いついたときには美津子が開いた扉を後ろから福が押さえつけていた。

「何ですか? 警察を呼びますよ!」

 美津子そっくりの女は美津子そのものの声で叫んだ。

「呼べばいいのでは?」

 福はにっこりと微笑んだ。美津子は恐怖さえ顔に浮かべ、おろおろと辺りを見回した。

「私を覚えてらっしゃらない?」

 福が訊くと、美津子は震えながら福を見つめた。

「忘れたんですか? 私はあなたが雇った探偵ですよ」

「探偵……?」

 どうやら本当に昼間の美津子とは違うようだ。

「君はロボットなのかい?」

 僕が思わず訊くと、ロボット、という言葉に反応して僕を見た美津子そっくりの女は、あっと声を挙げた。

「小野寺アラン!」

「今更そう言うのかい? 昼間会ったじゃないか。僕が彼を君に紹介したんだよ」

 からかうようにそう言うと、美津子に似た女は混乱を極めた顔で、へたりこんだ。

「私たちはあなたを見つけました。あなたのことを、もっと教えていただけませんか? ねえ、加持勇気さん」

 福の言葉に、僕は思わずえっと声を上げる。美津子そっくりの女――いや、美津子そっくりのロボット――は、忌々しげな目で福を睨んでいた。

「案内しましょう。彼女についてきてください」

 美津子の雰囲気ががらりと変わった。彼女は猫背の、冴えない雰囲気の女になって歩き出した。いや、声は男だ。少年期から脱したばかりのような、少し高い男の声。

 僕たちはロボットについて行く。家の中はコンクリート打ちっぱなしのような広い空間になっている。大きなソファーとテーブルだけの殺風景なリビングを抜け、ロボットが秘密の扉らしいドアを開く。その瞬間、目に飛び込んでくるものがあった。もう一人、美津子がいる。大きなテーブルに横たえられた真っ裸の美津子は、魂のこもらない目を開けたままピクリとも動かない。こんなものを見ると、昼間の美津子ですらロボットなのではと思えてくる。

「これは製作途中のドールです。僕が魂を込めて作っている、本当の美津子だ」

 僕らを案内する美津子そっくりのロボットがそう言うので、何だかわけがわからなくなってくる。辺りには人間の皮膚そっくりのシリコンの塊やはさみや工具が整頓して置いてあるので、マッドサイエンティストじみた空気を感じる。美津子そっくりのロボットは奥のカーテンを開いた。そこにいたのは――。

「こんばんは、加持勇気さん」

 そこには顔に赤や白の導線をテープで貼りつけ、黒い奇妙な全身スーツを身に着けた加持勇気がいた。丸い小さな舞台のようなものの上に立ち、彼が動く通りに僕らを連れてきたロボットは歩き、静止した。加持勇気は無言で顔の導線を剥がすと、頭にかぶったおかしなヘルメットを外し、僕らに向き直った。

「彼女をつけて来たんですか?」

「そうです。彼が見つけました」

 福はハチをてのひらで示した。加持はため息をつき、「子供を夜中に働かせるのは児童虐待ですよ」と言った。福は気にせず、

「私たちが来たのは、このロボットのことについて訊きたかったからですが」

 と言う。加持は静止したロボットを抱える。するとロボットはぐにゃりと死んだ女のようになった。それを隣室に連れて行こうとする。

「彼女たちはロボットですらありませんよ。ドールだ」

 加持は僕たちにわかるように、その部屋の扉を放った。大きな入浴場のような部屋だ。美津子そっくりの体から服を剝ぎ取ると、彼は真っ裸のその体をバスタブのようなものに沈めた。

「男たちと遊んだ後ですからね。しっかり洗っておかないと皮膚が変色する」

 理解不能だ。この状況が。加持勇気は柔らかい布で美津子そっくりの体を優しく洗っていく。

「あなたはどうやってこの美津子さんのロボットを作ったんですか?」

 福が訊くと、加持は黙った。しばらくそれを洗ってから、ようやく口を開いた。

「……彼女の3Dデータを盗んだんですよ。ご想像通り」

「どうして?」

「どうして? 僕は憧れてるんです。美津子さんに。それも調べはついてるんでしょう? 僕は彼女の取り巻きだ。彼女に滅多に認識されない……」

 加持の声が少し感情的になった。

「だからって、彼女そっくりのロボットを作って男たちと遊びまわる必要はありますか?」

 福の声はあくまで淡々としている。しかし加持の声は一気にヒステリックになる。

「僕はね! 彼女とつき合ったり、愛情を交わしたいわけじゃない!」

「ふうん、じゃあどういうことなんですか?」

 加持は少しトーンダウンした。

「僕は彼女になりたいんです。彼女に……」

 加持はこうつぶやいた。「彼女のように、特別な人間になりたいんです」と。

「だって、彼女のように美しくて、誰からも愛されて、人に囲まれて、多くの人々から性欲を向けられるような人間に、なりたいんです。彼女は優しくて親切だ。でも、そこは問題じゃない。彼女が愛されている、世界から愛されているという事実が羨ましくて、僕は彼女になりたくて仕方ないんです。彼女そっくりのドールを作って、彼女がしたらより魅力的になるだろうという格好をして、男たちを引っかけて愛される。天国にいるかのようでした。みんな僕を振り返る。みんな僕に近寄って来る。安いラブホテルで、男たちが僕に言う。『お前ほど美しい女はいない。こんな女を俺が抱けるなんて』と。それが幸せでたまらなかった。僕が操るドールの美津子の演技は嘘なんかじゃなかった。僕は幸せだった」

 加持は黙った。それから「もうおしまいだな」とつぶやいた。

「僕は逮捕されるんですか?」

「さあ、わかりません」

 福は首をすくめた。

「あなたたちは僕を警察に通報するでしょう? だって、上品な女性の3Dデータを盗んだうえにこんなドールまで作って男たちと遊んでたなんて、とんだ事件ですよ」

 福は答えた。

「まあ、そうかもしれません」

「じゃあ……」

「それより訊きたいことがあります」

 福が急に微笑んだ。僕はこの状況に胸が悪くなっているというのに、全く堪えていないらしい。

「この美津子さんたちは、ロボットではなくドールだとおっしゃいました。その理由は?」

 加持はぽかんとし、それからゆっくりと答えた。

「これらのドールたちにはAIが搭載されていないんです。僕のボディースーツやヘルメットから僕の表情や動きを読み取って、僕が動く通りに動くだけ。本当に操り人形なんですよ。だからロボットとは思わないんです。考え方は様々でしょうけど」

「じゃあ、このロボットを使って人を殺すことができる?」

「……何をおっしゃってるのかわかりませんが……」

「男を一人、包丁でひと刺しするだけの力はありますよね?」

 加持は福の質問に動揺を隠せないようだった。無言になり、頭を抱えた。

「僕が犯人です。このドールは僕しか操作できない。僕がその男を殺した……」

 福は煙草を取り出した。点火装置で火をつけると、深く吸って深く吐いた。

「それでよろしいですか?」

「いいです。……それでいいですよ」

 加持は泣きそうな顔でうなずいた。何ともあっけない犯人の確定だった。

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