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探偵は喪服をまとう  作者: 酒田青
スペシャルな殺人
6/9

6 倉科エリー

 エリーは新宿三丁目の小さなバーで、酒を飲んでいた。倉科エリー。僕と同じ世界の人間としては珍しく、自分で会社を作って人より働いている。ジュエリーデザイナーの資格を取り、アクセサリーの店をやってもいるようだ。そんな忙しい彼女を憂鬱な顔で飲ませるのは誰か? 原因は何だろう? それを探るべく、僕は偶然を装って福と共に彼女の隣に座り、驚いた顔で彼女に話しかけた。「久しぶりだね、元気?」と。福に言われた通りにしただけだが、彼女は驚いた顔で僕を見、浮かない顔で立とうとした。

「ちょっとちょっと、どうしたんだよ。いきなり帰るの? 僕に会ったから?」

 僕が引き留めると、エリーは苛立ちさえ顔に浮かべて僕をかすかに睨んだ。

「放っておいて。私、一人でいたいんだ」

「何で? 一緒に飲んでくれてもいいじゃないか」

「あなたはいつもそうだよね。胡散臭い笑顔、胡散臭いセリフで、胡散臭い友人を連れて。私に何の用? その男は誰?」

 彼女は福を指さした。これには福も少し驚いたようだ。白目の面積が少しだけ増えた。エリーは帰ろうとしてすっくと立ちあがった。断固として僕たちとは話をしないという決意を感じた。

「竹原美津子さんのことがそんなに心配ですか?」

 福が落ち着いた、あの印象的な声でエリーに声をかけた。エリーは勢いよく振り向くと、

「何の用? 美津子が何か?」

 と少しだけ不安げな声を出した。福は足を組み、手を膝の上に置くと、微笑んだ。

「私は美津子さんに雇われた探偵です。美津子さんの身辺で、変わったことがないか調べているんです」

「変わったこと……って」

 エリーの目が泳いだ。福はうなずき、

「もう一人の竹原さんのことです」

 と言った。エリーは椅子に座った。話を聞く気になったらしい。

「確か、あなたからそのことを聞いたと竹原さんは」

「そう。私」

 彼女は顔をさっと赤らめた。

「あの子があんな破廉恥なことをするはずがないから、もう一人のあの子だって思う」

「その確信は、絶対?」

 彼女はうなずいた。怒りに目を燃え上がらせて、彼女は唇を噛んでいた。

「一度、美津子が男と歩いているのを見かけた。信じられなかった。だって、美津子は婚約者がいて、ちゃんと尊敬してて、結婚もちゃんと納得してたし、それを裏切ったりなんかしないと思ったから。腕を組んで、上目遣いに男を見て、時々キスまでして……。服装もあの子と違ってた。もっと露出の多い、ミニスカートだったり胸の谷間やへその出る服だったりを着てた。絶対に違うって思った。でも、不安で……。あるときは別の男と、また別の男と歩いてた。つけたことだってある。あの子そっくりの女は、笑顔で安いラブホテルに男と入っていった。私は、怖くてしばらく美津子に訊けなかった。あの子はあなた? 違うよねって。ずっと不安で……。あるとき本人にこの話をした。すごく驚いてた。でも、何だかモヤモヤして、何となく信じられなくて。あの子がこのバーに入ってお酒を飲んでいるところを見たって人がいた。確かめたくって、ここで飲んでた。マスターに訊いたら、美津子らしい女は一人だったっていうけど。あの子、大丈夫かな? 何か困ってないかな? そうだとしたら、私が助けてあげなくちゃ。私はあの子の親友なんだから」

「竹原さんのことを愛しているんですか?」

 エリーはぎくりと福を見た。僕も驚いた。だって、今の話を聞きながらも先ほど自分で立てた「倉科エリーの嫉妬による犯行説」を考えていたから。それは予想外に決まってる。

「そんなわけないでしょ? 私たちは親友で……」

「あなたの竹原さんへの執着は、親友と言う言葉からは少し外れているように思います。本当に友情ですか?」

 エリーは今度こそ本当に帰ろうとした。福はそれを呼び止め、

「もう一人の竹原さんとされる人物の映像か写真をお見せいただけませんか?」

 と言った。エリーは慌ただしく戻ってきて、ポータブルスクリーンを広げた。確かに映像では美津子が露出の多い派手な格好で、殺された山田エリックと同じ系統の男と歩いていた。ラブホテルに入りながら笑顔を見せている。福はそれをデータとして自らのポータブルスクリーンに移した。

「ありがとうございます。よい夜を」

 福が言うと、エリーは彼を睨み、高級合成革皮の靴を鳴らしながら勢いよく去っていった。僕と福も店を出た。街は街灯のみになっている。僕らの街は上品だから、人気がなくて、秋の冷たい風が妙に体に染みる。

「予想がどんどん外れていくな。彼女が嫉妬のあまり何かしたに違いないと思ってた。まさか特別な好意を持っていたとは。しかしこれじゃ美津子の犯行説ばかりが濃厚になっていくじゃないか」

「外れてほしいのか?」

「そりゃそうだよ。僕がつき合いたいのは純粋で上品で世間知らずで特別な美女だよ。このままじゃ彼女が恐ろしい殺人鬼になるどころか、塀の中に入って二度とつき合うこともできなくなるじゃないか」

「そうか?」

 福はまた長く煙草を吸って顎を上げると、空高く煙を吐いた。彼はどんどん煙草をポイ捨てしていく。

「そうか、って……。あ、そうか。加持勇気! ロボットにやらせたんなら……。でも近頃のロボットは人間を傷つけたりなんかしないぜ。そうできてるんだ。ニュースで喧伝されるような素晴らしい有名なロボットならなおさらだ。AIが働いて、何か起ころうとするとロボット自体が停止する」

「確かに。ロボットは人間のために働くようにルールが組み込まれてる。人間を殺したり傷つけたりなんかしないと思う」

「うーん。それだとやはり美津子の線が濃厚……」

 福の通信用リングが小さな高い音で鳴った。リングが嵌まった指は左手の小指。左手の小指の指輪は幸運を逃さないためにするものだ。前の彼女から聞いた。福にもそんな乙女心のようなものがあるのかと感心していたが、今はそれどころではない。福は棒状に丸めているポータブルスクリーンを胸ポケットから出し、広げた。わかった、とつぶやくと、スクリーンをしまい、僕に向き直る。

「ハチからだ。美津子そっくりの女が男と別れて移動中だそうだ」

「行ってみるか」

 深夜二時。僕らは再び渋谷に戻った。

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