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探偵は喪服をまとう  作者: 酒田青
スペシャルな殺人
5/9

5 上田金剛

 街を移動する。彼らの街、つまり福やダリルのいる界隈は、どこもかしこも建設途中で何一つ揃っちゃいないが、僕らの――裕福な人間の――街は違う。彼らの住む渋谷は今なおほとんど焼野原だが、僕らのいる新宿は発展を極めた地区だ。高層ビルがいくつも並び、ピカピカと上品なライトアップがなされる。彼らの街は個性と言えば聞こえのいい、統一感のないネオンや看板がひしめき合うが、僕らの街は店の看板も小さくて光らないし、そもそも夜は静かなところも多い。夜は僕ら若い富裕層も遊び歩く。クラブで揺れて酒を飲んだり、創業二百年の居酒屋で上質な養殖のマグロを使った刺身に舌鼓を打ちながら日本酒を飲んだり、ワインバーで飲み比べをしたり。そういう遊びしか僕らは許されていない。福たちの街で、福たちの店に入り、飲み歩くなんてとんでもないことだ。けれど、それがこの上なく楽しいことだと僕は知ってしまった。

 汚い店で労働者が飲みすぎてゲロを吐いている横で飲む焼酎のうまさ。いつの間にか薄められたワインのうまさ。貧しい女の子たちの必死な生き様を搾取するうまさ……。誘い込まれて知ってしまったその世界は、生き生きと僕の中で息づいていく。店のママと話すのも楽しい。彼女たちは奥行きがある。それが苦労した人生の奥行きだと思うとしみじみと面白い。痩せた女の子たちのストリップダンスは痛々しい。店によっては薬物を取引しているところもあり、スリルも味わえる。福たちの世界を訪問することは、この上ない楽しみなのだ。

 僕は福に話しかける。

「あの男は怪しいね。美津子のロボットを作ってるっていう」

「加持か。その件についてはハチに頼んでる」

 ハチはストリートチルドレンのふりをして街に溶け込むのが上手い。きっと加持の行動を監視させるつもりだろう。福は考え込んでいる。

「完成度の高い人型ロボットね……。金持ちは遊ぶのが好きだな。あんたは3Dモデルを作ったりは?」

 僕は一瞬考え、答える。

「ないな」

「賢明だな」

「へえ、どうして? 僕の両親は遺影の代わりに3Dモデルを細かく作らせてるし、妹も、そうだな、友達や今までの恋人も大体は作ってるよ」

「そいつらは何のために作るんだ?」

 福は煙草を少し吸い、風に任せるようにポイ捨てした。

「何でって、ブームだからさ。3Dモデルを作ると便利なんだぜ。自分そっくりのキャラクターを作って、仮想空間で何ら違和感なく友達と会うことができるし、そのアバターに仮想空間上で大冒険させて、違う世界を体験する気分を味わうこともできる。ほんっと便利なんだから。福も作れよ」

「ごめんだ。そういうあんたも作ってないじゃないか」

 福は僕をちらりと見、答えを気にするような顔をする。

「興味がないのもあるけど、何となくうさんくさくてね。自分のデスマスクが永遠に残るかもしれないなんて、ちょっとぞっとしないか?」

「それが正しい」

 福がまた前を向いた。僕は福に肯定されたことで内心大喜びしながら車を停めた。

「ここが金剛のいる福原ビルディングだ。何でも貸し会場で大パーティーを行ってるんだそうな」

 福がそのビルを見上げるとき、緊張しているように見えた。百階建てで、ピカピカのガラス張りのビルだ。半ばほどの階から特に派手な光を放っている。道行く車は全て高級車かハイヤー。福は襟を直し、首を回し、「よし、行こう」と歩き出した。

 五十一階に着くと、カウンターでスタッフに招待状を示すよう求められた。僕はそれを示す。興味がないから行く気がなかっただけで、招待されていたのだ。

「あ、彼は僕の友人。通してね」

 僕は福を指し示す。スタッフは職業的微笑みで彼を見てから、「どうぞ」と通してくれた。

 パーティーは大盛況だった。立食式のパーティーで、専門の料理人が小さな一口サイズの寿司や巻いたパスタのような食べ物を提供し、ソムリエがおり、スタッフがワインを注いで回る。ケーキも豊富だ。モンブランを僕は選んだ。甘党なのだ。客は百人ほどで、会場が広いのに賑わっている。皆盛装し、誰も彼もがひらひらした服を着ている。笑い声が絶えない。中心で金剛がジョークを飛ばしている。

「これは何のパーティーなんだ?」

 福が怪訝な顔で訊く。僕はモンブランの最後の一口を咀嚼しながら答える。

「金剛の友人の誕生日パーティーさ」

 福はそのままの顔でパーティーを見渡す。それからワインを受け取ると、輪の中心に入っていった。僕は慌ててついて行く。福はにこやかに笑い、金剛と話し始めていた。何と軽やかに偽名まで使っている。

「金剛さん、盛大なパーティーですね。誕生日の坂口君も喜んでいるだろうな。彼はどこ?」

「ああ、ここだよ! ケビン、天野君だって。覚えてる?」

 快活な様子で金剛は同じように爽やかな雰囲気の友人の肩に腕を回した。坂口、ケビン、と呼ばれた金剛の友人、このパーティーの主役は、福を見て首を傾げる。そりゃあそうだ。坂口ケビンも上田金剛も福を知らない。そもそも彼は天野なんて名前じゃない。

「いや……」

「彼女は来てる? 竹原美津子さん。会いたかったな。すごい美人なんだろ?」

 畳みかけるように福は美津子の話題を持ち出した。金剛はきょとんとし、

「招待状は送ったけど、来ないと思うよ。彼女、派手なことはそんなに好きじゃないから」

「そりゃ残念。君は彼女とお似合いだと思ってたから、きっと来て、目を楽しませてくれると思ったんだけど」

 福は見たことのない快活な笑みを浮かべる。金剛はカラカラと笑う。

「彼女と? いや、失礼だけどそんなことはありえないよ。彼女と俺は気が合わないからね。彼女はいつも俺のパーティーに来てくれないし、俺にはシェリルがいるからさ」

「私のこと、呼んだ? 金剛」

 美しい女がまた現れた。しっとりと微笑む美津子と違ってカラッと明るい感じがする。日焼けして、ビーチがよく似合う健康的な美女だ。この女がシェリルであり、どうやら金剛の恋人らしい。

「ええー? あなた誰?」

 シェリルは福を胡乱な目で見る。福はそう言われている最中にすっと身を引いた。金剛は福のことを変に思う暇もなく次の客との会話に忙殺されているようだった。

「うーん、ダリルの説はなさそうだな」

 僕がにやにや笑っていると、福は、

「そもそも金剛の犯行は不可能だな」

 と言った。見ると彼のポータブルスクリーンにはシェリルの動画SNSのアカウントが表示されており、最新の投稿は昨日の深夜零時だった。三十分と長い動画で、金剛との長いいちゃつきが延々流れている。背後の時計や金剛の腕時計は前日の十時五十五分から十一時二十五分を指し示し、犯行時間の深夜十一時にかかる。それにわざとらしい感じもないし、アリバイ作りでもなさそうだ。

 ビルを出て、車に乗り込む。福はすっかりいつもの彼に戻っていた。ああいうふうに別の彼になりきれるところも、彼のすごさだ。

「次はエリーだな」

 福は淡々と言った。

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