3 僕らの推理
美津子を家に送り、トンボ返りでBLANCに戻ってきた。次に彼女に会うのは明日以降になるだろうと福は言っていた。僕は勢い込んで彼に訊く。
「犯人はわかったかい?」
福は安煙草に火を点けながら僕のほうをちらりと見る。深く吸ったあと細く煙を吐くと、
「確信には至ってないな。ただ、どう考えても明らかだ」
と考えるように言った。僕は何度もうなずき、彼に迫る。
「誰だい? 僕としては倉科エリーの嫉妬による殺人説を挙げたいが……」
福はぴくりと薄い眉を挙げて続きを促す。僕はへらへら笑いながら続ける。
「倉科エリーは彼女に嫉妬していた! 何故なら竹原美津子が特別だから! だから彼女に濡れ衣を着せて人殺しをしたのさ。彼女にわざわざ嫌な話をしてやるというのもいかにも意地が悪いじゃないか。……というのも、倉科エリーを見たことがあるからさ。彼女はいかにも平凡で、気の強さだけが彼女の存在理由って感じの女なんだ。美津子ほど背も高くなく、美津子ほど美しくもなく、特別な空気を醸していない。それって犯行動機にならないかな?」
「いかにも男が考えそうなこったね。それでどうやったら美津子に疑いをかけられるのさ」
ダリルが呆れたように言う。早くもバーの準備を始めている。カチャカチャとグラスが鳴り、一つ一つ清潔な白い布巾で拭かれていく。僕はうなずき、
「簡単さ。殺された男と過ごしているとき、バーやレストランで自分を美津子と名乗ればいい。そして殺害現場に彼女のものを置いて行けばいいんだ。自分の痕跡をなくしてね」
と答える。
「じゃあ、エリーは美津子を名乗って男と遊び歩いていたと? ありそうだけど、やっぱり考えられないね。美津子は『自分の顔をした女』って言ってたよ」
「じゃあ、君は誰だと思うんだい?」
「上田金剛かな。美津子と金剛の二人は実を言うとつき合っていて、金剛はありもしない噂に惑わされて嫉妬のあまり男を一人、殺したのさ」
ダリルは首をすくめた。僕はそれをあざ笑う。
「いかにも女の考えそうなことだね! どこの悲劇のロマンス小説だい? いいかい? 美津子は深窓の令嬢なんだよ。男とつき合ったこともないし、恋人は婚約者一人なんだ。それなのにそんなストーリーありうるかねえ?」
ダリルがむっとしたように目線を逸らして黙る。彼女のお得意の「お前とはしゃべりたくないモード」だ。
「アラン、どうしてあんたは美津子を助けたいんだ?」
不意に福が訊いた。僕はにやにや笑い、こう答えた。
「うまいことやって僕の恋人にしてしまおうと思ってさ。だって、見たかい? あの美貌!」
ダリルが呆れたように僕を見、福がもう一度煙草の煙を吐いた。そこへ、突然響いたボーイソプラノ。
「あのさ、俺は加持裕也が怪しいと思う」
ハチだった。洗濯していない古着を着、顔は汚れて黒くなり、柔らかい髪の毛は脂や汗で頭に貼りついているが、彼はれっきとした美少年で、目つきは知性的だ。
「どうしてだ?」
福が訊く。ハチはしばらく考え、僕らを見回した。
「こういう話がある」
彼はポータブルスクリーンを広げた。要は紙のように折りたたむことができるタブレットだ。ハチはまだしわの残る新聞紙大に広げたスクリーンで、過去参照したページをさかのぼり、一つのウェブ記事を選び出した。
「『不気味の谷』は遠く過去のものに。超リアルなロボット『トイ・ヒューマン』?」
僕が声を上げると、福とダリルがスクリーンに顔を寄せてきた。
記事によると、ロボットの造形が人間に近づきすぎると人間に起こる嫌悪感「不気味の谷」を克服する究極のリアルなロボットができたのだという。表面には特殊なゴムであるエラストマーゲルを用い、表情や体の表現も本物らしくできている。それは本物の人間をスキャンして3Dモデルを作り、表情を動かすモーターや幾層にも重ねられたファイバーや細かい部品、皮膚のしわの動きなどを再現することによって作り出されるという。今の段階ではオーダーメイドで、本当の人間をモデルにしかできないらしいが……。
「もしかして、美津子は誰かに3Dモデルを奪われた……? そしてそれを元に作られたロボットは街を徘徊している……。しかし誰に?」
僕はつぶやく。するとハチはてのひらで画面をずらし、最後の写真を見せた。いかにも平凡な男だ。記憶に残らないような小さな目の、人のよさそうな眼鏡の男がそこで笑っていた。名前は加持勇気。このロボットの研究者の一人らしい。
「勇気?」
「名前、ちゃんと覚えてないんじゃないかな、美津子は。だって影の薄い男だろうしさ、あの語りぶりじゃ」
ハチが言う。裕也と勇気じゃ彼に興味のない人間にとっては大差ないか。気の毒だが。
「夜になったら動き出そう」
福が頬をへこませて煙草の煙を思い切り吸いながら僕らに言った。煙草の先が赤く光る。僕はわくわくと胸を躍らせる。福と夜の街を動き回るのは、大変なスリルでありエンタテインメントだ。それは、出会ったときから続く興奮。僕の世界じゃ味わえない。