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探偵は喪服をまとう  作者: 酒田青
スペシャルな殺人
2/9

2 同じ顔をした女

 美津子は電力会社の一人娘、それも深窓の令嬢だ。今二十三歳で、婚約者もいる。それも五十二歳の金持ちで、醜い小男だった。二人は来年の初夏に結婚式を挙げる。

「頭がよくて、優しい方なんです。二人で同じ本を読んで、感想を言い合って、時々一緒に食事をする。そんなふうに一緒に過ごしてます」

 美津子は微笑みながらそう言うが、彼女の親が婚約者の所有するエネルギー関連の研究施設を狙っているのは誰の目にも明らかだ。それは誰も彼女に教えてやらない。どうやら彼女は本当に婚約者を尊敬しているようなのだ。

 美津子は平穏な日々が好きだという。部屋の整頓は誰にも任せず、アンティークの照明器具も、アクセサリーも、本も、何もかもが同じところに落ち着いていなければ気が済まないのだそうだ。大学を卒業してからは、父の会社に勤めながら毎日判を押したように同じ日々を送っている。他人より早い退勤後は、友人と集まってカフェでおしゃべり、それから読書。それでも全く飽きることはない。だから婚約者とのやりとりも、十五歳のときからずっと変わらないということで、気に入っているのだ。

 彼女には友人がいる。五歳のころから仲のいい親友、倉科(くらしな)エリー。エリーはしっかり者でいつも美津子を叱咤激励してくれる。彼女の読書の趣味も「大人しすぎる」と言ってあちこちに連れ出そうとする。

「そういうところには閉口しますけど、パズルのピースみたいにぴったり合った友達なんですよ。きっと私の内気さとあの子の勝気さが合うのね」

「他にも何人かお友達がいるんですよね」

 と福。美津子はうなずき、考えるようにその二人を挙げる。

 二人目の友人は上田金剛(こんごう)。学校の高等部から知り合った仲のいい友人だ。

「金剛は人気者で料理もうまいから、いつも人に囲まれているの。親切だし、明るくていい人だわ」

 上田金剛を僕も知っている。鼻に着くほどの美形だ。しかし感じがよく、誰にでも平等に接するから、見た目に反感を抱いたことを反省するくらいだ。美津子の男版という話もある。美津子は優しさと親切さで誰にでも好かれ、いつも多くの人に囲まれている。それと同じと言うわけだ。

 三人目は加持(かじ)裕也。親切で、彼女を守ろうとしてくれる人らしい。

「いい人です。確か、ロボットの会社に勤めているんですけど、そこではとても評価されている若手のホープだと聞きました」

 正直なところ、僕はこの加持裕也と言う男を知らない。僕らの世界にいる、僕らと同じレベルの家の出だとは思うのだけれど……、きっと影が薄い男なのだろう。話を聞いていると単なる取り巻きの一人という感じもする。

 福はうなずいた。相変わらず微笑みを絶やさない。

「事件というのを教えていただけますか」

 美津子の右のまぶたがひくひくと動いた。笑みを作ろうとするがうまくいかないようだ。僕はダリルに頼んで彼女に水を持ってきてもらった。大丈夫、買ってきた水で、ここの水じゃないから安全だよ、と声をかけると、ダリルは忌々しげに僕を見た。

「昨日警察が来て、びっくりして!」

 彼女はその日、家で新しい家具の配置を考えていた。彼女の部屋は生活する部屋と寝室に分かれていて、その寝室に新しい、真っ赤なガラスのペンダントライトを下げるつもりでいた。今までの家具とは雰囲気の違うデザインなので、使用人と共にああでもないこうでもないと考えていたら、母から心配そうな顔で呼ばれた。「警察が来ているようだけれど」と。

 驚いて顔を出すと、二人の刑事がいた。前日起きた殺人事件について訊きたいと、丁寧な口調で言われた。卒倒しそうだった、と彼女は言う。

「だって、警察が私に会いたがるなんて、絶対にあってはならないことですもの」

 警察署に任意同行を促され、ぶるぶると震えながら行くと、彼女は殺人の嫌疑をかけられていた。今は非公表になっているが、状況次第では資産家の娘である彼女とはいえ、名前つきで報道されることは免れられないという。

「私がメディアの好奇の目に晒されるなんて、絶対に駄目だわ! だからここに来たんです」

 そして、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。

「話を聞くと、一昨日の深夜十一時に男を、その男の家で刺し殺した疑いでした。やくざみたいな、柄の悪そうな男をナイフで刺し殺したっていうんです。そんなこと、私にできるわけがないし、そもそもそんな男と知り合いになったりすることなんて絶対にないのに……」

 美津子は涙をこぼした。その瞬間も完璧な絵になる美しさだ。僕は見とれてからはっとした。ちゃんと話を聞かなければ。

「私は、警察に言いました。私ではないって! 私の顔をした誰かがやったんだって言いました。アリバイだってあるわ。その夜は外に出かけて一人でワインを飲んでいたの。目撃者だっているはず。それなのに、私はまた警察に呼ばれるかもしれない……。犯人が捕まっていないから!」

「あなたの顔をした誰か? それはどういうことです?」

 福が静かな声で訊いた。美津子は彼をじっと見、恥じるようにこう言った。

「私そっくりな女が、このところあちこちで出現してるようなんです。あるときはデパートの洋服売り場、あるときは化粧品売り場、夜の酒場でも見られて、一番問題なのは……」

 美津子は声を詰まらせた。

「その女が色んな男と男女の関係を持っているようなんです。今日は誰それ、昨日は別の男二人と、という話だって。恥ずかしいわ。どうして私と同じ顔をした女がそんなことを」

「誰がそれを教えてくれたんです?」

 福が訊く。美津子は疲れ切った顔で、こう言った。

「エリーです」

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