イアンさんは黙っていた方が?
俺の愛する人は極寒の地の修道院という、殆ど牢獄にいた。
いや、小さな明り取りの窓だけある石棺にしか見えない石で出来た個室など、完全に牢獄で拷問部屋だ。
それだけで俺が王国を破壊する理由となるが、サニアはそれだけでなく、聖女を中心としたパーティに命を捧げる生贄にされていた。
見つけた時の彼女の姿は、神が俺に世界滅亡せよと命じているのかと思った程だ。
キャラメルのように艶があって美味しそうな髪の毛は頭皮からほとんどを失い、俺があんなにも見つめられたいと望んだヒマワリが咲く美しい緑色の瞳は、乾いた瞼で閉じられ落ちくぼんでいた。
体など、骨に皮が張り付いただけの状態だ。
彼女はそんな体で必死に生き、たった一人で自分自身を守っていた。
俺達に生気を吸い取られないように石化していたのだ。
それでもあと少し遅ければ彼女の命の炎は潰えていただろう。
たぶん彼女は最後の力を振り絞ったのだ。
この俺を助けるためだけに。
俺は石化して身を守っていたサニアを助け出し、俺の腕の中で石化魔法を解いて柔らかく俺に馴染んでいく彼女を抱きながら、二度と彼女を守れなくなることはすまいと己に誓った。
そこで俺は、聖堂に仕掛けた術具と同じものを王宮、離宮、議事堂、とにかくあらゆる国の要所に仕掛けた。
俺達に不用意な事をしたそこでお前ら全員ドカンだ、ざまあみろ。
ついでに聖女の後ろ立て侯爵にサニアが刻まれた印と同じものを刻み、三日かけて奴の生気を奪いつくして殺した。本当はサニアが苦しんだ分苦しめたかったが、あんな汚い奴の生気を入れた自分がサニアを抱く事を考えたら、その場でやってられないと殺してしまったのだ。
ちなみに、奴の生気をサニアに直接注がなかったのは、サニアが汚れるからである。サニアに注ぐ生気は俺の物だけにせねばならない。
さて、サニアを石化しなくとも死なない状態まで戻した俺は、さらなるサニア健康法のために元親友達との邂逅を決めた。
奴らに真実を話し、肉体に刻まれた印を焼き消すことを了承させたのである。
ありがたいことに嫌がった奴らはいなかった。
顔を焼かれるのと胸の皮の一部を焼かれる二択を差し出したら、奴らは迷うことなく今後の力を失い胸にケロイドを負う方を選択したのである。
「ちなみに、顔の場合は印を残すのか?」
「口と鼻が塞がれたら、人は何分生きていられるだろうな。いや、印が残れば痛みを抱えたまま生き続けるのかな。どうする? 試す?」
騎士副団長に昇りつめたヘイルも宰相補佐のカーディフも、快く印を消して在野に下ることを自主的に選択した。
弱虫どもめ。
抵抗しろよ。
本当はサニアの生気を体に入れた事があるという時点で、俺は奴らを消し炭にしてやりたかったのだ。だが、自称聖女に洗脳されていた馬鹿を殺した咎でサニアとの平穏に小煩いコバエを呼ぶ事態になっては最悪だ。
ただし、俺に彼らへの温情を起こさせたのは、サニアにとって奴らが今も昔も全く眼中に無いことこそ、だった。
「ああごめんなさい。憎むほど彼等に思いは無いの。私はイアンばっかりだったし。それで、今の私はイアンが愛してくれている。それだけで幸せで、誰かに憎しみなんか抱く事なんかできない程なの」
俺もだよ。
復讐心なんか君を手にした事で失ったよ。
だから胸にケロイドを作った程度で許してやったのだ。
しかしながら、害虫駆除は適当に済ますわけにはいかない、だろ?
また湧いて出たら大変じゃないか。
自称聖女と王太子になりたいだけの外見王子にもペナルティは必要だ。
彼等は、シレーナの回復魔法を見越して俺の提案を簡単に了承してきたが、俺は彼等の紋章は焼かなかった。
彼等が胸に刻んでいる紋章は、サニアを傷つけた証拠そのものだからだ。
誰がその証拠を消させるものか。
それにな、俺は最高の魔術師。
お前らが作り上げた稚拙な魔法など簡単に手を加えることができる。
俺はすでにサニアと俺の魔法陣に手を加え、サニアの力は俺にしか流れ込まなくさせている。
ではどうして奴らにそんな提案をしたのか、と言えば、奴らの口からサニアにした事を話させ、それを記録魔法術具に流し込むためである。
大体考えてみろよ、当たり前だろ。
俺がいつまでも大事なサニアの生気を垂れ流しさせるかよ。
大事な愛する人の吐息一つ、全部俺のものなのだ。
そして印に手を加えたのは、俺の力がサニアに流れるようにもするためだ。
当たり前だよな。
さて、全てが終わってしばらくした後、サニアに協力したちっこいサニアみたいな女の子と会う機会があった。彼女が俺達についてかなり心配していたから、その後はこうしたよ、と教えたが、物凄く引くばかりなのはなぜだろう。
「あの、そこは無かったように消しませんか?」
「なぜ愛する人との繋がりを消すんだい?」
「いや、だって、あの。隷属とかって、あのとき」
「ああ、聞いていたんだ。そっか、意識あったのにサニアに全権移譲してくれていたのか。本当に君はいい子だね。だからわかるだろ? この印によって俺達は永遠に繋がり合う。俺はサニアに隷属し、サニアは俺に隷属する。そして互いに支配し合う。最高じゃないか?」
「サニア様!!この人変態です!!」
失礼な。
ガブリエラは本気でサニア二号な女の子である。
ガブリエラも年頃であり、今度好きな子を紹介したいと言っていたが、そいつが俺が認められる相手か見定めてやらねば、と思った。
サニアの妹分ならば俺の妹分だ。
「いいかな、ガブリエラ。男は顔だけじゃない。中身こそ大事だ」
「はひゅ」
「サニア? どうしたんだい?」
「だって私はイアンに一目惚れだったから。顔でまず惚れたって知ったらあなたは嫌かなって、あの」
一目惚れ?
それはきっと俺がサニアを見出すよりも前に俺に惚れていたという告白だな。
「よっし前言撤回。ガブリエラ。君はサニアを目指せ。好きな外見の男が出来たら自分好みに作り変えればいい」
「イアン先輩、あの、あなたが作り変えられた? とは思えませんし。でしたらサニア様にちょっと物申したいし。それよりもええと、まず相手が私を好きにならなきゃ話は始まらないって言うか」
「大丈夫だよ。君は可愛い。男は顔で選ぶが、その顔は凄い美人じゃなくても構わないんだ。抱きしめたくなるかそうじゃないか、そこが大事」
「サニア様!!やっぱこの人変態です!!」
「そんなことないよな。サニア!!」
サニアは抱きしめたくなる顔をしていた。
顔を真っ赤にして、どうしたらいいのって声が聞こえるぐらいに、サニアは可愛い照れた顔をしていたのだ。
「君が俺に恋をしてくれて良かった。俺は恋した人を抱き締められる」