二
見えたのは彼の肌に刻まれた魔法陣の一部であるが、その印は私には十分すぎる程によく知っている呪いの印であった。
「それは枷なんかじゃ無いわ」
それは奴隷からエネルギーを受け入れる方の印であって、エネルギーを搾り取られる奴隷の方の印じゃない。
「枷だよ。強い術を行う度に誰かの命を搾り取っていた。それに気が付いたそこで、これは呪いの印となる。共犯者の印、だ。俺は知らなかったと言えど、誰かの命を搾り取っていたんだよ。この世で許される所業じゃない」
「たく、たくさん、いるの?」
私は震える声を出していた。
私一人じゃなくて、もしかして、たくさんの人達が私みたいな目に遭っていたの?
罪を犯したから、どうしようもない人だって、誰にも助けてもらえない人を。
冤罪なのに声を上げられない人をたくさん作っていたの?
「一人だ。守るべき人の命を受け取っていた」
ああ、シレーナの恵みだと思っていたのね。
だから自分が許せない? シレーナから裏切られた気持ちになってしまったの?
「だからあなたはそんなにも絶望してしまったの?」
「絶望ならまだいいよ。純粋だ。俺はもっとどす黒い」
「その印はあなたが望んだものでは無いでしょう?」
「望んでいないが最初は受け入れた。あいつは王子を愛している。そんなあいつと繋がっているんだと、あいつにざまあみろという気持だった」
私の目の前の男性は、私が恋焦がれた人ではなくなった。
勝手に夢見てキラキラした人に仕立て上げていた人は、私に負けず劣らずのドロドロしたものを抱えていた。でも、それで彼を思う気持ちが消えるどころか、私こそ彼を思うがために抱えていたどろどろが溢れそうになった。
どんなに頑張っても愛してもらえない、私の腐った恋心だ。
身代わりだって構わない。
あなたに抱かれるためなら何でもするって、そんな情念だ。
「だけどさ、俺はあいつを抱きしめたいんだ。生きているあいつを抱き締めたかったんだよ」
私こそ。
私こそ愛されて抱きしめられたかったから、自分を偽ることを止めたのだ。
私にできる最初で最後の魔術によって私自身を硬化させた。
あなたとの繋がりを絶ったのだ。
だからきっと、イアンは暴走したのだろう。
自分に流れてくる聖女の力が無くなったと思い、それが聖女が王子一人を選んだ結果として受け入れ、それで彼は壊れたのだ。
私はきゅっと唇を軽く噛むと、目指すものへと向かうために前を向いた。
イアンが職を辞したのは本当だろう。
大聖堂を爆破する、その犯罪を犯すために出来る限りの縁も切っているはずだ。
たぶん、爆破と共に自分自身を殺すつもりでもあるはずだ。
だけどね、私はあなたには生きていて欲しい。
「青空が似合わないって恰好つける人がいるんです。私は彼こそ青空が似合う男だって思うんですけど、先輩はどう思いますか?」
「そいつは幸せ者だって思うよ。そんな事を言ってくれる女がそばにいてさ」
「では、先輩も青空に帰りましょう。私は先輩も青空が似合うって思います」
私は返事を待たずに歩む足を早めた。
あの頃の私がイアンに捧げた言葉など、きっと彼は完全に忘れているはず。あの頃の自分など彼にとってはその他大勢の一人だった。そんなこと自分で認めていても現実で知るのは辛いなって、私は逃げ出したくなったから。
やっぱり私は弱虫で情けない。
思い切りを付けなきゃ天国に行けないぞ。
そう思ってのこれなのに、ね。