第8話:紅葉イベント
夏が過ぎて二学期となり、ついに10月の研修旅行がやってきた。8名でのオリジナルコースを申請したのは、自分たちだけだったらしい。自分も社会人になってからの経験があればこそで、一周目の高校生では絶対に無理だったであろう。
研修旅行は二泊三日の日程で組む必要があったのだが、涸沢カールに行くにはちょうどぴったりの日程となる。中には日帰りで行く強者もいるようだが。
まずは上高地から徳沢まで行って一泊する。ここまでは2時間ぐらいで、さほど高低差もないので足慣らしとしてはちょうどいいぐらいの距離なのだ。
「明日から本格的な登りになるんだっけ?」
「そうだね。4時間ぐらいかけて標高差600mを登るからかなりきついと思う」
そう、本番は明日からなのだ。
「大丈夫かなぁ」
「時間には余裕があるので、ゆっくり登れば問題ないよ。今日は夜更かししないようにね」
修学旅行といえば、寝る前のおしゃべりなんかが定番だと思うのだが、山では翌朝が早いのでやめるように言っておく。まるで引率の先生のようになってしまっているが。ちなみに研修旅行には引率の先生も一人参加している。登山ということで体育の先生にお願いするのが妥当だったとは思うが、あえて男子クラスの担当の先生にした。なにしろ進学校で頭の固い先生が多いのだ。その中で担任の先生は、放任主義というか理解のある方だった。この先生がいたからこそ許可されたともいえる。ただ理解がありすぎて、
「この旅行の詳細が分かっているのは向井だけなんだから、お前が引率しろよ」
と丸投げしてきたが。
翌朝の早朝に徳沢を出発。横尾を過ぎたあたりから本格的な登山道になって傾斜がきつくなってくる。ここから3時間ががんばりどころなのだ。といっても、ひたすら登っているとバテてしまうので、30分ぐらいごとに5分ぐらいの休憩をいれるようにする。
「休憩しなくても、まだ行けそうだけどね」
さすがバレー部。河合さんは全然大丈夫らしい。今回は男子側もあまり余裕がなく、女子側の荷物を持つのはやめておいた。この分だと、尾瀬でも荷物持ちの必要はなかったのかもしれない。
「河合さん、すごい体力だな。尾瀬でも荷物をもってあげる必要なかったんじゃないか?」
「学年一位はわかってないなー。そこは男の優しさが発揮されるべきところなんだよ」
すかさず、緒方、池田、小野が立ち上がり
「じゃぁ本山さん荷物持つよ」
「俺は大杉さんの荷物ね」
「俺は清水さん」
とナイスなフォローが入った。
「学年一位、なんか言うことは?」
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「こら」
このグループも数か月の間、毎週会っていただけにすごく仲が良くなっていた。
標高2000mを越えたあたりから、山肌のきれいな紅葉が見えてくる。そして涸沢カールが見え始めるあたりの紅葉のすばらしさに皆、絶句していた。
「これは凄い」
「これまでも紅葉は見たことがあるけど、スケールが違いすぎるね」
「尾瀬もすごかったけど、それ以上かも」
なかなか、この素晴らしさを言葉にするのは難しいかもしれない。紅葉のトンネルをくぐりながら、最終目的地の涸沢ヒュッテに到着。ここのテラスからみる涸沢カールは、まさに圧倒的な紅葉だった。
「「「…」」」
なにしろ直径2kmあるカールが紅葉で埋まっているのだ。それが一望できるとなれば言葉にできないというのが唯一表現できる言葉のようにも思える。
「こんなきれいなところが現実にあるというのが信じられないというか」
「ありえないぐらいに凄い」
ランチを食べて少し休んだところで、疲れも少しとれたのか、もしくは圧倒されていた紅葉に慣れてきたのか皆のテンションも戻ってきた。時間もあるので、周辺の紅葉を散歩することになった。引率の先生はテラスでビールを飲むらしい。
「こんな素敵なところに連れてきてくれて本当にありがとう」
「大切な研修旅行を使ってのイベントだったから、失敗したらと思うと気が気でなかったよ」
「失敗しても思い出にはなったと思うけど、この風景は一生忘れないと思う」
「はるか遠くのこんなに高いところまで登ってきたからこそだけどね」
「そうだね。登りはキツかったけど、来れて良かった」
皆、最高に満足した顔をしていた。なにしろ標高2300m、上高地から16kmも歩いたところにある紅葉なのだ。そう簡単にはこれないからこその風景なのだろう。
夕食後に夜景を見るために皆でテラスに出ることにする。
「夜景って、星空じゃなくて?」
「星空もみられるけど、もう一つ別の見どころがあるんだよ」
テラスからテント場の方を見ると、いろいろな色のテントが照らされた夜景が広がっていた。
「なんかすごくきれいなんだけど、あれは何?」
「テント場だね。多くの人がテントを設営して、中でライトを点けるので夜景のようになるんだよ」
「こんな夜景もあるんだね」
大塚さんも予想外の夜景にビックリしているようだった。翌朝はモルゲンロートを見るために朝早く起きる必要があることを伝えて解散となった。
翌日は早起きして再びテラスにあがりモルゲンロートを見る。
「これがモルゲンロートなのね。」
「紅葉とは別のキレイさがあるね」
山肌が赤くそまった風景を見ながら河合さんと大塚さんがつぶやいていた。涸沢カールは、紅葉だけでなくいろいろな見どころがあるのが凄いと思う。たくさんの登山客が訪れるわけだ。
朝食を食べたあとは紅葉を見ながら上高地に向かって戻ることにする。2泊3日の旅行日程でも、涸沢カールにいられるのは二日目の後半からのみで翌日の朝には戻らないといけない。なんとも遠いところである。
帰り際に涸沢カールとその後ろに見える穂高連峰を名残惜しそうにみていたら、本山さんが話しかけてきてくれた。
「向井君、何をみているの?」
「穂高連峰を見ていたんだ」
「あの後ろの山のつらなりのこと?」
「そう、あの高い山が奥穂高っていう山で日本で三番目に高い山なんだ。涸沢カールから登れる山なんだよね」
「あんな高くまで登るなんて、大変なんてものじゃないよね」
「そうだね。でも日本で三番目に高い山からみるアルプスの山並みはまた格別なんだ」
「そうなんだ。いつか私も見れるかな?」
「うん。チャンスはいくらでも作れるよ」
今度一緒に行こうよというにはあまりにもハードルが高く、あいまいな返事しかできなかった。ここはそういう細かいことを考えずに、言ってしまうのが正解だったのだろうか。
きれいな紅葉を見ながら、皆で話をしながら帰り研修旅行は終了となった。