第4話:マラソン大会に賭ける
二学期も進んで秋の季節になると、校内球技大会が行われる。バスケットやバレーなどでクラス対抗の試合をするというもので、活躍すれば女子から注目されることもあって、男子のやる気は高い。特にボート部3人組は中学はバスケット部だったので、やる気満々である。バスケットは女子に人気があるし、そこで活躍したらということなのであろう。
ちなみに俺はボート部に入っていることもあって運動ができないわけではないが、球技系は全くダメである。なのでこの当時はあまり人気のなかった卓球に参加することにした。今の時代だと日本の卓球はすごく強くなったので人気があるが、この時代はそれほどでもなかったのだ。
「こっちはバスケに出るから応援にきてよね」
隣の河合さんはバスケに出るらしい。まぁ応援ぐらいならいいか。
応援にこられて大負けするところを見られたくなかったのだが、その期待通りクラスの応援も皆無の中、卓球場に向かい試合に参加する。応援はほとんどが体育館のバスケットボールやバレーに行っている。まぁあっちの方が華やかだからな。
この卓球は1周目の選択と同じで、そして相手選手も同じだった。よりにもよって中学時代は卓球部だった奴である。当然、高校の卓球部に所属している生徒は卓球には参加できないので、元卓球部であれば敵なしである。審判は卓球部員がやっていたが、俺の試合の審判はなんと大塚さんだった。そしてピンポン卓球しかできない俺は、0-21の3ゲーム連取で負けた。完全な、かませ犬状態である。審判だった大塚さんはみるみるうちに機嫌の悪そうな表情になっていた。いや元卓球部相手じゃ無理だろうと言い訳したかったが、この点差では何を言うこともできないので、そのまま卓球場をあとにした。
せっかくなのでボート部3人組の応援をすべく体育館に向かった。さすがは元バスケ部、3人でパスを回して次々とゴールを決めていく。球技大会での元〇〇部というのは、ある意味チートだよな。そのままボート部3人組のチームが勝ちすすんだ。このまま行けば優勝するんじゃないだろうか?そしたら3人とも人気者になりそうだな。
男子につづいて次は女子の試合のようだ。クラスのチームには本山さんと河合さんが参加している。
「学年一位!」
なんとコートから河合さんが大声で応援を要求してくる。この皆が見ている前で応援の声をかけるとか、なんというハードルの高いことを要求してくるんだ。これが陽キャの普通なのだろうか? できればこのあだ名には答えたくはなかったのだが…
「河合さん、がんばれ。」
うん。このぐらいしか言えん。それでも河合さんは嬉しそうにVサインをしてくれた。しかし、ふと周囲を見ると皆冷たい目を向けてきている。なにかまた失敗したのだろうか?ひょっとすると今度は河合さんに告白しようとしていると思われているのではないだろうか?否定したいのだが、何もできないままに試合が始まってしまった。
応援が効いたとも思わないが、クラス女子のバスケは一進一退のシーソーゲームを制し、最終的に学年で2位になった。男子はボート部3人組のバスケがそのまま優勝したが、元バスケ部というのが目立ちすぎてクラスの人気者にはなれなかったようだ。女子の方がギリギリで勝ち進んだこともあって、皆の応援を受けていた。チートすぎるのもダメなんだな。
「ところで学年一位の卓球はどうだったの?」
「…」
「聞こえないんだけど」
「0-21の3ゲーム連取で負けた」
「さすが学年一位だね。ぼろ負けじゃないの」
「相手が元卓球部だったし」
「さすがに一点も取れないとか笑えるね」
河合さんは楽しそうに笑っていた。
校内球技大会が終わって、再び勉学と部活の日々である。河合さんは休憩時間や昼休みなど、ことあるごとに授業でわからなかったこと聞いてきていた。
「隣に学年一位がいて助かるよ。授業ではよくわからなかったことも理解できるようなったし」
「その調子で続けていれば、期末テストではかなりいいところまでいくんじゃないかな?」
「そうなるようにがんばるよ。引き続きよろしくね、学年一位」
「そのあだ名は続けてほしくないんだがなぁ」
まぁ二周目だと、どこでつまづきやすいか?とかわかっているからな。他人に教えた方が、自分でも理解が進むというし。こうして二学期も勉学以外はタイムリープした効果はあまりないままに過ぎていった。
結局、河合さんは期末テストでは上位ランキングに名を連ねた。
□◇□
年が明けて三学期、席替えからスタートしたが、ついに周囲が男だけになってしまった。本山さんの席は遠いままである。
「学年一位、今度は周囲が男だらけなんだねー」
隣ではなくなったが三学期になっても河合さんはよく勉強について聞きにきていた。
「なんか嬉しそうだが何かあったのか?」
「べつに~」
「人の不幸を嬉しがるのはなぁ」
「学年一位は私が隣じゃなくなって寂しいのかな?」
こういうことをさらっと言えるのが陽キャなんだろうな。二周目に自分自身が陽キャに切り替わっていたら、本山さんとうまく行っていたのだろうか?人は変われないとはよく言うけど、タイムリープでも変わらないとすれば、相当なものだと思う。
「そういえば、もうすぐマラソン大会だね」
そう、この学校は三学期にマラソン大会がある。なにやら学校の創立記念日にやるらしい。記念日にやるなら休みにしてくれればとぼやいている奴は多い。ただ俺にとってのマラソンは運動の中では唯一の得意競技なので、ここで活躍して取り柄は勉強だけというイメージを一新したい。なにしろ球技大会では惨敗だったからな。そのマラソン大会は学校から少し離れた湖沿いの公園で行うので、ゴール地点には皆が集まることになる。つまり一位で戻ってくるとかなり目立てるということだ。本山さんにもかなりアピールできるに違いない。高校一年生の校内行事としてもこれが最後のチャンスになるのだ。高校時代一周目のときにも20位ぐらいには入ったが、このぐらいの順位だとさすがにアピール度は低かった。前半はトップグループについていけていたのだが、練習不足からか後半は全くダメだったのだ。そのため、後半でもペースが保てるようにこの一年かなり走りこんでおいてある。
「マラソン大会では、勉強だけではないところを見せてやるよ」
「そんなこといって、球技大会のようにならないようにね」
「ぐっ、見てろよ」
河合さんは笑いながら席にもどっていった。
「ずいぶんと河合さんと仲がいいんだな」
近くに座っていた緒方が意外そうな顔で話かけてくる。
「二学期が隣の席だったからな」
「いや、それだけではないような」
「まぁお互いマラソン大会がんばろうぜ」
緒方は一周目のときには三位に入った実力者なのだ。同じボート部で一緒に練習で走っているが、実際にかなり速い。当日には緒方にも勝たないといけない。俺はマラソン大会までひたすら走り込みを続けた。
□◇□
マラソン大会当日、本山さんになんとか話しかけることができた
「本山さん、おはよう。どう調子は?」
「う~ん、マラソンはあまり得意じゃないんだよね」
本山さんは弓道部なので、あまり走り込みはしていないかもしれない。
「向井君の方はどう?」
「ボート部は毎日湖まで走りこんでいるし、けっこう上位にいけるんじゃないかな?」
「じゃあ、がんばってね」
「あっ、それでマラソン大会で一位になったらデートしてくれないかな?」
「…」
かなり強引な誘いのような気もするが、高校一年のラストチャンスということで最後の賭けに出てみる。両手を合わせて本山さんにお願いのポーズをしたところ、
「わかった。がんばってね」
「ありがとう。がんばるよ。本山さんもがんばってね」
ついにOKがでた。タイムリープしてから、やっとうまくいくような流れになってきたのではないだろうか。ただ一位になったら、というのがフラグになっていないかちょっと気になるが。
□◇□
スタートの掛け声から一斉に一学年の男子全員がスタートする。スタートで出遅れるとそれで終わりになってしまうのだが、校内マラソン大会に気合を入れる奴なんてものは数少なく、すぐに10人ぐらいのトップ集団ができた。一周目の高校時代のときは半分の5kmを過ぎたあたりで集団についていけなくなり脱落してしまったが、日頃の練習でこのペースについていけるようにしてあったので問題ない。一周目のときと同じで緒方も集団に入っている。トップは元陸上部でペースを作っている。ここでも元〇〇部なんだよな。中学で3年間走っていたんだから速いのは当然といえるが、どこかで抜かないことには一位にはなれない。最後のラストスパートまでもつれてしまうと、最後のダッシュ力の勝負になってしまうので、短距離が苦手な俺には不利になってしまう。そこで少し早めの7km付近で先頭に出てペースを上げて勝負をかけた。この流れも日頃の練習でやってきたことだ。一気にペースがあがり、先頭集団から次々と脱落していく。9kmの看板を過ぎたあたりで、湖周辺の公園内に入り女子の応援が入りはじめる。さすがに元陸上部だけあって、流石に速い。ラストスパート前にリードを取りたかったのだが、すぐ後ろにつかれたままで残り500mあたりまで来てしまった。あとはもう最後のラストスパートで逃げ切るしかない。ただ短距離が苦手なうえに途中からペースを上げてきたこともあり、ゴール前のラストスパートで俺は元陸上部に抜かれてしまった。
せっかく約束を取り付けたのに、うまくいかなかったか…とがっくりしていると、清水さんが話かけてきた
「向井、マラソンでも学年二位なんて、ほんとに凄いね」
「ありがとう。といっても本気で一位を狙っていたんだけどな」
「それは、茜との約束のことだよね?」
なに!今日の朝の話だぞ!と思って驚いた顔をしていると
「なんで、そんなに高い条件にするかなぁ」
「いや、そのぐらいに高い条件じゃないとOKがでないと思って」
「デート一回の条件が学年一位とか、どんなアイドルっていう話だよ」
「まぁ俺にとっては、そのぐらいの存在ということかな」
「はいはい。それでダメになっていたら意味ないじゃん。勉強はできるくせにアホだなぁ」
「ぐっ」
ここでボート部3人組が合流してきた。
「まぁねぎらいと心をえぐる言葉ありがとう。それじゃ」
「お疲れさん」
清水さんに手を振りながら、俺は3人組と男子の集まりに戻った。
「茜が約束の話をしたときには、嬉しそうに見えたのに。別に二位でもOKだと思うんだけど、なんで自分でチャンスをつぶしているんだか。ほんと向井はアホだなぁ」
清水さんのつぶやきは誰に聞かれることもなかった。
その後に打ち上げをしてマラソン大会は終わりとなった。そして念願のデートも泡と消え三学期も終わってしまった。