第3話:二学期になってもうまくいかない
期末テストが終われば夏休みである。高校の夏休みといえば、海水浴や花火などのイベントがあって青春そのもののはずなのだが、なぜか今日も猛暑のなか汗だくになりながら学校にきている。そう、この高校は夏休みにも夏期特別授業があるのだ。
さすがに特別授業ということもあって、夕方まで授業があるわけではなく、早い時間に授業は終わる。そろそろ部活に行こうとしたところで清水さんからの呼び出しを受けた。
「夏休みのはずなのに授業があるなんてひどい話だよね」
「それは同感だな。まぁ嬉しがる奴なんていると思えないが」
と言いつつも、社会人を経験したからわかるが、教える方も相当に大変なのではないかと思う。公立高校だから残業代も出ないだろうし。
「それでちょっと相談があるんだけど」
「どんな話?」
「唯のことなんだけど、どう思っているか教えてくれる?」
予想していなかった名前がでてくる。
「大塚さんね。美人だし、運動もできるしモテそうだよね?」
「そういうのじゃなくて、大塚が好きなのは向井なの。」
えっ。そんなことがあるのか?アラフォーまで、彼女いない歴=年齢だった俺に?でもここで付き合えば、そんな暗い過去(ここでは未来か?)を打破できる。しかし、好きだった本山さんと付き合いたいというのが元々の願いだったはずだ。ここでその心に蓋をして付き合っても、結局は大塚さんを傷つけることになるのではないだろうか?
「俺が好きなのはあくまでも本山さんだから」
「そういえば、入学直後ぐらいにいろいろと話かけていたね。もうあきらめたものかと思っていたんだけど」
「いやいや、俺は一途だから」
「一途とは違うような気もするけど、まぁわかったわ」
「大塚さんと付き合いながら、諦めていくというのも、結局は傷つけることになるような気がするし」
「そっか、残念だけどそこまで言うなら仕方ないね。それで放課後の英語トレーニングは終了ということにしてほしいらしいよ」
「まぁそうだよな」
「あれだけ熱心に教えていたし脈があるのかなと思ったんだけどなぁ」
「それとこれとは別じゃないの?」
「そんなわけないじゃん。好きでもなければ、あそこまで協力しないよ普通は」
放課後の英語トレーニングは終了ということになってしまったが、大塚さんにとって英語上達のキッカケにはなったんじゃないかと思う。その代わり、本山さんと親しくなるチャンスを失ってしまったが…。こうして高校一年の夏も終わった。
□◇□
二学期になって、最初のクラスイベントは席替えである。ここで本山さんの隣になるというのがよくある小説のパターンだと思うのだが、結果としてはそのようなことはなかった。こんなハード設定なタイムリープじゃなくて、もっとイージーにラブラブになるルートが良かったのだが。
「ラッキー、学年一位の隣だ。勉強教えてね」
「わからないところがあったらな」
「これまで隣の席だった唯も英語の点がすごい上がったし、あたしもあがるかな?」
「いや大塚さんがあがったのは、大塚さん自身が努力しただけだよ」
「さすがにそれだけじゃないでしょ」
席替えで隣になったのは河合 春奈さんだ。明るさが取り柄のいわゆる陽キャ女子だな。いろいろと話しかけてくれるので、話すのが苦手な自分としては助かる。
「そういえば、最近は唯と勉強会やってないみたいだけど何かあったの?」
「あ~、まぁいろいろと」
ずっと放課後にやっていた勉強会がとりやめになったら、だれでも不思議に思うよな。どうやって誤魔化そうか考えていると、
「おまえ、大塚に振られたんじゃないのか?おおかた、学年一位という立場を利用して大塚に近づこうとして失敗したんだろ?」
と少し離れた席にいた、たしか土屋というやつが話かけてきた。土屋は勉強はかなりできるほうで、廊下に貼りだされた成績上位リストにも名を連ねていたはず。実際のところ土屋の言っていることは事実と逆なのだが、ここで振ったのは自分と主張しても、あまりよい結果を生まないような気がする。
「まぁそんなところかな」
「そんなことだろうと思ったよ」
それみたことかといいたそうな顔をしながら席に戻っていった。
「学年一位、残念だったね」
すると河合さんが変な慰め言葉をかけてきた。
「いや学年一位が残念ということはないだろう」
「それは君のあだ名。振られたのは残念だったね」
「なんのひねりもないあだ名だな。というかガリ勉みたいなあだ名やめろ」
「じゃぁ学年トップで。」
「何も変わっていないじゃないか」
「じゃぁ短くしてトップとか」
「俺は洗剤じゃない」
河合さんはケタケタと笑っていた。話をしていて不思議と嫌な感じはしないところが、さすがは陽キャといったところか。
□◇□
二学期になってもう一度、本山さんと親しくなるため、話しかけるようにがんばってみることにした。
「おはよう、本山さん。席替えしてみてどう?」
あいかわらず、気の利いたセリフになっていないが、とにかく下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるである。話しかけなければ、なにも進まないのだ。
「席がかなり前の方になったから、授業は受けやすくなったよ」
そう、本山さんの席は一学期は一番後ろの席だったのが前の方になっていた。このため、皆がいるド真ん中で話かけなければならず、難易度はかなりアップしている。
「ねぇ向井、この間大塚に振られたんだよね?」
ここで本山さんの隣の席の女の子が会話に入ってくる。
「いや、それは」
といっても、いまさら違いますとは言えず。
「それで、また茜にアタックするのは、ちょっと節操がないんじゃないかな?」
アタックしようとしているのは事実なので、これも否定が難しい。最初の土屋の指摘を否定するべきだったのか…でもあの場で否定するのもなぁ。
「向井くん、ちょっと話があるので来てくるかな?」
ここで清水さんのフォローが入った。どう回答しようか悩んでいたところなので助かった。
「向井くん、そもそもなんで土屋くんの発言を否定しなかったの?」
「なんとなく、全体として俺が振られることを期待していたような雰囲気だったからな」
はぁとあきれたような顔をする清水さん。
「クラスでは向井くんが本山にアタックしながらも、唯にもアタックして振られた最低な奴ということになっているよ」
「えっ、なんでそんなことになるんだ?」
「最初の本山に話しかけていたのはアタックだったことになっているの」
「まぁそれは間違ってはいないな」
「納得している場合じゃないと思うんだけどなぁ」
「ということは本山さんもそういう認識ということ?」
「まぁそうなるよね」
なんで二周目なのにこんなにうまくいかないんだ?それにしても、この当時にはSNSみたいなのはないのに、女性のネットワークというのは恐るべしだ。