第10話:カミングアウト
三学期になっても、グループでの勉強会は続いていた。
「ところで、向井ってなにか変だよね」
清水さんが少し真剣な顔になって聞いてきた。
「えっ、普通の高校二年生だけど」
タイムリープして勇者になったわけではないし。
「普通なわけないでしょう。そもそも、これまで学年一位をキープしているのがおかしいのよ」
まぁタイムリープの恩恵に、社会人になってからの反省も込めてかなり勉強しているからなぁ。
「以前に英語のトレーニングをしてもらったときに、かなりリアルな働いてからの話もしていたよね」
ここで大塚さんからも指摘がはいる。
「いや、あれは親戚の話で…」
「尾瀬とか、アルプスとか高校生でなんでそこまで行ったことがあるのか?おかしいよね」
「クラス展示には他にも赤城山の千本桜の情報もあったけど、あれも行ったことがあるってことでしょ。」
ここで本山さんと河合さんからも指摘が。
「親に研修旅行の計画資料を見せたら、会社の部下がつくるのよりもできがいいって言ってたし」
あー。それは社会人になってから、その手の企画書は大量に作ったし。確かに高校生が作るレベルではなかったかもしれない。
「あと、以前に親と行ったことがあるって言ってたよね」
「そうですね」
なんとなくいやな予感がして、つい敬語になってしまう。
「イベントの件で向井の家に電話したんだけど、親が出たので聞いてみたら、そんなところには行ってないって」
「私も親戚に登山をやっている人がいたから聞いてみたけど、尾瀬のコースはかなり本格的にやっていないと知らないはずだし、アルプスも高校生で企画できるようなものじゃないと言っていたよ」
次々と追及が入り、まるで探偵に追いつめられる悪役みたいになってきた。これは冗談などでごまかせる雰囲気ではないな。
「なにか事情があるのかもしれないけど、本当のことを話してほしい」
本山さんにここまで言われてしまっては、嘘はつけないか。
「わかった。説明するよ。まぁ信じられないかもしれないけど」
というわけで40歳近くまで生きたところで登山中に雷にあたって、気がついたら高校一年に戻っていたことを説明した。ほとんど信じていないようだったが、社会人になってからは登山が趣味で尾瀬やアルプスもそのために知っていたり、英会話スクールにもかなり通っていたので英語のテスト結果がよかったり、といろいろと説明していくと納得してくれた。
「それで、あの雷発言があったのか」
「ちょっと信じられないど、話のつじつまはあっているわね」
笑い飛ばされると思ったが、なんとなく信じていてくれているらしい。まぁ高校生ぐらいだとタイムリープの小説も何回かは読んだことがあるだろうしね。
「そうすると、一年の一学期に本山さんに話かけていたのは、一周目でなにかあったとか?」
池田、その指摘はいらなかったんだが。
「あー。一周目で好きだったのが本山さんだったんだ。といってもつきあっていたとわけではなくて、単に片思いだっただけなんだけど」
「それで、入学して早々にアタックしていたのか」
「タイムリープしたときに、好きだった女の子と付き合えるように願いをかけていたから」
「なるほどな。なんか感動的だな」
いや感動的になれるのは付き合えていたらの話だな。
「でも二周目というんだったら、一度リセットしてもいいんじゃないの?」
ここで清水さんから鋭い指摘がはいる。いやタイムリープの定番にそのパターンはなかったような気が。
「えっ…リセットというと?」
「一周目ありきで本山が好きといっているけど、好きな人を改めて考えなおすというのもアリなんじゃないかな。茜だって一周目があったからと言われても困ると思う。それって、今の茜を見ていないということだし」
「それは想定外というか、考えても見なかった」
タイムリープして好きだった女の子と付き合うことしか考えていなかったが、せっかくの二周目なんだからリセットして新しい人生をやり直すと考えた方がいいのか…
「確かに清水さんのいうとおり、リセットして最初からやり直すというのもありなのか…」
「それなら、もう一度私のことを考えてほしい」
「「「えっ」」」
大塚さんの一言で、皆から驚きの声があがる。
「あれ、向井って大塚さんに振られたんじゃないの?確か土屋がそう言っていたような」
「あー、それは」
どうやってごまかそうと考えていると、
「本当は逆で告白したのは私の方からなの」
「「「えっ」」」
大塚さんのさらに追加の一言で、再度驚きの声があがる。
「いや、あの場面で土屋の言うことを否定すると、いろいろと揉めそうな気がして」
と理由にならない言い訳を言ってみたが、
「間違ったことは、ちゃんと訂正しなきゃダメだろう」
「大塚さんにも迷惑かけているじゃないか」
「すいません」
お叱りに素直に謝罪する。
「それにしても向井は一度告白されているなら、なんでそんなに驚いているんだ」
「いや1年ぐらい前だったし、その後の球技大会では惨敗したところを見せたし、もう嫌われたかと」
その瞬間、清水さんの表情がいきなり冷たいものになった。なにか間違ったか?
「あんた、好き嫌いが球技大会で活躍したかどうかで変わるとでも思っているの?」
「小学生じゃあるまいし、そんなわけないでしょ」
清水さんと河合さんからの容赦のない突っ込みが入る。
「ちょうど審判を大塚さんがしてくれたんだけど、すごい不機嫌そうな表情だったし」
一応、弁解を試みてみる
「それは相手が元卓球部で容赦なかったからだよ」
「社会人にまでなっておきながら、恋愛観が小学生レベルってどういうことよ」
「社会人でなにやっていたのよ」
もはや何も反論できない…
「とにかく、二周目はリセットして考え直すことにするよ。大塚さんのことも含めて」
この話については、これでおしまいにしようとしたのだが、
「ちょっと待って」
今度は河合さんからストップがかかる。
「ストップをかけるということは、河合は初心貫徹すべきってこと?」
「そうじゃなくて、私も立候補したくて」
「立候補って?」
「向井の彼女にきまっているじゃない」
「「えっ」」
河合さんからの衝撃の一言で、驚きの声が…と思ったのだが驚いたのは俺と池田だけのようだ。
「あれ?なんで皆は驚いていないんだ?」
「あほか、普段の河合さんの行動を見ていれば、うすうすわかるだろう」
緒方ですら気づいていただと、と驚いていると。
「ひょっとしてお前気づいていなかったのか?」
「お前、恋愛については本当にダメダメだな」
緒方と小野にダメ出しを食らってしまう。いや池田も気づいていなかったみたいで、ガッカリとした表情になっている。
しかしいきなりの展開すぎて、どうしたら良いのかさっぱりわからない。確かに例のオーケストラアニメの主人公もヒロイン二人から好意を寄せられて悩んでいたが、その手の主人公になりたいわけではないのだ。タイムリープでヒロインひとりとラブラブになる展開が希望だったのだが。
「茜はどうするの?向井が好きだったのは茜だったみたいだけど」
「情報が多すぎて、どうすればいいのかわからなくて。向井君が好きなのは、私じゃなくて唯と春奈だと思っていたし」
清水さんが本山さんに話をふったが、本山さんは混乱しているようだ。まぁいきなりタイムリープとかの話をしても、普通は理解できないよね。
「確かに噂では、向井は1学期の最初に茜、夏休みに唯、2学期に春奈、3学期に再び茜にアタックしたことになっているよね。」
「えっ、そうなの。なんか酷い奴にしか見えないんだけど」
「勉強を教えたのが、告白のためだったということになっているからね」
「なんで勉強が告白のためになるんだか」
「普通、あんなに丁寧に教えないでしょ。下心とかない限りは」
なんでSNSがないこの時代に噂がそんなに広がるんだよ。それに高校生ぐらいだとすべてが恋愛にすぐに結びつくのをやめてほしい。あー、でも本山さんには下心付きで勉強を教えようとしたな。間違っていないや。
「それで向井はどうするんだ?河合さんと大塚さんのどっちにするんだよ」
「予想外の展開でどうしたらいいのか…いずれにしてもちゃんと考えてみるよ」
でも、どちらかに決めるなんてできないような。いっそのこと前から思ってくれていた大塚さんにするのが良いのか…なんてことを考えていると
「唯の方が前から告白していたからというのはナシだからね。ちゃんと二人を見て決めてね」
「わかったから。ちゃんと考えるので、少し待ってほしい」
河合さんが俺の考えを見透かしたように釘を刺してきた。ほんとうにどうするんだ?ダメダメだった高一から、高二で二人から好意を寄せられるとか、なんでこんなに状況が激変するんだ?極端すぎて、どうすればいいのかさっぱりわからない。
といってもクラスも部活も違うので学校ではあまり話をする時間を作ることができない。ただでさえ別クラスの生徒が来たら目立つのに、河合さんと大塚さんの両方に会いにったら二股と噂されるのは確定である。しばらくは、これまでどおりに週一回の勉強会で話をするぐらいであった。