第1話:タイムリープ
「やっと頂上についた。今日はアルプスもよく見える」
今は4月中旬のまだ寒い時期だが、ハイキングにはいい時期だと思う。夏頃にはかすんでしまう遠くの山々もクリアに見える。
向井 拓也 アラフォー 独身、趣味は登山。登山といっても本格的なものではなくてハイキングレベルだが、それでも1000mぐらいの標高差を登るとかなり体力を使う。今の世の中にはいろいろなスポーツを楽しめるが、登山には競争がないのがいい。ただ山にくると無心になって心が解放されるというなんてことよく聞くが、自分の場合にはいろいろと考え事をしてしまって全く無心にはなれない。つい先ほども、少し前に見たアニメを思い出していた。それは高校のオーケストラ部を舞台としたアニメで、演奏というのがメインテーマではあったけど、もちろん恋愛のシーンもあって主人公は二人のヒロインから好かれるという、まさに主人公らしいモテぶりであった。ただ印象に残ったのは、主人公やヒロインではなくて教師役の一人が言っていた「もう一度、高校生に戻りたいなぁ」というセリフであった。
自分はそこそこ勉強はできる方だったので、国立大学を経て一部上場企業には就職できていた。なのでいわゆる独身貴族状態で、生活が苦しいというようなことはなかった。独身貴族を謳歌している人達は、あえて結婚していないという人も多いようだったが、本当は彼女を作りたかったし、結婚もしたかった。
これまで出会いがなかったわけではないが、話下手ということもあってか、もしくは勇気が足りなかったのか知り合いから彼女に発展するようなこともなく、彼女いない歴=年齢のままアラフォーになってしまった。高校時代も全くモテることもなく、彼女のいない3年間だったが、それでも好きな女の子はいた。高校一年のときに同じクラスだったのだが、親しくなることもできないまま高二で別のクラスになってしまい。高三の後半になって同じ部活に入っていた友人に仲介をお願いして、やっと話ができるようになったものの卒業。大学に入ってからも時折連絡はしていたが、相手側に彼氏ができたところで諦めて終了という実に情けない結果に終わった恋であった。もう一度、高校生に戻って二周目の高校生活を送れたら、今度は付き合うことができるのであろうか?
「天気も悪化してきそうだし、そろそろ下山するか」
気が付くと遠くの空に黒い雲が見えてきていた。まだ大丈夫かなとおもいつつも少し早めに下山する。もう少しで駐車場に到着するころになって、ゴロゴロと音が鳴りだしてきた。もし高校時代に戻れるのなら…高校一年から積極的に話しかけて親しくなっていれば、全く違った人生になっていたのかもしれない…もう一度高校生に戻って、あの時好きだったあの子と付き合えたら!と思ったのと同時にものすごい轟音と目もくらむような光が見え意識が途切れた。
□◇□
頭にガンと痛みがはしったところで目が覚めた。
「そうだ、雷!」
と叫びながら立ち上がると、登山道にいたはずなのになぜか部屋の中にいることに気が付く。しかもなにやら学生ばかりのようだ。これはひょっとすると学校の中なのでは?学生たちは皆クスクスを笑っている。なにやらうけているらしいが、アラフォーのおじさんが学校の中にいたら警察に逮捕されるのではないだろうか?と思っていると、
「向井!ホームルームとはいえ居眠りとはいい度胸だな!」
という声が後ろから聞こえてくる。振り向いてみると、小太りのおじさんが立っていた。どうやら先生のように見える。そういえば、高校のときの先生がこんな感じだったような…
「とりあえず、座れ。今度は寝るなよ」
といって前の方に歩いて行った。とりあえず座りながら今の状況を考えてみる。たしか登山の下山中に落雷にあったような気がするが、今はなぜか高校の教室の中にいる。う~ん。全然わからん。ふと自分の服を見ると、なぜか学生服を着ている。おっさんが学生服なんて痛いところではないのではないだろうか?などと考えているうちにホームルームは終わったらしい。時間的に今日の授業はこれで終了のようである。
「おまえ、ホームルームとはいえ寝るとは大物だな」
と前にいた奴が振り返って話しかけてきた。どうやら自分も学生と思われているようなのだが、
「すまんが鏡を持っていたら貸してくれないか?」
と聞いてみると、
「いや持ってないな。隣の女の子なら持っているんじゃないか?」
確かに男だと鏡とかを常には持っていないかもしれないな。しかたがないので、隣の女の子に鏡を貸してくれるようにお願いすると、すんなり貸してくれた。
「俺が若いっ!」
鏡に映った顔は、まさに高校ぐらいの若い自分だった。アラフォーの顔とは全然違う。
「何言ってんだお前。まだ寝ぼけているのか?」
いや、これは驚くだろう。クスクスと笑っている隣の女の子にお礼を言ってから鏡を返すが、特に警戒心は持たれていないようだ。どうも俺は高校時代に戻ってきたらしい。これは小説によくあるタイムリープというやつか。確か小説のタイムリープといえば、ヒロインとラブラブになるのが定番だったはず。ということは…
「向井、部活に行こうぜ」
と別の奴が話しかけてきた。声のする方を見てみると、これまた若返った緒方、池田と小野がいた。この三人は高校では俺と同じボート部に所属していて、卒業後もつきあいがあった奴らだ。三人は中学が同じだったらしく、いつもつるんで行動していた。俺は三人とは中学は別だったが、なぜか仲良くなれていたのだ。まぁ緒方と小野は女の子とモテない感じが俺と似ていたから仲間意識が生まれたのかもしれない。
「おー三人とも!髪がフサフサだな!しかも若い!」
と思わず言葉が漏れてしまう。
「何をわけわからないことを…」
「いいかげん目を覚ませ。」
「漫才やっていないで部活行くぞ」
うん、これは高校時代にタイムリープしたということで確定だな。今後どうするべきかなどいろいろと考える必要があるが、とりあえず今は部活に行くことにした。
□◇□
高校に戻ってから一週間ぐらいたった。なぜ戻ってきたのかとか、どうすると元に戻れるのか?などいろいろと考えたが、さっぱりわからない。というわけで、そのあたりのことはきっぱり考えるのはやめて、もっと重要なことを考えることにした。まぁ元にもどれるかどうかが一番重要な気もするが…
とにかくタイムリープといえば推しや上司もしくは幼馴染とラブラブになるのがテンプレだったと思う。ということは自分もタイムリープしたということは、好きだった女の子と付き合えるようになれるのではないだろうか?
高校時代に好きだったのは本山 茜さんで、背は低めで美人というよりはかわいい感じの女の子だ。どちらかというとおとなしい雰囲気だったが弓道部に所属していて運動も得意だった上に、学校内の合奏大会でもビアノを弾いていたりと、容姿端麗・文武両道のハイスペックな女の子だ。高校一年の時だけ同じクラスで、その後は別のクラスだった。タイムリープして付き合えるかもとはいっても、こんなモテそうな女の子に相手にされるかどうかは不安もあるが、せっかく高校時代に戻ってきたのだ、ここは定番を信じてがんばってみるしかない。
といってもいきなり告白してもさすがに無理だろうから、まずは少しづつ話しかけるところから始めることにした。
□◇□
翌朝、まずは朝の挨拶からだ。本山さんの席に近づいて、話かけようとしたところで急に緊張してきた。ただおはようを言うだけなのに、なかなか声がでてこない。これまで話かけていなかったのに、いきなりなんの脈略もなく朝の挨拶をしようとしているのだから、緊張するのも無理ないか。しかし、席に近づいて何もせずに立っていると不審者のようになってしまう。二周目でここで怖気づいてしまっては、先に進めない。なんとか勇気を振り絞って、声をかけた。
「おはよう、本山さん。今日もいい天気ですね」
自分で言っておいてなんだが、二周目の高校生なら、もう少し気のきいた言葉をかけろよと思ってしまう。といっても他に思いつく言葉もなく、アラフォーといえども、しょせんはモテない独身ということか…
「え、あぁ向井君。おはよう」
とにっこり微笑んで本山さんは挨拶を返してくれた。うん、かわいいさ満点だ。それじゃ、と言いながら、やりとげたと思いながら自分の席に向かった。本山さんはクラスでは一番後ろの席なので、まだ話しかけやすかった。これが真ん中あたりだったらちょっと無理だったかもしれない。
「おまえ、本山さんにだけ挨拶してなにかあったのか?すごい不自然だったし」
ボート部三人組の一人の池田が話かけてきた。ちょうど後ろを歩いていたらしい。こいつはボート部には珍しいイケメンである。
「え、そんなに不自然だったか?」
「なんかすごい緊張した感じが伝わってきたぞ。その割におはようしか言わないし」
「朝の挨拶って緊張するよな?」
「そんなわけあるか」
いや、モテるお前は日頃から女の子と話しをしているから簡単なことかもしれないが、俺にとっては挨拶もハードルが高いんだよ。しかし、こんなんで親しくなっていけるのだろうか?
□◇□
それでも、この一か月ぐらい俺は頑張って声をかけ続けた。そうコツコツとした積み重ねが重要なはずなのだ。一応、距離を縮める切り札のようなものはある。一周目の高校時代のときに好きな音楽アーティストの名前は聞いている。その時には自分もアルバムを聴きこんで、同じ話題ができるようにしたものだ。幸いにも、そのことはちゃんと覚えているので、この話題を出せば行けるはず。と思っていたのだが…
「最近、向井は本山にやたら話かけているけど、罰ゲームか何かなの?」
と本山さんに話かけようとしたところで、その隣の女の子に言われてしまった。
「いや、罰ゲームとかそういうことではないです。」
「それにしても、突然にやたら話しかけるようになるなんておかしくない?」
確かに、入学してしばらくしたある日から、ことあるごとに話かけるようになったのだから、はたから見れば不自然だったのかもしれない。自分はタイムリープで戻ってきていたので、全然気づいていなかった。
「いや私は大丈夫だよ」
と本山さんは優しくフォローしてくれるのだが、
「でも、どうみても裏がありそうじゃない?」
と隣の女の子からの厳しい指摘が続く。まぁ確かに裏というか親しくなりたいという下心はあるから否定できない。
「とにかく罰ゲームとかいたずらとかそういうのではないから。ただあまり話しかけすぎても迷惑になりそうなので、少し控えめにするよ」
「まぁそういうことなら」
ということでなんとか隣の女の子に納得してもらった。
あれ?タイムリープで無双して好きだった子と親しくなれるんじゃないの?親しくなるどころか早々から控えめにすることになったんだけど!タイムリープの定番はどこに行ったんだ?