【なろう小噺】ステータスウィンドウで文明チートを目指す
草木も疎らな険しい高地を行く、学僧ふたりと、ロバ一頭。ロバには荷物と、大きな文箱が積まれている。
「こんな辺境の山奥に我々が行かされるとは」
「仕方あるまい、これも聖行のうちだ」
大陸の覇権を狙う王国は、まず少しずつ周辺諸国を蚕食することにした。そのために国教を支援。宗教の力により、国境の村々から懐柔する計画を立てた。そうすれば密かに王国兵を駐留させることもできるだろう。
つまり彼らは布教僧であり、王国侵略の先兵。ロバの文箱に入った経典は、剣も同然であった。
「地図によれば、そろそろ到着してもおかしくはないのだが……」
王都を出て、はや何十日か。越えた尾根は幾十になるか。
もうひとつ、丘を越えたところで、遠くの谷間に煙の立つのが見えた。
「あれが、例の村ではありませんか!?」
近づくと、なるほど土壁に藁葺き屋根の、十戸にも満たない小さな村だ。
山奥にしては牛馬はそれなりにいて、豊かな方かもしれない。
「どうせ無学な蛮人どもでしょうに」
「こらこら、説法の際は見下した態度は見せぬようにな」
「わかっていますよ」
学僧たちは畑仕事をしている老女に声をかける。
「失礼、ご婦人。我らは都から来た僧だ。ここで有り難き教えを説きたい。村長に取り次いでくれないかな」
「おやまあ、都から! 待ってくれんかい?」
そうして彼女を使いとし、自分たちを村に迎えさせる。話はトントン拍子に進んだ。
貧しいながらも歓待を受け、すぐにでも人を集めての説法を行うことになった。
その夜。集会所には、数十人、村中の人間が集められていた。
弟弟子は今にも「田舎者どもめ」とでも言いそうな眼をしているが、さすがに口には出さない。
「よいですか、神に従えば心の平穏を得られるのです」
早速、説法を始めたが、どうも村人の耳には入っていない様子だ。雑談ばかりで騒がしい。仕方ない、しょせんは確かに田舎者ども。神の与えた栄光が分からないのだ。
「では実際に神の恵みをあなたたちにご覧に入れましょう」
「なんだ、なんだ」
いったん、聴衆たちの注目を集める。そして聖句を唱えた。
「ステータスウィンドウ、オープン」
すると僧の頭上に、燐光を放つ枠が生じた。中には、やはり燐光を放つ文字が描かれている。
古来より、ある秘技を伝えた一族がいた。「ステータスウィンドウ、オープン」という聖句を唱えると、中空に文字が現れる。原理は分からない。ただこれは神の与えた奇跡だと一族は信じた。
彼らの教えはやがて宗教となる。目に見える奇跡に、その宗教は王国内で国教としての地位を揺るぎないものとなった。
「どうです、これこそ神の奇跡」
どうだ、この非文明人どもめ。猿のように驚くがいい。
「そして描かれた聖句こそ、我らの運命を示す啓示なのです」
まあ何と書いているか、一字すら読めないだろうがな。ありがたがれ。
「つまり我らが教えに従い、聖句の啓示を受ければ、あなた方も神の恩寵を得えられ、る……」
最前線にいた小汚い中年男は、大あくびをしていた。
「で、ステータスウィンドウがどしたん?」
次の瞬間
「「「ステータスウィンドウ、オープン」」」
村人たちが一斉に自分のステータスウィンドウを勝手に開いてゆく。
「おっ、おまえ筋力が上がっとるげ」
「生命力が下がっとるのう」
「酒の飲み過ぎや。敏捷も上げんと」
「お父、ほれワシの知力が高こうなって」
「さすがやなあ」
ステータスウィンドウを開いたことにも驚いたが、問題はその後。ウィンドウの内容について語る村人たちに、学僧は驚きを越えて恐怖を感じていた。
ウィンドウに描かれた文字、すなわち聖句の内容を解読するため。協会は百年の時をかけた。
すると、労苦には対価を求めて当然。王国では貴族が聖句の一文字を教えてもらうのに、金貨が必要となる。
それだけ聖句は協会における、秘奥中の秘奥。それなのに
「なぜ貴様らは聖句を読めるのだ!?」
震えながら僧の問いに、村人たちは何を言っているのかと、きょとんとする。
「村のモンなら子供でも読めらあ」
一人の老人が答えると、大爆笑が起こった。それもそうだ、当然だと。
笑い声に僧はまず、頭に血が上った。聖なる教えを愚弄する蛮族どもめ。だが、その教えをなぜ蛮族が知っているのか。次の瞬間には血の気が引いて、得体の知れぬ連中が恐くなってきた。
するとこの場所にいられなくなり、僧は逃げ出した。
「し、失礼する!」
「待ってください、先輩」
彼らはロバも、積まれた文箱も、手荷物すら置き去りにし、一目散。村を出て、まだ真夜中の山へ駆けてゆく。
「変な坊さんらやな」
村人たちにしてみれば、意味が分からない。
すると、一人の子供が村長の手を引く。
「なあ、そろそろ俺にも言葉を教えてくれや」
「確かに坊主もええ年か。頃合いかもな。よう見とけよ。ステータスウィンドウの、下にある三角を押してみい」
言われて子供が自らのステータスウィンドウにある記号に触ると、ウィンドウの内容がさっと変わった。
すると村長は子供のウィンドウを覗き込み
「じゃあポイントが……ぎょうさん溜まっとるな。『共通語読解』を習得っと」
「おお、読める。ウィンドウが読めるで!」
「これはな、スキルウィンドウ言うんや。覚えとき」
王国協会ではステータスウィンドウを秘伝、聖なるものとした。そのため聖句を教えてもらうにも、大金が必要。いたずらに触ることすら、禁忌としていた。
だから簡単なことにも気づけなかった。まさかステータスウィンドウの下に、他のウィンドウがあるとは。
聖なる教えを読めるのが自分たちだけ。自分は優れているのだから、どうせ他人は劣っているに違いないという傲慢。
まさか自分たち以外にもステータスウィンドウの開き方を知っていて、しかも自分たちより多くの機能を知っているとは、思いもよらなかった。
スキルウィンドウの存在を知らないまま、かくして王国は周辺諸国へ宣戦布告。兵士ひとりひとりの質で劣る王国は、あっという間に劣勢に追い込まれた。
そのことに気づいたのは、王と国教が威信を失ってからの話だ。
それ以前の問題として、村に訪れた学僧が残した文箱はその地の代官から、領主へ、そして隣国の軍へ送られていた。
王国が宣戦布告する前から、侵略の意図は暴かれていたのだった。
もしあの学僧が村から逃げなければ。逃げずに村人たちと語り合い、スキルウィンドウの存在を知っていれば。あるいは王国の衰亡の、そこが分水嶺だったのかもしれない。
夜の山へ逃げた、学僧ふたりの行方は誰も知らない。