第1章ー4
(思い出した。私、お酒に酔って隣に座った人と・・・え、でも結局、どうなったの?)
そこから先の記憶がない。
でもここは明らかに彼女の部屋ではない。
それどころか、とても豪華でまるでお貴族様の家みたいだ。
シーツや枕カバーにあるロゴマークはどこかで見たことがある。
部屋の中を見渡しどこだったろうかと考えていると、ガチャリと扉が開いた。
「あ、えっと・・・」
隣の部屋から頭にタオルを巻いて、上半身裸の男性が現れた。
少し日に焼けた肌、筋肉質の体に思わず見惚れる。冒険者ギルドなんかで働いていると、屈強な体をした人なんてゴロゴロいるものだが、裸まで見ることは滅多にない。
「カ、カラレス・・さん?」
マリベルがその人の名を呼ぶ。彼はギルドに登録している冒険者の一人だった。
フェル=カラレスは冒険者の一人。三年ほど前から冒険者として時折やって来る。
月に一回ふらりとやってきて依頼をこなし、またどこかへ行ってしまう。というのを繰り返していた。
ギルドでは一度冒険者登録しても、月に一度何らかの依頼をこなさないと、登録が抹消されてしまう。
国内には支部がたくさんあるので、どこで依頼を受けてもいい。その記録は冒険者登録カードに登録されるから。
だが、カードの記録を見ると彼は他の支部には行かず、マリベルのいるここでだけ依頼をこなし、また登録抹消ギリギリにやってきてはまた立ち去る。
月に一度の依頼だけの報酬では、もちろん食べてなど行けない。
他に本業があるんだろう。
そんな噂が受付の間で囁かれていた。
農民も農閑期には副収入のために冒険者として働いたり、人足なども薬草採取などで兼業したりする人もいるので、それ自体珍しいことではない。
でも、フェル=カラレスという人物は、その風貌や出で立ちから農民でも人足でもない気配がする。
アッシュブロンドの短い髪とブラックオパールのような色んな色の混じった瞳に、少し日に焼けた精悍な顔立ち。
背が高く屈曲な体格ながら身のこなしは洗練されていて、どこか貴族のような雰囲気を醸し出している。
どこかの貴族か王族なのでは?という憶測が飛び交い、彼が現れると女子たちが色めき立つ。
ただ、本当のことを知る者は誰もいない。
この三年ほどで彼が口にした言葉は、張り出された依頼の紙を受付に持ってきた時の「これ」。
依頼を終えて戻ってきた時に差し出す、任務達成の証拠品を出した時の「終わった」。
報酬をもらった時に「ありがとう、また」という三パターンのみ。
誰かが話しかけても殆ど無視。
必要以上のことを話すと死ぬ呪いでも掛かっているのかと思うくらい、無口な人だった。