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恋人は謎多き冒険者  作者: 七夜かなた
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第4章ー6

薬草を花束にしてフェルが贈ったと聞いて、副団長は目を丸くしてフェルを見た。

文句あるのかと、言いたげな表情でフェルがそれを睨み返すのをマリベルはヒヤヒヤした思いで見上げ、彼の腕に軽く触れた。

それに気づいたフェルが此方を見て、ふっと顔の強張りを解いた。


「え、花じゃなく薬草? それってありか? そんなこと嫁にしたら、馬鹿じゃない?って突き返されるわ」


キャスと名乗った方が呟く。

え、あんた結婚できてたの?と受付一同心の中で驚く。


「い、いいじゃないですか、薬草、珍しいものばかりだったし、実際ギルド長もスゴイって褒めてくれたし、薬師さんは喜んでくれました。何より私の健康を気遣ってくれたんです。もらった私が嬉しかったんです。それでいいでしょ」

「お、おいおい、そうムキにならなくても…悪かった。そっちの兄ちゃんもごめんよ。兄ちゃんが羨ましいわ。理解のある恋人で…俺の嫁に爪の垢飲ませたいよ」


キャスが自分の発言について謝った。


「わ、わたしこそ…」


自分が変にムキになったことが恥ずかしくてマリベルは顔を赤くした。フェルがどんな顔をしているのか照れて見ることが出来ない。


「薬草…ね。貴女が喜んだなら、それでいいですけど…なかなか独創的な贈り物です」


副団長が笑いを堪えているのがわかり、マリベルは慌てて付け加えた。


「で、でも後でちゃんとした花もくれました。に、二回も…」

「え、そうなの、マリベル」

「知らなかったわ。フェルさんやるわね」

「そうですか…良かったですね」

「は、はい」

「まあ、贈り物なんて所詮は贈る側の気持ちが籠もっていて、受け取る側が喜んでくれるなら、何でもいいんでしょうけど…いい彼女ですね」

「……あ、ああ…当然だ…彼女は可愛くて優しくて素敵な女性だ」

「フェルさん…皆の前で、そんな…」


偽装恋人なのに、そんな風に言われたら本気にしてしまいそうだ。魔導騎士団の副団長に取ってはいらない情報だろう。


「こっちが当てられてしまいました。これ以上熱くなる前に退散します。では、先程の件、ホテルのフロントに話を通しておきますので、後で持ってきてください」

「わかりました」


副団長は去り際にフェルの肩を叩いて、何事か耳打ちして去っていった。


「副団長さん、フェルさんに何て言ったの?」


言われた書類を持ってクロステルに向かうマリベルに、フェルがついて行くと言ってくれたので、二人で道を歩いていた。


「あ、ああ…その…大事にしろ、ちゃんと守れって」


繋ぐ手に少し力を籠めて、フェルが流し目を寄越す。そのブラックオパールの瞳に、温かい気持ちが見えた気がして、マリベルの心臓がトゥクンと跳ねた。


(だめ…わたしたちは偽の恋人で…彼にはずっと守りたかった人がいるのに…)


彼へと傾きかける気持ちを、マリベルは必死で立て直そうとする。これ以上はだめ。偽装を頼んだのはマリベルだが、一度撤回した上で彼の好意で成り立った関係に、終わりを告げるのはフェルだと思っていた。


クロステルに着いて、フロントに名前を告げると、マリベルたちはすぐに最上階へと案内された。付き添いのフェルも何も言わず通してもらえたのは、副団長がホテルにきちんと話を通しておいてくれたからだろう。


「ありがとう、確かにいただきました。悪かったね、わざわざ」

「いえ、仕事ですから」


通された部屋は数日前、マリベルが目覚めた部屋だった。ちらりとフェルを見る。彼もあの時のことを思い出しているんだろうか。


「早速今夜目を通させてもらう」

「はい、では失礼します」

「ああ、またね、マリベルちゃん、これからもよろしく」


別れの挨拶をする際、副団長はマリベルの名前を呼んだ。すると、ピクリとフェルの肩が揺れた。


「おっと、彼氏の前で馴れ馴れしすぎたかな」


副団長は今にも吹き出しそうに口元を押さえ、ごめんごめんと謝った。


「い、いえ…それでは」


頭を下げてフェルと一緒に部屋を出た。


「馴れ馴れしい…」


戻る廊下でフェルがブツブツと言っている。まるで嫉妬しているみたいだと思い、慌ててその可能性を振り払った。


「今夜は何が食べたいですか?」


クロステルからアパートまでの途中に市場がある。昨日は魚だったからやっぱり肉かな…そんなことを思いながらマリベルは訊ねた。


「それが…今夜はこの後用事があって…すみません」

「そ、そうよね。ごめんなさい」


何故かマリベルの気持ちは萎んでしまった。

ここ数日二人で夕食を食べていたから、てっきり今夜もそうだと思いこんでいた。

考えてみれば、これから危険な任務に就かなくてはいけないなら、彼もマリベルとではなく、大事に想っている人の所へ行って一緒に過ごしたいに決まっている。


「あ、それじゃあ、もう行ってください。私は一人でも…」

「いえ、マリベルさんを無事に送り届けるのは、俺の義務ですから」


義務・・その言葉にマリベルの心臓が締め付けられた。


(義務…そうよね)


その後マリベルは黙って下を向いたまま歩き、部屋の前でお礼を言って別れた。

また階段を降りていく彼の背中を、マリベルは切ない気持ちで見送った。

エミリオに騙されていたことを知った時は怒りしかなかった。

けれど、今は…


(苦しい)


胸をギュッと押さえてマリベルは込み上げる涙をぐっと堪えた。

その夜は、一人で食べることが耐えられず、何も食べないで早目に寝てしまった。

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