第2章-4
「な、なんですって!」
「なんだと!」
病原菌呼ばわりされれば誰だってそうなるだろう。二人は目を剥いて叫んだ。
「おまえ、C級のくせに、ちょっと顔がいいからって、いい気になるな」
フェルの顔がいいことは認めているらしく、顔が自慢のエミリオはそれが余計に腹立たしいようだ。エミリオがフェルに食ってかかる。
「あなた、マリベルを気にかけているようだけど、彼女と何かあるの?」
プリシラがフェルとマリベルを見比べ、意地悪く微笑む。
「まさか、あなたたち付き合ってるの?」
「そ、それは…」
マリベルは答えに詰まる。一度はそう持ちかけたが、すぐに無かったことにしてくれとお願いしたばかりだ。しかし、ここでそうだと言えば、エミリオとプリシラの言いがかりに対して、事実無根だと訴えられるのは間違いない。
でもそれはむしが良すぎる。自分の都合で彼を振り回すことになる。それは流石にいい加減にしろとフェルも怒るだろう。
「どうなの? その草もプレゼントなの?」
クスクスとプリシラは笑いながら更に追求してくる。
彼女はマリベルがエミリオと付き合っていると、この前まで思っていたことを知っている。
もしマリベルが「そうだ」と言っても、それにフェルが同意するとは思っていない。
「恋人だ」
フェルがそう言った瞬間
「何を騒いでいる」
大きな声でそう言って現れたのはギルド長と副ギルド長だった。
「受付で騒ぎがあると聞いて来たのだが、どうなっている」
新しいギルド長のラドリア=ルヴォリは元冒険者らしく体格もよく、姿勢も良くて無理に張り上げているわけでもないのに、よく声が通った。
「エミリオ、ギルド長が質問されておられる、答えろ」
副ギルド長のマルセロ=イクリが丸眼鏡を押し上げてエミリオに声をかけた。
彼は強いものに弱く弱いものに強い。加えて男尊女卑の考えが激しく、受付のマリベルたちには厳しい。
だからこの場で彼が唯一話しかけるのはエミリオしかいない。
「は、はい。実はこの男、C級のくせにA級の俺に楯突いてきたんです。それで少し教育的指導を」
エミリオがすべてフェルが悪いとばかりに彼を指差す。
ギルド長と副ギルド長がフェルに視線を向ける。
「君はC級冒険者なのか?」
ギルド長がフェルに尋ねるが、彼は視線を反らし答えようとしない。
「おい、どうなんだ! ギルド長の質問に答えろ」
イクリが返事を迫る。堪りかねたマリベルが、「フェルさん、答えて」と声かけると、フェルは面倒くさそうに無言で頷く。
「こいつ、ギルド長に何て態度を」
「こんなやつなんですよ、副ギルド長。だから俺が礼儀を教えていたんです。それで熱が入ってつい大声を出してしまってすみません」
「フェル…家名は?」
ギルド長がエミリオの説明には耳を傾けず、じっとフェルを見て尋ねた。
「フェル=カラレスです」
フェルが答えるより先にエミリオが言った。
「カラレス…どこかで会ったことがあるか? 王都のギルドにも出入りしていたか?」
「……」
「おい、答えろ」
「生意気だぞ」
エミリオとイクリが二人でフェルに返答を迫り、その態度を嗜める。
「フェルさん、答えてください」
「いいえ」
またもマリベルが諭すと彼は口を開いた。
「失礼なやつだ。そう思いませんか、ギルド長」
イクリがあからさまに媚びへつらう態度を見せる。
それには受付のマリベルたちも呆れてしまう。
陰でギルド長の悪口を言っているのを知っている者は皆、そう思っている。
「指導と言ったな。それは誰に対する礼儀を言っている」
ギルド長がエミリオに問いかけた。
「も、もちろん、A級の俺に対して」
「どのような礼儀だ? ランクは強さや能力により決められるもので、君も彼も同じ冒険者だ。同じ冒険者同士にそのような指導が必要なのか。彼が君のことを侮辱でもしたのか。だとしても、ギルドの受付で騒ぎを起こすのはいただけないな。他の冒険者に迷惑だ」
「そ、それは…」
ギルド長の反応が思ったものと違い、エミリオは明らかに戸惑っている。
あ、この人公正でいい人だ。
そう思ったのはマリベルだけではなく、受付の皆の顔にもそう書いてあった。
ランクが上がると冒険者は下位ランクの者を見下したり、ランクの低い依頼を馬鹿にする。
でもどんな依頼でも、それを依頼した者が困っているのは同じだ。報酬だって、なけなしのお金を出している人だっている。
フェルはライセンス更新という目的だけど、そういう依頼を嫌な顔をせず請け負う人だった。
地味だけど、それで何人もの依頼主が喜んでいた。
マリベルの父も、派手な討伐だけでなく、そういう依頼をこなす冒険者を大事にしていた。
そして新しいギルド長も、ランクに関係なく冒険者を大事にしてくれる人だとわかった。
反対にイクリはC級でようやく人扱い。E級以下はゴミだと思っている。
「侮辱ですよ。私達を病気の感染源みたいに」
「君は誰だ?」
エミリオの横で声を上げたプリシラをギルド長は厳しい視線を向けた。
その凄味を増した視線に、彼女はヒィッと小さく悲鳴を上げた。