婚約破棄チャンス! ~第二王子のあなたは第一王子の失態を利用する~
こういう人、出て来そうな気がするんですが……。
王宮で事件が起きた。
「お前との婚約を破棄する!」
整った顔を歪ませて、王子は公爵令嬢に言い放った。彼の横には、彼に抱きつく美少女の姿もある。
「この子を見ろ! お前はこの子を陰湿な方法でいじめ、時には暴力を行使し、嘘を広めて貶めた! そんなことをする愚かな女など、王族である私の婚約者に相応しくないのは明らかである! お前のような悪女は王族権限で公爵家から離脱させた上で、即刻処刑してやろう! 恨むなら自分の犯した数々の暴挙を恨むんだな!」
「そっ、そんなっ!」
一方的に責められた公爵令嬢は、身に覚えがないといった風に見えた。
「その女を捕らえよ!」
王子が兵士達に命じたこの時――、あなたは絶好のチャンスだと確信した。
「その必要はない!」
あなたも兵士達に声を飛ばした。そして王子のほうを見る。
「要らないと言うのなら俺が貰うよ、兄さん」
第二王子のあなたはそう伝えて、悪役令嬢の汚名を着せられた彼女の手を引いた。
あなた以外の全員が唖然としていたが、あなたは構わず公爵令嬢を連れ去った。
■
「これから国外に逃亡する。いいね?」
「……どうして、私のことを助けて下さったのですか?」
済まなそうに尋ねてくる公爵令嬢を、あなたは見た。彼女の真っ当な表情を見るだけでも、兄が判断を誤ったのだと分かる。
「この国は、あの少女の姿をした魔女に操られ、近いうちに大変なことになるだろう。俺はそのことを進言したが、取り合ってもらえなかった。だから今回のことは、ちょうどいい機会だったんだよ」
「そうなのですか……」
「それに、他人をいじめるような最低なご令嬢でも、処刑から救ってあげたら、さすがに恩を返そうとしてくれるだろ?」
公爵令嬢が無実なのは、すでに独自調査で調べがついている。にもかかわらず、あなたは彼女に説明した。
「私が最低なのは否定しませんが、私は神様に誓って、あの方をいじめてはおりません」
「ああ、そうだよ、知っている。君は潔白のご令嬢だ。つまり、美しく、内面も美しい。それなのに処刑を言い渡されてしまった君と逃げるほうが、堕ちて行く国の王族として留まるより、よっぽどマシだと判断した。だから、君が気に病むことは全くないよ」
「ありがとうございます」
「……一つ、言ってもいいかな」
「なんでしょう?」
「君を愛している」
これが一番の理由だった。
■
その後、あの故郷の国は美少女の姿をした魔女に王位を乗っ取られた。第一王子の兄は、魔女の奴隷のような身分に成り下がったらしい。魔女は隣国に難癖をつけて領土を拡大しようと企んでいるようだが、国を捨てたあなたには関係のないことだ。
あなたは今、隣国の隣国の隣国の民家で、元公爵令嬢と暮らしている。
「あの……私があの時、自分を最低だと貴方様に申し上げた理由を、話してもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
あなたは平民の服を着た美しい妻を見つめる。
「実は私……婚約していた身でありながら、貴方様のことを、ずっとお慕いしておりました」
「……そうか。話してくれてありがとう」
「いえ……」
彼女は頬を染めていた。
あなたはふと思って、彼女を横で抱いた。右手で誰もいない正面の壁を指差す。
「お前との婚約を破棄するっ!」
あなたは彼女のほうを向かず、やはり誰もいない正面に向かって叫んだ。
「……どうされたのですか?」
「いや、一度言ってみたかった。兄さんはよくこんな恥ずかしいことを皆の前でやれたものだな。俺なら、隣にいる君が気になって上手くやれなかったに違いない」
「貴方様……」
「もう一つ、やりたかったことがあるんだ」
あなたは彼女の顔を正面で捉えて……、静かに口づけをした。
「一度、やってみたかった」
彼女のほうは顔を真っ赤にして驚いていたが、
「……一度と言わず、何度でもやって頂けると、嬉しいです」
想いを伝えてきた。
「分かった。約束しよう」
あなた達は幸せな毎日を送っている。
(終わり)
最後まで読んで下さり、ありがとうございました。