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  作者: れいちぇる
第二章 「空と大地の邂逅」
9/82

第九羽 「浮き島の奥」

 目線の先には大地が無く、足元に目をやれば自分よりも遥かに巨大な岩々が小さく映る。体に当たる風は、自らの重みを両足に受けていた時には感じたことが無いほど力強かった。

いつも見ている世界が考えたことも無いほどの速さで流れていくのを見て、少年は言葉を失っていた。

「…そっか」

 少年の脇に両腕を通し、少年の胸の辺りで両手を組んで彼を抱えている女性が顔を少し覗き込んだ後、風の音にかき消されないよう少年の耳元で呟いた。


「これが、羽ありよ」


 少しずつ高くなっていく太陽が、二人の影を眼下の荒地に落としていった。




―9―



 羽ありの女性に抱えられたまましばらく飛んでいった。あまりに崩れ方が激しくて、地上からは上がれそうにない崖のようになったところが多かった。そのため昨日は全容が知れなかったが、今上から見下ろすと十分な広さを持つ平地も数多く残っていることがよくわかる。ただ、建築物と思しき物は何一つ無事に残っていなかった。背が高かったであろう物は半分に折れ、周囲に瓦礫を撒き散らしていた。瓦礫の間からわずかに煙が立ち上っているところもある。

 見たことの無い白い石のような壁を持つ、継ぎ目の無い箱のような背の低い建物があった。継ぎ目が無いとはいえ無数のひびが走っている。その壊れた箱の目の前で羽ありは高度を下げていった。少年を下ろし、再び二本の足を地につき、羽をたたむとしゃがみ込んだ。

「…ちょっと疲れた」

 いつもよりひとり分重かったことは、女性の羽ありには相当な負担だったと想像するに難くない。その様子を見て片羽の少年が大丈夫かと声をかける。

「ごめん、嘘ついた。大分疲れた」

 少年が返答に詰まった瞬間の顔を見て、女性は声を上げて笑い出す。一通り笑ったあとで冗談に決まっている、と笑顔を見せて立ち上がった。笑顔だったが、まだ息を切らせている。

「…寒かったから丁度いいくらい、て思えばいいかしら」



 その白い建物の入り口は透明な板で出来ていた。あのような墜落の後だと言うのに、多少の亀裂や白い筋が入っているが、砕けることなく形を保っている。手をかけるところがなく、少年が色々と触れてみたが開け方はよくわからなかった。軽くノックしてみると、ガラスとは違った音と手触りがする。その様子を見ていた羽ありの女性が少し離れた壁を叩く。叩いた壁の一部が開き、開いたところに彼女が手を入れる。が、何も変化が無かった。

「…だめか。じゃあオートロック外して手動に…」

色々と操作をしていたが開く気配がない。

「ミスリル製だから生体自動認証と精神感応回路は生きてると思うんだけどなぁ」

 少年が聞いたことの無い単語を呟きながら女性は操作を続けた。だが最終的に開けることが出来ないという結論に達したようで、この日何度目になるかわからないため息をついて操作盤から手を離した。

「…動力伝達系が完全に故障してるだけじゃなくて扉がゆがんでるのかしら。鍵を外せても開けられないんじゃ入れないわ…」

 他の入り口を探そうという提案を受け、少年は羽ありの女性とは別に建物の周りを見て回った。一枚の岩をくりぬいたかのように継ぎ目の無いその建物も、落下の衝撃で無数にひびが入っている。広くひび入った壁に少年が手を添えたとき、地面が大きく揺れた。後に続いた大きな音から地震ではなく、この落ちた浮き島のどこかが大きく崩れた振動のようだ。その揺れに驚いた少年が壁から手を離し一歩飛び退いた時、壁の一部が崩れ、人を迎え入れるように新しく口を開けた。

「あ… えーっと…」

その時気が付いた。まだお互いに名を知らない。

「大丈夫だった?!」

上から突然影が射す。見上げた少年のもとに羽を広げた女性が降り立った。怪我はないかと少年の体に触れる。

「よかった。でも早くしないとここも危ないわね。えっ…と」

羽ありも同じことに気が付いた。

「わたしは、エミュール・ビネ。エマでいいわ。改めてよろしくね、すてきな羽なしさん」




……


……


「え? あなたのご両親だけじゃなくて、お二人のご両親も羽なしなの?」

 大口を開けた箱の中に入り、ある部屋の中で少年が見たことも無い道具をいじりながら羽ありは考え始めた。墜落の衝撃からだろう、部屋の中の棚はすべて倒れ、物は散乱していた。

「…0.02%以下? お父さんとお母さんの出会いを含めればすごい確率ね。たしかに羽なし同士の子供でも確率としては百人に四人くらいは羽ありが生まれるけど、分布率から考えればもっと減ってくるし…」

 口元に手をやって考え事をしている女性の顔を少年は覗き込んだ。それに気付いた羽ありは少年と目を合わせ、さらに解説を続ける。

「知ってる? 羽のありなしを決めてる遺伝子は2種類からなって、それは同一DNA配列上にあるのよ。それも近い位置に。羽ありの遺伝子は劣性だから、羽なし同士婚で羽ありが生まれるとしたら両親ともがもともとヘテロで羽遺伝子を持つか、遺伝子の組み代わりが起きないと」

 少年がぽかんとしているのをみてエマは苦笑して話をやめた。

「遺伝子、DNAってわかる?」

 少年が首を横に振る。それを見て彼女は左手で髪をかき上げた。柔らかで繊細な黒い絹が女の細い指の間からあふれでる。一呼吸置くと流れをせき止めていたその指で黒く美しい川の流れを導き、軽く頭を振って少年の目を見る。

「簡単に言えばおじいさんおばあさんの代で羽ありがいなければ、まず生まれ得ないのよ。両親が羽なしでありながらあなたのように羽がある、っていう子は。きっと片羽ということもそれと関係があるんじゃないかしら」

 さして広くない部屋の中で何かを探してあちこちを見て回り、一つの机の上に埋め込まれたような機械のところに行き着いた。黒髪の羽ありが触れると一部が光り、文字が浮かんだ。しばらくしてなんとか動くことを確認した彼女はふたたび機械を操作し始め、それと同じくして口を開いた。

「それに対してハイランドには羽ありしかいないからね。必ず羽ありしか生まれないのよ。そこまではいい?」

少年が縦に頷くのを確認し、彼女は続けた。

「羽ありの方が道具、とくに機械を巧く使えてるでしょ?」

やはり縦に頷く。

「その答えがね、羽ありの持つ遺伝子にあるんだ。ミスリルに感応しやすいの。羽ありの方がね」

 そう言って黒髪の羽ありは機械の操作を中断し歩き出した。彼女の向かう先の壁の一部がうっすらと光っている。その淡い光を放つプレートに手を添える。一瞬彼女の手のひらを中心にプレートの全域に赤く光の筋が走って消えた。


「ちょっと歴史の話をしましょうか。きっとアースの方には伝わっていないと思うから」



 彼女の話が途切れたその時、壁が二つに分かれ道が開けた。






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