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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
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第六十九羽 「奇跡の鍵」




 建築物の狭間に敷かれた路地を舞台に、銀に輝く小型機兵とそれよりも二回りは大きい盾を持つ機兵がたくさんの怪物達と刃を交えていた。怪物達のほとんどは成人男性と同じくらいの大きさだったが、中には盾の機兵よりも大きな物もいた。この怪物の群れの奥には塔がそびえている。それは周りの建造物よりも遥かに高く、まさしく天を突くほどであった。その塔には今なお各所に建機が備えられたままになっており、建造途中の仮の姿である事が分かる。だがかつての威光を取り戻そうとしている浮き島の民達にとって、かつて暮らしたところへ向かって伸びていく塔の姿は誇らしい物だろう。

 怪物達の戦いぶりも鬼気迫っていた。ここを抜かれる事はすなわち彼らの復興の象徴の喉元に刃が届く事に等しい。銀も異形も互いに一歩も退くことなく、争いは激化の一途をたどっていた。機兵の破片がきらめき、屠られた幻獣から煙がくゆる。儚い幻想とうつつの喧騒の狭間において、世界が悲鳴を上げていた。


 突如、異形の群れの間に爆発が起こり、怪物達の指揮が乱れた。その隙を見逃さずに銀の波が一気に押し寄せる。少しずつだが確実に怪物達は数を減らしていった。流れを変えたのは銀色の戦車の砲撃だった。戦車隊は常に市街を駆け回り、怪物の群れに遭遇する度に一撃を与えて陣形を崩す役割を果たしていた。だがしかし戦車隊も万全ではない。銀の巨人の手が無い時は機兵隊では対応しきれない大型幻獣との交戦も戦車隊が担っており、ここに至るまでに受けた損害は決して軽い物ではなかった。

 双方ともに消耗を強いられる厳しい戦局が続いていたが、流れは機械の軍の元へと着実に向かっているように見えた。敵の攻撃は激しい。しかしここを乗り越えればいよいよ中枢に手が届く。もちろんそれを阻止するために怪物の軍隊もより強い戦力を投入するだろう。だが各所に分散していた戦車や機兵は中央管理塔に向かって集結し続けており、その数は時間とともに膨大になっていた。そのため現状であれば高い確率で防衛線を突破可能と予想され、敵の増援がある前に可能な限り速攻をしかける方針に変更はなかった。


 あと一歩。あと一刺しで異形の成す壁を貫けるところで、予想通り銀の軍隊の前に巨大な影が現れた。これまで行ってきた大型幻獣出現時の作戦通り、機兵隊は後方に下がって戦車隊が散開し、空から現れた巨大な幻獣を取り囲み攻撃態勢へと移行した。ところが事態は予想を裏切る惨事となった。

 真正面にいる二台の戦車の砲台が火を噴く前に巨大な幻獣が跳び、押さえつけるように上に乗って前肢に付いた鋭い鉤爪で砲身ごと装甲を切り裂いた。くるりと首だけで横を見ると建物の陰から砲台を覗かせている戦車に向かって、開いた嘴から雷光を放つ。雷を受けた車両は隠れていた壁ごと弾け飛び、瓦礫に埋もれて動かなくなった。

 巨躯に見合わぬ電光石火。他の戦車も獅子のような鷲のような巨大な幻獣に照準を合わせる前にことごとく目を付けられて破壊されていった。

 いつの間にか他の幻獣は居なくなっていた。小型機兵が取り囲み、腕に仕込んだ機銃で応戦する。小さな幻獣に対しては十分な威力であろうが、目の前の相手に対しては文字通りの豆鉄砲。全く効果を示していなかった。巨獣の前肢の一振りでおもちゃのように蹴散らされるが、数に任せて群がって、攻撃の手を止めようとしなかった。ある物は銃撃を続けた。またある物は巨獣の体毛羽毛を掴んでよじ登り、懸命に大きな相手に向かって両手の剣を振り下ろしていたが、いずれにしても効果が全く見られなかった。


 小虫の一つ一つを相手にするのが煩わしかったのだろう。巨獣は群がる機兵を身震い一つで弾き飛ばすと後肢で立ち上がり、両手で強く大地を叩いた。打ちつけられた所から激しい衝撃波が起こり、取り巻いていた蟻のような機兵達はことごとく吹き飛ばされた。

 銀の群れの中でその一撃を堪えた物があった。計八枚の盾を装備している中型機兵、三機である。しかも圧倒的な巨獣の力量を見ても退避しようとせず、三機のうちの一つが盾を組み合わせた防御姿勢を解くと果敢に突撃を仕掛けていった。

 中型機兵と言っても巨獣との体格差は著しい物がある。巨獣が緩やかに右掌を盾の機兵に打ちつけた。瞬時に盾を合せて防御姿勢を取り受け止めた。ドンと大きく鈍い音が立つのと同時に、盾の機兵の槍のような脚が地面に深く突き刺さる。押し潰される事無く踏みとどまったが、脚や体幹、盾を接続するアームの関節から小さな爆発が起こり、火花が散った。手心を加えられてはいたが、やはりその過剰な負荷に耐えきれなかったのだ。しかし完全に活動を停止したわけではない。自由の利く腕を振り上げ、巨獣の手に向かって斬りつけた。小さいけれども確かに傷をつけた。感心したように巨獣は手を離し、二歩後ろに下がった。

 残った二機が防御を解き、片腕を巨獣に向けて伸ばした。腕の先端にある二股に分かれた剣が開き、端が少し放電すると、その間から光の槍が放たれた。連射は利かないようで一発を撃つと次を撃つための力を溜めるまでに時間がかかる。二機がタイミングをずらしながら槍を放つことで互いの隙を小さくしていた。十分なダメージを与えられているかは不明だが、盾の機兵が撃つ槍は確実に巨獣の前胸に刺さっていく。巨獣は避ける事無くそれを受けていた。

 怯まず攻撃を続ける姿に鼓舞されたように、先程の衝撃波で吹き飛ばされていた小型機兵達が巨獣に向かって走り始めた。再び取り囲むと我先にと飛びついていった。


 しばらく好きなようにさせていた鷲の頭が天を向き、一声上げた。

 直後巨獣の全身から雷が放たれると巨獣を中心に半球状に広がった。囲われた檻の中に紫電が駆け巡り、小型の機兵、盾の機兵のすべてが雷に打たれ、白い煙を上げて力を失った。


 一機残らず光を失い、この場に立っているのは巨大な鷲の頭の獅子のみだった。


 瞬く間に最前線にまで押し寄せていた銀の軍勢を物ともせずに殲滅したのを確かめると、再び羽ばたきあがって次の獲物を探しに飛び去って行った。




―69―



「ウィン、無事だったか! ……おい、エディは?」


 片羽の少年が乗る銀の馬の後ろに座っていたのは背中に羽がある男一人だけだった。助けに行くと言っていた相手がいないのだから、少年の兄が刹那狼狽したのは無理もない。片羽の少年は姉が保護した少女と一緒に別の部隊の所にいる旨を伝えると、すぐさま兄に黒髪の羽ありの居場所を尋ねた。鍵は彼女が持っている。銀の馬から降りた少年は、弟の意図を察して案内する兄の背中を追って駆け出した。

 主人が離れドックに収められた巨大な機械の獣の横を駆けた先にあったのは地下階に降りる階段だった。地上階の構造とは異なり古くからこの地に有ったことを感じさせる煉瓦造りの階段を降りきったところにあった扉を開いて、片羽の少年は中に転がり込んだ。


「ウィン、無事だったのね!」


 息を切らして入ってきた少年の姿を見て、そこで機械を用いて何やら作業をしていた黒髪の羽ありがバイザーを外して安堵の声を上げた。ぼさぼさだった髪がまたさらに乱れたが、それを素早く手櫛で整え迎え入れた。ぐっと抱きしめる羽ありの肩を両手で押して体を離し、片羽の少年はまだ戦いが終わっていない事を伝えた。そして協力してほしい事も。


「……そう。やっぱり使う時が来たのね」


 予測はしていたのだろうが、それが実現してしまった事は遺憾の極みであるだろう。急かす少年を宥めていた黒髪の羽ありも覚悟を決めた。しかし彼女もままならない現実に突き当たっていた。

 作業用の機材の中にそれほど大きくないパーツが置かれていた。大きな図鑑程度の物だ。そちらの方を見た彼女の顔には、歯痒さともとれる色が浮かんでいる。


「あれがFユニット。さっきも言った通り魔道書の一部で、特殊な魔道書に組み込んで使用するって聞いてる。でも調べていくうちに一つの問題が出てきたの。特殊書なら何でも良いって事じゃなかったのよ。プロテクト外して解析してみたけど、これが一体何の魔道書と合うかは分からなかった。相性が合わなかったら効力が半減、または第一段階で終わってしまう。最悪起動しない可能性もあるわ。相性のファクターは分かったんだけれど、そもそも拡張機能のある特殊書は手元には……」


 もともとこれは封印してしまうつもりの物だ。即席に使用できるような環境から遠ざけておくに越したことはない。しかしそれが今は仇となっていた。まさかそれを取ってこいなどと言う事も出来ず、困り果てた彼女は言いよどむしかない。


「おっと! 特殊書ならあるぜ」

「ホント? って、あなた…… 誰?」


 突然現れた見知らぬ顔に黒髪の羽ありはさすがに訝しむ様子を隠せなかった。だがその横にいる彼女の恋人が警戒している気配がなく、それを見てこの男には危険は少ないと悟ったようだ。そして羽ありの男が簡潔に身辺を明らかにすると入室を拒まず招き入れた。


「そう。あなた、シモン将軍のお孫さんなのね。……二年前の私達みたい」


 彼女らの経験した事を知らない男は黙って首を傾げる事しかできなかった。しかし会ったばかりの自分が立ち入って良い話ではないだろうと察し、ただ黙って表紙に青い宝石の散りばめられた銀に輝く書を見せて差し出した。彼女も口をついて出てしまった言葉に気付いたようだ。


「ごめんなさい、こっちの話よ。しかもまたウィンがそれを背負うなんて、酷い運命の悪戯ね」


 黒髪の羽ありは申し訳なさそうに笑顔を浮かべ、差し出された銀の書を受け取りページを捲っていく。初めはざっくりと概要を追っていくだけのつもりだったが、その手は徐々に早くなっていき止まらなかった。


「嘘…… え、そんな偶然……」


 心のたかぶりは抑えられない手の動きだけでなく声の調子にも出始めていた。さらに突然先程まで作業をしていた台にかじりつき、再びバイザーを装着して受け取った銀の書の解析を始めた。その鬼気迫る様子と急変ぶりに、その場にいた者達は呆気に取られるしかなかった。男達は全員黙ってその様子を見つめている。机に着いている時間はそれほどでもなかったが、黒髪の羽ありが慣れた手つきで行っている作業は多種に渡り、見ている者達にはもっと長く感じられた。そしてまた突然バイザーを上げて立ち上がり、片羽の少年の両手を取って興奮気味に大きな声を上げた。


「ウィン、これしかない! Fユニット、この魔道書でなら起動できる可能性が高いわ! でもぶっつけ本番。今から出来る限りのセットアップをするけど、大丈夫なんてとても言えない。それでも……」

「ううん、心配してないよ。エマにしか出来ないんだから。それより時間が惜しいんだ。少しでも早く準備を! あのシモン将軍、放っておいたらまずい!」


 話していくうちに冷静を取り戻していく彼女とは逆に、片羽の少年は矢も盾もたまらず飛び出していきそうな勢いだった。もちろん彼の意志を止めるつもりはない。しかし一つの障害を越えても、それを越えたからこそ見えてくる障害がいくつもある。黒髪の羽ありはいきり立つ少年を治めて、するべき事を列挙し説いた。


「ちょっと待って、それだけじゃないわ。魔道書所持者登録変更をしなくちゃ。今、上級書は変更後の再起動に本部サーバとの相互認証が必要だし、ゴンドワナに登録のないウィンの情報を偽装してあらかじめ本部に送り込まないと……。私のパスを使って私とウィンのデータを入れ替えるつもりだけど、全部書き換えるにはしばらくかかると思う。その更新が終わらないとFユニットを組み込んでも……」

「いや、それなら問題ないと思うぜ」


 黒髪の羽ありの説明を受けて片羽の少年はちんぷんかんぷんになっていた。早くしたいのはやまやまだったが言われるがままにするしかないと、思考をやや放棄しかけていたところに羽ありの男から助け舟が出された。


「訳わかんねえけどウィンはそう言うの全部すっ飛ばして召喚した実績があるからな。それも登録生体情報の全く異なるユニコーンとケルベロスの二冊だぜ? これは偶然じゃなくて、こいつになら出来るって事だろう。セットアップさえ出来れば使えると思うぜ」


 なっ、と肩を叩かれて思考を取り戻した少年はとりあえず二つ縦に強く首を振った。

 この少年の起こした奇跡とも言える現象の数々を見てきた黒髪の羽ありはこの羽ありの男の話を信じた。彼女も無言で大きく頷き動き始めた。

 扉の所に立っていた羽なしの男を傍らに呼んで色々な道具を用意してもらっているうちに、今度は持ち主である羽ありの男にこの銀の書の詳細の聞き取りを始めた。

 続いて作業台の上に書を立てる。特殊な工具を背表紙に差し込み手前に引き出すと、固定を解かれた表紙、裏表紙が大きく開き、中の構造が露わになった。バイザーを装着した黒髪の羽ありは素早く彼女の髪をひとまとめに後ろで括り、少年の兄に用意してもらった道具を手にして席に着いた。同時に銀の書を中心に彼女の前にぼんやりと光る枠で囲まれた画面がいくつも浮かび上がった。書の改造の開始だ。


 この書は黒髪の羽ありの手で最適化をされていない。組み込みと同時進行で基礎の再構築を行うため、作業内容はとても多くまた専門的だった。片羽の少年はすべてを彼らに任せ、上階においてきた銀の馬の整備を始めた。

 起動させた後に運転席正面にある操作パネルに触れ、意識を集中する。続いてギアを入れないままアクセルを全開にしたり、前輪保護プロテクターやライオットなどのギミック動作の確認をしていく。左手は常にパネルに添えたままだった。最後にパネルから手を離して銀の馬に跨り、広いドック内で試乗しながらハンドル操作、旋回性能、ブレーキ制動、クラッチ動作に異常のない事を確かめた。外装の様々な所に傷が見られたり、酷使してきたギミックにわずかな軋みやひずみが感じられた程度で機体動作には支障はない。確認を終えると機体から降り、右手で座席を撫でると、もう少しだよ、と声をかけた。

 少年はドックの中で見つけた整備道具を使って、駆動系に溜まった汚れを落としたり油を差したりしていった。分解して内部まで整備する事はできなかったが、手の届く所は慈しむように丁寧に行っていく。汚れた整備用手袋を外し、片付けを終えた頃、階下から少年の兄が上がってきて彼を呼んだ。


 作業台の上には改造を受ける前よりも少し分厚くなったが、それ以外はほとんど変わらぬ姿の銀の書があった。


「インストールが正常にスタートしたわ。他の機能には支障は無いと思うけど、召喚しながらだと終了予定時間が予測できない。ただ相当長くなるはずよ。本当ならインストールが終了するまで待って、それから行った方が良い。だけど……」


 一刻を争う状況にある事は全員が理解している。黒髪の羽ありは片羽の少年に書を手渡し、気を付けて、とだけ言った。続いて作業の補佐を務めた羽ありの男が一歩前に出て、少年の両肩に手を乗せ、真っ直ぐに目を見た。


「こいつは本当に最終兵器だ。けどエマさんがさっき言った通り、それを試運転も無しにいきなり本番。本来の持ち主の俺だって扱えるかわかんねえ。正直失敗する確率の方が高い。俺の手で引導を渡したかったけどな…… ウィン、お前に託す。お前ならやれる。お前のその訳わかんねえ力で調整してぶっ放すんだ! じじいに一泡吹かせることが出来るのはお前しかいねえ!」


 恥を忍んで頼む男に向けて、片羽の少年は強く、短く返事をした。

 準備は整った。気力も十分にある。いざ、と決意を新たにしたところで兄に呼ばれた。上階からだ。上がるとそこにはすでに銀の馬に乗った兄がいた。兄が手綱を取るので、少年には後部座席に乗れと言う。現地に着くまで片羽の少年を負傷、消耗させるわけにはいかない。

 この場に居る者達全員に背中を押され、少年は出立した。その顔つきはきりりと引き締まり、不安を振り払う勇ましさを帯びていた。




「行っちゃったわね……」


 旅立っていった片羽の背中を見つめたまま、黒髪の羽ありが呟いた。


「あの子、一体どこまで聞こえてるのかしら……」

「あン? 聞こえる?」


 思いを託した男が怪訝そうに聞き返した。少年を乗せた銀の馬はすでに見えなくなっていたが、女は彼らが向かっているはずの方角を見たまま、羽ありの男の質問に答えた。


「ウィンから聞いたことない? 彼、ミスリルの声が聞こえるらしいの。私達には全く聞こえないし、ロディニアで可能な色んな観測装置を使っても何のデータも拾えないのだけど、確かに何かしらのコンタクトを取ってるとしか判断できないのよ」

「オカルト染みてるな。正気……だよな、すまねえ。でも、金属だぜ? 精神感応性って言っても使用者の意志で出力調節とか、一時的な単純動作記憶が出来る程度。対話可能なほどの情報蓄積は専用回路作ってプログラミングしなけりゃ無理だぜ?」

「そう…… それが通説だし疑う要素もなかった。けど、彼と居るとそれが通じない事ばかりが起こるのよ。あの子が知り得ない現象を扱うだけじゃなく、機械が有していないはずの機能を示す。それこそ、他の何かに教えてもらっている、頼んでやってもらってる、さらには彼が機械に教えているって、そんな錯覚を受けるの。

 私だって馬鹿げてるって思ってる。でも紛れもない事実を無視し続けるのも、科学者のする事ではないわ。あの子とミスリルの間で何が起きているのか。ちゃんと解明してみたい。だけどそれよりも……」


 黒髪の羽ありの目は不安の色を濃く映し出ていた。片羽の少年の持つ力が他の追随を許さない物だと言う事は彼女が一番知っている。数字の上では片羽の少年を超える者は知られていない。だが、それだけで未来は決定付けられない事も理解していた。

 これから彼が戦う相手は、老いて一線から退いたとは言え現在も一国の軍の頂点にあり、あらゆるハイランドから警戒された歴戦の猛者だ。そしてその老人の業績の数々はゴンドワナの奇跡と称えられている。奇跡と奇跡がぶつかり合った時、何が起きるか正確に予測できるとは思えないのだ。案ずるなと言われても無理だった。しかしもう歯車は動きだし、結果が出るまで止められない。だからこそ彼女は願った。


「それよりも、何よりも、無事に帰ってきて欲しい。こんな事で、未来が閉ざされて良いはずがないもの……」


 うつむき気味になりながら自分自身の肩を抱く。つかむ両手に力を入れて吐き出した言葉は、わずかに震えを帯びていた。



 

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