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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
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第六十四羽 「闇を裂く光」



 激戦が続き小型機兵はその数を減らしていた。

 防波堤として働いていた小型機兵が減少した影響で、片羽の少年と羽なしの娘に向かってくる小型幻獣の数が増えていた。しかし彼らは全くうろたえない。それどころか羽なしの娘は愛機の三日月を背中に収め、迎撃体勢を取ることなく後部座席に座ったままだった。


「大丈夫。姉さん、今は休んでて」


 立ち上がろうとした時にかけられた弟の気遣いに甘える事に決めたからだ。一応でこぼこにへこんだ銀の鎧を左腕に装着し、頼まれればいつでも使用できるように内部のグリップを握っている。騎手に対する絶対の信頼感。例え一面を包囲されているような状況だとしても揺らぐような事はなかった。


「さ、行くよ」


 跨る機体を撫で、短く一言だけ言葉をかける。羽なしの娘が急発進に備えた姿勢をとった次の瞬間、一陣の風が通り抜け、二人の方へ武器を構え、牙を剥き、爪を光らせ迫っていた魔物達の姿が消えた。離れた所で砂埃が巻き上がる。そこには後輪を滑らせて停止した銀の馬がいた。襲いかかってきた魔物だけでなく、進路にあったすべての幻獣を紙細工の如く貫き、出来た空地に悠然と姿を晒している。そして再び姿を消した。新たに生まれた一筋の道の果てに現れた銀の馬は輝きが強く、破魔の力を有しているかのようだった。


 高いところからその様子を見ていた黒翼の少女はその赤い瞳を見開いていた。予想を覆す結果を目の当たりにして無意識に握った手に力が入る。強張った表情の彼女の口から、くっと息が漏れる音が立った。


「何ですの、この車両の機動力は…… さっきまでの機体と同じ物のはずですのに……!」

「これがこの子の、ウィンの実力よ! 本気出してこないと自慢の軍団が負けちゃうわよ~」


 銀の馬の後部座席に座る羽なしの娘が、黒塗りの古代戦車の座席に座る黒翼の少女に向けて指を差して大きな声をかけた。何とも自慢げに口元を歪めている。この距離で、思わず口から出てしまった不覚の一言が聞こえていたはずはない。しかしはっきりと、それに対する答えが返ってきた。歯軋りをした黒翼の少女は周りに浮かぶ銀の書の立体映像の一つに触れ、自分の正面に来るように手を動かした。書の列がぐるりと周り目当ての書が彼女の膝元に降りる。ページをめくると黒塗りの古代戦車に埋め込まれた銀の書のひとつが輝いた。


 小型機兵は数を減らしながらも格上の相手に群がっていた。毛むくじゃらの巨大な猿のような怪物に対しても例外ではない。咆哮を上げながら、まとわりつく邪魔者を何度も何度も払ったり握りつぶしたりしていた怪物が、掴んだ小型機兵を突如天高く放り投げ始めた。それらが飛んでいく方向には銀の馬がいた。機兵としては小型とは言え、重量はかなりの物だ。誤って投擲とうてき弾が命中した幻獣はそれだけで沈黙するほどの威力があった。

 鈍い音を立てて銀の塊が降ってくる。怪物の投擲精度は低く、片羽の少年がそれに当たる事は無かった。しかしどうしても勢いを殺され、大きな怪物を貫けそうな速度を保てない。また長い腕と大きな手を振り回し、近寄らせぬよう牽制してくるため遠距離からの砲撃を試みた。命中すると軽く仰け反りはするものの撃破に至らなかった。片羽の少年が飛びかかってくる小型幻獣を軽くあしらいつつ様子をうかがっていると、怪物が手の届く範囲にいる小型幻獣と小型機兵を両手でまとめてつかみ取り、手の中でこねて一塊にして投げつけてきた。弾が大きくなり攻撃範囲が広くなりはしたが、先程までと同様に命中する事は無く、片羽の少年にとって脅威になっていない。

 怪物の近くに手ごろな物が無くなってきた頃、片羽の少年の周りに瓦礫の山で囲いが出来上がっていた。逃げ場を奪ったと確信した怪物が少年の方にのしのしと近づいて、両腕を上下左右に振り回して攻撃を仕掛けてきた。その攻撃には重さは十分にあるが、お世辞にも速いとは言えなかった。悠々と避ける片羽の少年が銀の馬に備えられた砲台を怪物に向けるが、怪物も障害物の陰をうまく利用し移動するため照準が定まらない。しかし少年に焦る様子は見られなかった。少しだけ視線を下して自分の乗る銀の馬を見つめると小さく一つ頷いてくるりと周囲の瓦礫の山を見渡し、その後大きく一つ頷き声を上げた。


「姉さん掴まって!」


 そう叫ぶと前方に転がされていた塊に向かって銀の馬を走らせた。衝突するかと思われたが、前輪から車体下部を保護するプロテクターが装着されて塊に乗り上げた。そしてそのまま塊を踏み台にして銀の馬が宙を翔け、大型の猿のような怪物の目の前に躍り出た。怪物の眼前を横切る瞬間、真横を向いた小型砲台が火を噴いた。

 三連発でその砲撃を受けた怪物の頭部は消し飛び、ゆっくりと倒れていく。撃った反動で銀の馬は空中でおよそ270°回転し、着地するやいなや瓦礫の山の一角を砲撃で砕き、その場を立ち去って行った。


山の蛮人トロルを一蹴……?」


 野生動物が狩りをするかのごとく鮮やかな立ち回りに黒翼の少女の口が開いたままになっていた。あたかもこのような生き物であるかと錯覚するほどなめらかな動きに呆然とするしかなかった。わなわなと震える自身の手足に気付いた闇に包まれた少女は、一つ大きく息をくと、それまでの余裕を浮かべ見下し続けてきた表情を一変させて顎を引き、鋭い目つきで視線の先にいる二人の姉弟の動向をつぶさに観察し始めた。


 黒翼の少女が見つめる先にある建物の陰から、銀に輝く小さめの物がわらわらと姿を現した。この場で数を減らし続けていた小型機兵と同型の物だ。それだけではない。盾を何枚も装備した中型の機兵、車体に砲台を付けた銀色の車両がそれに続く。そして規則正しく刻まれる重量のある音が近づいて来た。黒翼の少女がその方角に目を向けると、建物の間からきらりと光を反射する物が見えた。屋根を超えて見えてきたのは巨大な頭部。ロディニアの誇る陸戦用制圧兵器ミスリルゴーレム・タイプ・ギガンテ、ヴァルナ=ビートが一機いた。


 救援要請を受けたロディニアの援軍が到着したのだ。




―65―




 増援を認めた古代戦車に乗った少女が、その華奢な両腕を大きく横に開いた。それと同時に背中の黒翼が大きく広がり、見事な黒色の羽毛が宙を舞った。

 青毛の巨大馬の牽く黒塗りの古代戦車に埋め込まれた銀の書が、それぞれの備える紅い宝石から一斉に光を放つと、ここまでの戦いで減りつつあった幻獣の兵士の数が回復し、ロディニアの援軍部隊を迎え撃った。

 たった一人の少年の力によって戦局が劣勢に傾かんとしている状況で、現れた増援を目にしても少女は怯まなかった。初めから撤退の選択を持ち合わせていないとでも言わんばかりに堂々と対峙するその姿は、彼女のよわいからはとても想像がつかない物だった。


「これだけのグリモアを並列処理できる人間は、ゴンドワナにおいても私の他におりません。私こそがワイルドハント、たった一人の無敵の軍隊! さあ、貴方方が震撼するのはこれからですわ!」


 一ツ目鬼、蛇の胴を持つ女の魔物や牛頭の戦士、毛むくじゃらの怪物に二角の馬、そして骨組みだけの騎士や二足歩行の蜥蜴とかげ、猪兵、緑の肌をした小鬼、子供くらいの背丈の腕の太い妖魔。主の声に呼応して、大から小までの数多の幻獣が集まり一帯を蹂躙していく。

 それに対して小型、中型の銀の機兵、高機動戦車が立ち向かい、異形と銀が入り乱れ激戦を繰り広げた。時が経つとともに数々の小型機兵が倒れ、戦車も徐々に戦闘不能となり、盾の機兵も多くの強敵と会いまみえ、少しずつ力尽きていった。

 混戦となったとしても銀の巨人が乱入すれば一瞬で決着がつくだろう。この市街戦においても、機兵や戦車の手に余る巨大な幻獣は銀の巨人が相手をしてきた。銀の巨人の力は絶大で、この場に集まっている幻獣の兵士のいずれよりも遥かに強い。しかし切り札である銀の巨人の投入は許されなかった。相手となったのは一ツ目鬼の部隊であった。その部隊は道中に刃を交えた一ツ目鬼の集団とは比べ物にならないほど的確に連携を取り、本陣から銀の巨人を完全に切り離している。


 ここにあるロディニアの総力を、たった一人の少女が相手をしていた。


「あははははははっ 誰も彼も私の前に跪きなさい! 総てはゴンドワナに、シモン様にかしずきなさい!」


 狂気すら感じさせる笑みを浮かべ、この場の異形の軍隊を掌握している少女が叫んだ。しかしその彼女の笑みが瞬時に消え、眼下を睨みつけた。睥睨へいげいした先から眩い光が差している。

 黒翼の少女が乗車した闇の戦車が進路上にある物すべてを轢き潰しながら移動を始めた。その勢いは徐々に増していき、その闇の麓に迫りつつあった銀の馬だけでは止められそうにない。

 さらに接近を許さないだけではない。途中で方向を転換し、姉弟の方へと向かってきた。重種馬の巨大な蹄に踏み抜かれ、巨大な轍を残す車輪に砕き散らされた破片の波とともに、強大な圧力が二人を飲み込まんと迫ってくる。その光景は見る者に巨象と蟻の戦いを思わせるほどだ。

 その強烈な威圧に圧倒される事無く、片羽の少年は冷静に銀の馬を操り、闇の攻撃をかわしていった。余裕があり難を感じさせなかったが、ある程度距離を取ったところでいきなり後ろから強い衝撃を受け、銀の馬が大きく揺らいだ。後部座席の羽なしの娘が左腕の鎧型兵装の盾を大きく展開し防御の姿勢を取っている。さらにもう一発衝撃が襲った。姿勢を保ちその場から移動しなくてはならない片羽の少年からは、何が起きているのか確認ができない。攻撃をかわしたところで即座に反撃に打って出るつもりであったが、出足を挫かれ仕切り直しを余儀なくされた。

 ひとまず距離を取って黒翼の少女の方を見ると、彼女の周りに漂う鬼火の一つが彼女のもとを離れてこちらに一直線に急速に迫ってきた。銀の馬を走らせて射線から避けるが、鬼火はその進路を変え、彼らの背後を執拗に追った。結局鬼火を振りきれず、羽なしの娘の盾がそれを受け止めた。片羽の少年が眉根を顰める。


 近寄れば戦車の蹂躙に巻き込まれ、遠くにいても火球が追尾し確実に命中してくる。極めて相手にし辛い総合力が高い敵を前に、鬼火の炸裂で崩された姿勢を戻した羽なしの娘が金切り声をあげた。


「なんなのよ、もー! 泣きたくなるわ!」

「うふふふっ そうは見えませんわぁ。でも素晴らしいですわ。シモン様以外にここまで私と踊れる方がいらっしゃるなんて思いもしませんでしたから」


 愉快そうに語っているのと裏腹に、黒翼の少女の目は全く笑っていない。真剣そのものだ。また彼女が操る軍団も増援にやってきた部隊と互角以上にわたり合っている。黒鎧の騎士が操る戦車の脅威もさることながら、周囲の幻獣の群れの統率力も先程までより上がっており、油断のならない状況が増していた。弟の目が届かない所は自分が戦う。そう思い、羽なしの娘は左半身に鎧を纏ったまま右腕でいつものように愛機を取ったが違和感を強く覚えた。担ぎ上げた右腕が震える。恐怖や武者震いではない。もう巨大な三日月を振るった反動を抑えきる腕力が残っていない事の現れだった。

 その現実を認めるしかない。だが心の火が消えたりはしなかった。愛機を背中に収めて鎧を右半身に着け直し、先から伸びた針でもって立ち向かった。この半身鎧は機械仕掛けであり、装着者の筋力を補助する作用もある。長時間にわたる戦闘による疲労によってこれまで通りの働きが出来ないとは言え、それでも彼女の膂力は人並み以上であり、鎧の機能を生かせばまだ十分に戦う事ができると判断した。


 飛びかかる小型幻獣、闇から飛来する鬼火をすべて拳で打ち落とした。盾で防いでいた時は衝突と同時に爆ぜた鬼火も、よく見れば小さな翼と牙の生えた口のような物が付いており、その口を狙って針を突き刺すと、爆裂することなく霧散したのだ。

 いくら対処法を見出したからと言っても、根源を断たなくてはきりが無い。鬼火の元となっている闇は、今も遠くで眼前の物すべてを粉微塵にしながら走り続けていた。一度銀に輝く戦車による遠距離からの砲撃を受けたが車体はびくともしなかった。だが用心のためか、周囲に漂わせる鬼火の数が急に増えた。特に車輪のあたりに多い。砲弾が接近すると自動で鬼火が迎撃している。

 その動きをじっと睨むように見ていた羽なしの娘が、急に目を大きく開いて左手で騎手の肩を叩いた。


「考えがあるの! 荷車を止めるのとおんなじよ!」


 後ろから響いた姉の声に、はっと気付いた片羽の少年は振り向かずに頷いて、黒塗りの戦車に向かって銀の馬を走らせた。正面から激突するかと思われる勢いで突撃する。己の従者の力に揺るぎない信頼を持っている黒翼の少女は、それを避ける事無く真正面から迎え撃った。しかし片羽の少年は進路を極々わずかに左に取り、戦車を牽く巨大馬の脇をすり抜けた。至近距離で爆裂する事を避けるためか、銀の馬の進路上には鬼火の一つも漂っていなかった。

 すれ違う刹那の瞬間、羽なしの娘が持てる力をすべて乗せ、車輪の軸に向かって拳を打った。銀の馬の勢いも加えたその一撃は確かに車輪の中心を捉えたが、鈍い音とともに砕けたのは彼女の拳から伸びる針の方だった。根元から折れ、中空で軸を通した断面がはっきりと見えていた。唯一の武装を失ったが青ざめている暇はない。そのままでは邪魔でしかないため残った部分は緊急操作によって切り離し、盾を展開して防御に回った。


 黒翼の少女が離脱していく銀の馬に向かって勝ち誇ったように声をかけた。


「狙いは悪くありません。確かにそこが弱点です。ですがその程度の威力でコシュタ・バワーを破壊するなんて甘すぎでしてよ! 見立て通り、どうやらそちらの大筒はもう飾りでしかないようですわね? それで勝てるとお思いですか?」


 指摘通り砲台は過加熱となっており、冷却が完了するまで機能を強制停止させられていた。片羽の少年が使用すると威力や精度が格段に上昇するのだが、その規格外の出力による悪影響がどうしても生じてしまう。高出力レーザーライフルのバレルのように裂けて廃品とならなかっただけ幸運と受け止めるべきではあるが、せっかくここまで来たと言うのに攻めきれなくなった状況に歯噛みするしかない。

 少年の姉ももどかしく感じていた。背中に収めている三日月を振るおうにもまだ腕の震えが残っており、使用に耐えられるとは思えなかった。だが迷いつつも左手で握っていたその柄を離した時、ふと気が付いた。鎧に備えられていた針の構造に使われていた軸と同じくらいの径だ。迷っている時間すら惜しい。思い切って鎧先端の開いたままになっている針の射出口に刺し込むと、わっと驚きの声が上がった。


「こりゃ良いわ! 思いも寄らぬところでぴったり!」


 鎧の最大長よりも長いため肩口辺りから柄尻が飛び出してしまっているものの、鎧は刺し込まれたミスリル製の柄を兵装と認識し、そのまま針の軸と同じように固定した。鎧の先で正常に起動した三日月が輝き出す。

 怪我の功名とばかりに羽なしの娘は喜んだ。ためしに腕を振ってみたが鎧の筋力補助機能も正常に機能し、重さをほとんど感じない。鎧の外殻にしっかりと固定されているため、柄が体の動きの邪魔になる事もない。難点は針よりも正面への攻撃射程が短くなった事だろうか。だが鎧の左右に三日月の刃が伸びるため、真っ直ぐ腕を突き出しているだけでもスレイプニルの突進が斬撃に変わり、周囲の幻獣の壁をことごとく切り裂いていった。うんうんと大きく頷いた後、左手で指差した先には相変わらず悠然と聳える闇の砦があった。


「馬車が壊せないなら、やっぱり首なし騎士をやっつけるだけよ! 待ってなさい!」


 自信を取り戻した羽なしの娘が宣言する。攻守ともに極めて高い力を示してきたにも関わらず、一向に諦める事をしない姿を見て、黒翼の少女の顔色は陰りを深めた。戦況を優勢に戻しつつあるのに彼女の胸中は始終乱されていると見え、羽なしの娘が片羽の少年に耳打ちしているのに気付かなかった。


「またそんな世迷言を……。いい加減に事実を受け入れなさい!」


 強者の余裕はそこには無かった。おそらくそれは得体のしれない物への焦燥感。黒翼の少女はこの場で唯一つ、この姉弟だけを脅威と見ている。なんとしても一刻も早く彼らを打ち破らなくてはいけない。その思いが少しだけ、周囲を観察する眼を曇らせた。


 勇ましく吠えたのと裏腹に羽なしの娘と片羽の少年は黒翼の少女に背を向け離れていった。予想を裏切る行動に戸惑いながらも、巨大な闇の塊が銀の馬を追う。その様は前方に広がる異形の群れを貫き作られた道をさらに大きく広げる作業をしているようだった。あらゆる物を破壊して進むその闇に打ち勝てる者などいないように思われた。そんな力の塊が追うのは、比べてみれば小さな小さな、かすかな光。それを飲み込むためだけに全力を尽くす姿はこの場を支配する者に似つかわしくない物だった。


 銀の馬の背中に向かって鬼火を飛ばすが、そのすべてを後部座席の羽なしの娘が叩き落とした。黒翼の少女は自ら直接攻撃を仕掛けねばならないと判断し戦車を牽く馬の速度を上げさせたが、片羽の少年の駆る銀の馬の方が速く追いつけずにいた。銀の馬の進行を妨げるためには中型以上の幻獣が必要であったが、近くにいる物はどれも機兵や高機動戦車と交戦中だった。遠くの物にも命令を下したが、駆けつけるまでは黒塗りの古代戦車はひたすらに銀の馬の後を追い続けなくてはならない。やや冷静さを欠いた黒翼の少女はその先に新しく出来た物がある事を忘れていた。

 遥か前方で輝く機体が旋回し、古代戦車の方に向かって走り出した。それを目で追っていた黒翼の少女は、その時初めて自分が誘い込まれていた事に気が付いた。彼女と銀の馬の間に残骸を積み上げたような巨大な塊が転がっている。


 毛むくじゃらの怪物が残した瓦礫の山を使って再び宙に躍り出た銀の馬の背中から、羽なしの娘が空を飛んだ。あたかも殴りつけるような体勢をとり、黒鎧の騎士を睨みつけた。

 羽なしの娘はかなりの速度で放り出されたが、それに反応できないほどではない。睨まれた騎士は両手に持つ手綱を離し、左腰に下げた剣を右手で抜いた。そして宙にいる羽なしの娘に向かって剣を構えた。突きを繰り出す体勢だ。羽なしの娘の纏った銀の半身鎧の側面に伸びる三日月の刃よりも黒鎧の騎士の持つ長剣の方が長い。空中で移動できない羽なしは格好の的だ。


 だが空中の羽なしの娘は空いた左手で鎧からわずかに前に伸びる三日月の柄を取った。そして右手に握っていた鎧内部のグリップを離す。右腕に密着していた内装が緩み、右腕をそのまま一気に引き抜いた。両手で柄尻の方を持ち、最大限のリーチでもって鎧を付けたままの彼女の愛機を思いっきり振り下ろした。


 突きを放った黒鎧の騎士の剣は射線上に現れた銀の鎧を強くぶつけられ、鈍く高い音を立ててへし折れ、切っ先は羽なしの娘を貫くことなく天高く飛んだ。

 右肩から左腰に向かって袈裟切りにされた黒鎧の騎士は大きく仰け反り、闇の粒を散らしながら二つに分かれ、ゆっくりと後ろに倒れていった。

 浮かんでいた銀の書の立体映像がすべて消え、その中心にいた少女は目を丸くし呆然としていた。信じられないと言う気持ちを形にするように、喉の奥から声が絞り出される。



「こんな、こんな馬鹿な事が……! 一体貴方達は……」

「あたし達を舐めるんじゃないわよ! それにウィンは世界で一番! 誰にも負けない強い男なの!」



 黒鎧の騎士が消滅していくのと同時に、青毛よりも深い色の巨大馬も黒塗りの古代戦車も消えていった。古代戦車の車体に埋め込まれていた銀の書が大地に音を立てて落ちていく。一面を埋め尽くしていた幻獣達が動きを止め、一斉に大気に溶けていった。


 戦闘の終結を確認した有人機のハッチがすべて開き、乗組員達が皆その身を乗り出すと、辺り一面が歓喜の渦に飲み込まれた。



 

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