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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
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第六十一羽 「幻想の首領」

 


 たった一言でこの場にある小型機兵を統べ、闇の塊がスレイプニルに乗る二人の方へと近づいてくる。

 その闇に浮かぶ美しい少女の笑顔。それを見た羽なしの娘は一瞬たじろいだが、よく見るとそれは首だけの物の怪の類ではなく、黒い鎧に身を包んだ騎士の左腕に抱えられるように座っている、豪奢な意匠の黒色のドレスを着た黒い翼の少女だった。

 真っ黒な翼は珍しい。決していないわけではないが、羽ありの翼は彼女の弟のように純白、あるいは白色に近い物がほとんどで、色がついている場合も茶に近いか、灰白色あるいは銀灰色である事が多い。そのため羽なしの娘も黒鎧の騎士に抱かれている少女が羽ありであるとなかなか気付かなかった。それほどまでに彼女の翼は見事な黒。

 さらに漆黒の体に周囲の銀の機兵と同じ頭をげた大柄な騎士を鞍に乗せるのは巨大な馬。その毛色は青毛よりもさらに濃い。


 彼らを総じて闇と呼ぶのがふさわしかった。

 そんな闇の中で口角を三日月に持ち上げ、赤い瞳をやや細めた少女の笑顔は、上品であるが見た者達に狂気を感じさせるだろう。


 舌打ちをしてスレイプニルの騎手である羽ありの男が口を開いた。


「ヴァローナ…… お前まで出て来るとはな。じじいの奴、正気か?」

「あらあら、誰かと思いましたら囚われのネフュー中佐ではありませんこと? 本当にロディニアに寝返ったのですね」


 男の言葉を取り合うことなく、黒翼の少女が問いかけた。羽ありの男も少女の問いに答えず聞き返す。


「お前みたいなガキまで出してくるたぁ、ゴンドワナも堕ちたもんだな。じじいも同意のうえか? なぁ、ヴァローナ」

「シモン様を悪く言う事は許しませんことよ! それに一度ならばまだしも、貴方にその名で呼ぶ事を許した覚えもありませんわ。気高くクローヴァリアとお呼びなさい!」


 少女の声に応じるかのように騎馬がいなないた。そして羽なしの娘が、ひっ、と悲鳴を軽く上げ驚いた。重種馬を見た事が無いためこれほどまでに巨大な馬がいると想像したことが無い事もあるが、原因は別だった。鳴いたはずの馬の頭部が無い。彼らのすべてが闇と化していたため気付かなかったのだ。その不気味さに動揺が隠せていなかった。

 一方銀の馬の騎手は威嚇に動じる事無く、めんどくさいガキだ、と吐き捨てた。


「お前な、お子様のくせに変にプライドだけは高いんだよ!」

「あらあら、貴方こそ年齢に見合わず子供のようですわ。それに慧眼けいがんをお育てにはならなかったようですわね。シモン様の血筋と言うのに、恥ずべきだと思いますわ」

「相変わらず口が減らねえな! だいたい最前線はお前みたいなガキが出て来るようなところじゃねえんだよ。口ばっかり増やして命減らしてどうすんだ? いいから帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

「あら、お下品な物言いですわね。もう16になるレディの扱いも心得ていらっしゃらないなんて。まったく、やはり貴方があのシモン様の眼鏡に適うとは到底思えませんわ……。ご覧なさい、戦えるだけの高い素質がなければグリモアを手になどしておりません。いち早くシモン様が認めてくださいましたの。やはりあの方はゴンドワナの偉大なる軍神でございますわ」


 他愛もない口論の中で黒翼の少女の口から何度も聞かされる彼の祖父の名前。こんな少女がこの激戦が予測される領域に出て来たのにはそれ相応の理由があるに違いない。そしてその理由は容易に察せられた。こんな口争いの応酬に躍起なっている場合ではない。


「ヴァローナ、そのグリモア…… 一体何だ?」

「ふふふふふっ これは私にしか扱えませんの。貴方が知る必要なんてありませんわ。……ですが、せっかくですのでご紹介いたしましょう。これがゴンドワナの誇る『ワイルドハント』の集大成、死兆の騎士、デュラハンです。ワイルドハントを体現するこのデュラハンはどう考えましても貴方達二人ごときをお相手するには過ぎた物ですが、せっかくの機会ですので私達の力を存分に目に焼き付けていただきましょう」


 目の前の存在がゴンドワナの力の粋。まさかそれを操るのが年端もいかない少女であるとは、思いも寄らない事実であった。普通であれば冗談としか受け取れなかっただろう。しかしすでに実行されているワイルドハントによって各地のロディニア軍が予想以上の苦戦を強いられていると言う報告と、周囲にはびこる離反した小型機兵の軍勢を従える姿を前に、信じないままではいられなかった。そして彼らの敵となっているシステムの集約とも言える存在を担うと言うのであれば、例えそれが少女の姿であっても見逃す事は出来そうにない。

 スレイプニルの後部席に立つ羽なしの娘は右肩に彼女が愛用する三日月型の長大なアームズを担ぎ、左腕に鎧型兵装を装着して眼前の闇を睨みつけた。銀の馬の騎手が後ろの娘の動く気配を感じて振り返ると、気力をみなぎらせる騎士の姿があった。そこには先程まで度々見せていた女の子らしい弱気はなく、その凛とした姿との差を思い返して思わず顔がゆるみそうになったが、くっと今一度引き締め直して後ろの娘と同じように闇の主に強い視線を向けた。


「ヴァローナ、悪いがここは通してもらうぜ。お前みたいなお子様にゴンドワナが任されるって事自体が異常事態だ。こりゃあじじいに文句をいくつ言っても言い足りねえわ」


 銀の馬の騎手の言葉を受けて、闇に抱かれた美しい少女が呆れ顔で嘆息を漏らした。


「クローヴァリアとお呼びなさいと言いましたのに……。貴方の不敬は今に始まったことではありませんが、仕方ありませんわね。今日が最期でしょうからご自由になさってくださいませ」


 聞き分けが無い子を母親が諭すように言う少女が銀の馬に乗る二人を睨むのと同時に、黒鎧の騎士に挿げられた機兵の頭部に付けられた赤い宝石が光を放ち、動きを止めていた小型機兵が一斉に攻撃態勢へと移行した。


 





―61―



 スレイプニルに乗る二人のもとへ銀の波が押し寄せる。一機一機に対処するのは二人にとってさして難しい事ではない。問題はその数だった。羽なしの娘が右肩に担いだ三日月の一振りで四、五体薙いだとしてもそれは全体から見れば微々たる量に過ぎず、それにかまけていればあっという間に飲み込まれてしまう。波を造る銀の蟻がいないのは目の前にいる闇の塊の周囲だけだった。蟻の影響を受けず目標を討つためにはそこに斬り込む他にない。しかし。


「ゴーレムが多すぎて近寄れない!」

「ふふふふふ、ロディニアのお人形さん、とっても優秀ですわ。羽なしごときがどこまで戦えるかしら?」


 切り払えども払切りえども、壁を作る数が減ったようには見えない。攻撃の合間を縫ってたかってくる蟻を懸命に振り払いながら、その場に留まらぬようにスレイプニルを走らせた。騎手の男が隙を見て小型砲台「ライオット」を漆黒の騎馬に向けて一撃を放ったが、一瞬で多数の蟻が壁の如く射線上に飛び込み、その身を呈して闇の塊を守った。


「くそ、なんだこの統率力!」

「優秀なお人形をたくさんお造りになられたようですが自律式と言う形をとったのが仇となりましたわね。はっきりと申しまして最低の選択です。一度支配権を奪ってしまえば複雑な操作を必要としませんもの。私の手足が無数に増えただけですわ。ふふふふっ」


 悠然とした態度を崩さないままの黒翼の少女を見て、羽なしの娘が口を真一文字に結んでいた。その場に留まる事ができないため移動は羽ありの男に任せ、彼女はずっと少女を抱える黒鎧の騎士を観察し続けていた。騎士の額にある宝石が常に緋を放ち続けており、その周りにうごめく銀の蟻のすべてが体のどこかに同様の宝石を付けている。


「作戦があるわ、耳を貸しなさいっ」


 不意に騎手の右耳を引っ張り、声を張る。流石に驚いた羽ありの男がスレイプニルを停めるとそれに合わせて銀の蟻が飛びかかってきた。慌てる事無く鎧を付けたままの左腕で殴りつけて撃退すると、ぼそぼそと耳打ちをした。それを聞いた羽ありの男は思わず眉根を寄せた。


「けどよ、無茶にもほどが……」

「無茶を通せば道理がすっこむのよ! あの子の鼻を明かしてやるには予想の上を行くしかないわ!」


 完全は腑に落ちていない顔ではあったが他の巧い手も無く、騎手も同意し行動に出た。先程まで蟻をかわしつつその中心の黒鎧の騎士に一矢報いようとうかがっていたスレイプニルが、銀の蟻を轢きながら走り始めた。スレイプニルの車輪に巻き込まれた銀の蟻のパーツがきらきらと輝き周囲を飾る。さらにライオットを幾度となく連射した。元々装備されていたグングニルと異なり速射可能をコンセプトに開発されたこの砲台は、一発の威力こそグングニルの足元に遠く及ばないがこの手数が売りだ。着弾するごとにその周辺の蟻が宙を舞った。


「何ですの? まずはお人形を減らす考えかしら。確かにこの量に囲まれては私としてもぞっとしませんからね。ですが無駄ですわ。一体どれだけいると思っていらっしゃいますの?」


 黒翼の少女が言うとおり、ひしめき合う銀の蟻の数は百や二百はくだらない。砲撃によって宙を舞っている機体も破壊されているわけではなく、これで大群を減らすには効率が良くないように思われた。しかし撃つ手を休ませるようには見えない。数多く被弾した蟻の群れは被害を避けるために全体の密度を低くし始め、代わりに銀の馬を取り囲む前衛の数を増やし始めた。主である闇を守る蟻が無くなったわけではないが相対的に少なくなったのを銀の馬の騎手は見逃さず、目の前の蟻の集団を砲撃で蹴散らした直後に全速力で前方に走り出した。


 ガシャ、ガシャンと金属のぶつかり合う音を高らかに立てながら突き進む。密度が低くなった分、銀の蟻と衝突しても馬の突進力は損なわれない。一気に中心にいる少女のもとへと詰め寄った。


「やぶれかぶれの特攻でして? 愚策ではありませんか?」


 しかしさすがにこのまま勢いを殺さずに突撃されてはかわすことは出来ても陣は乱れ、また体勢を整えるまで不利な状況を生み出しかねないと判断した黒翼の少女は近くにいた蟻を集中させて盾を作った。だがその盾が完成する間際に突進して来た銀の馬は進路を急激に右に取り、そして同時に何かが闇の塊に向かって放り出された。


「おおおりゃぁあああっ!!!」


 放り出された何かから声が響く。突如宙に躍り出たのは羽なしの娘。使い慣れた三日月は背中に収め、左腕の鎧を銀の馬から切り離しただけでなくいつの間にか右腕に着け直している。針はまだ鎧の中に収納されたままだ。

 黒鎧の騎士はその腕に黒翼の少女を抱いているため、的の大きな体幹を攻撃する事ができない。しかし黒鎧の騎士も自由が利くのは右腕一本で、しかも現在剣を腰の鞘に納めたまま首なし馬の手綱を取っている。予測を外れた電光石火の行動に黒翼の少女もその騎士も反応できていない。狙うはただ一点。

 勝負を決する一瞬に賭け、羽なしの娘の打った拳から飛び出した太い針が黒鎧の騎士の頭部を打ち抜いた。同時に周囲の銀の蟻の色が鈍くなり、一斉に動きを停止した。

 大地に降り立つと一瞬彼女の栗色の髪が大きく前になびいた。それを直す事無く振り返る。仕留めた、と勝利を確信した顔を浮かべた羽なしの娘だったが首を失った騎士は意に介さず、腕に抱いた少女を守りながら騎馬を後ろに飛び退かせた。着地点にいた小型機兵はそれを避けず、無残に重種馬の蹄に踏み潰され破片が散った。


「倒せてない?! 何なのあれ!」

「あら? 大正解かと思いましたのに。60点ですわ」


 黒翼の少女がそう言うと彼女の騎士が抜剣し、手頃な位置で止まっていた頭頂部辺りに赤い宝石を付けた小型機兵の首をはね、自分の空いた首に据えた。その宝石が一瞬光ると、再び輝きだした蟻達が動き始めた。


「このようなお人形でしたら、ご覧のようにいくらでも何度でも操れましてよ」


 常識的に考えるなら自分の持つ能力を敵に晒す利点は無い。しかしそれを黒翼の少女がすると言う事はこの程度の事で揺らがぬ自信と実力を持っているからだ。再度支配権を奪われた銀の蟻が行軍を始めた。

 銀の蟻が黒鎧の騎士と羽なしの娘の周りを取り囲む。馬上の敵将と相対した状態の羽なしの娘の身を案じた銀の馬の騎手が大声で呼びかけたが、同時に救援のため方向転換した彼も蟻の群れに包囲された。それぞれが孤立化し、一転して窮地だ。


「うふふふふっ 貴女のその勇気と爆発力、敬意を表します。少しですが直接お相手いたしましょう。安心なさって。お人形には手出しをさせません」


 黒鎧の騎士が手綱を離して右手で再び剣を抜く。すらり、となめらかな音を立てて引き抜かれたそれは、馬上から斬りつけるためにかなり長い。

 重い蹄の音を立てながら首なし馬を進ませ、羽なしの娘の正面に立ちはだかる。黒鎧の騎士が乗るこの馬は非常に巨大で、羽なしの娘は必然的にかなり見上げる形になった。鎧を纏った右腕を上げ、徒手空拳の格闘技をするような構えをとる。鎧の先からは長く太い針が伸び、片手剣を構えた剣士のようにもみえた。

 黒鎧の騎士がすっとその剣先を鎧から伸びる針先の方に伸ばす。そちらの呼吸で始めろ、と言っているようだった。相手の見せる余裕を前に、負けん気の強い羽なしの娘は眉根を寄せて小さく舌打ちをし、続いて黒鎧の騎士の剣に針を強く打ち付け飛びかかっていった。


 黒鎧の騎士の斬撃は鋭く、速かった。ミスリル製の小型機兵の首を容易にはねるだけの事はある。羽なしの娘が纏う右半身の鎧も材質の大部分に小型機兵と同じミスリルが用いられている。まともに受けて貫かれない保証はない。基本は斬撃を受けぬようかわす、あるいは針で弾くのだが、止む無く防御する時も丸みを帯びた肉厚の部分で巧くいなすように努める。それはこのような特殊な訓練を受けてきた賜物ではなく、これまでの暮らしの中で得た知識だった。金属加工もしている彼女の兄が以前機械の整備をしていた時に言っていた事を思い出し、必死で力を受け流していく。

 何撃も激しい打ち合いが続いた。黒翼の少女を抱えているため黒鎧の騎士の左側が攻撃の死角になる。羽ありの娘はそちらに回り込もうとするのだが、黒鎧の騎士は主を抱えたままの左手一本で巧みに騎馬を操り死角に入らせることが無い。ならばと騎馬そのものを狙ったが、その気配を察した馬が後ろ足で立ち上がり前脚を振り下ろしてきた。迫力ある一撃を前に羽なしの娘は後ろに大きく飛び退き、直後彼女のいた辺りの地面が巨大な蹄の痕に抉れた。難を逃れた事に大きく息を吐いたが、休む隙を与える事無く黒鎧の騎士が接近し剣を振るう。

 剣と針がぶつかる度に火花を散らした。ついに剣の一撃に針が大きく払われ、体勢を崩した羽なしの娘に向かって刺突が放たれた。遠くから銀の馬の騎手が叫ぶ声が飛ぶ。しかし絶体絶命に見えた羽なしの娘は舞うように、ぐるりと大きくそして素早く回転しつつ、纏った鎧の丸みに沿わせて黒鎧の騎士の剣をいなし、そのまま黒鎧の騎士の右腕を彼女の左腕で抱えるように引っ掴んだ。ぐいっと思いっきり引くと、倒れるまでにはいかないものの馬上の騎士は羽なしの娘の方を覗き込むように大きく傾いた。馬の巨躯の外に出てきた瞬間を見逃さず、彼女の拳が小型機兵の頭を撃ち抜く。周囲の銀の蟻が再びぴたりと動きを止め、くすんだ色になっていった。


 頭部を失った黒鎧の騎士は掴まれた右腕を振り払い、首なし馬を数歩後退させて羽なしの娘から距離を取った。騎士の腕に抱かれた黒翼の少女がぱちぱちと拍手を送っている。


「ふふふふふっ すごいわねぇ、私のデュラハンをここまで手古摺らせるなんて! 羽なしのくせに。ふふふっ」

「ったく! オイタが過ぎるわ! このままご両親の代わりにとっちめてあげるから覚悟しなさい!」


 肩で息をしながら羽なしの娘が叫ぶ。一方で黒翼の少女は涼しい顔だ。意外ではあるがここまでの展開は想像できないほどの物では無いと言いたそうな様子が見て取れた。


「なに息巻いてるのかしら。私のデュラハンに勝てたと思ってますの? まだ全然力を出してないのにねぇ。ですが予想以上の健闘、素晴らしいですわ。ご褒美です。本当のワイルドハントを見せてあげますわ!」


 騎士に抱えられた少女が書を開き、文言を唱えた。それに呼応して書が輝き、首なし馬も光を放ち形を変え始めた。馬は二頭になり、後ろに車輪を二つ持つ巨大な箱のような物が現れた。それはまるで古代の闘技場で用いられていたような戦車だった。車輪の中心には鋭い突起を持ち、その箱のような物は黒を基調とし、金細工と思われる豪奢な縁取りが施され、その外壁には少女が持つような銀の書がいくつもいくつも埋め込まれていた。その書の中央には黒翼の少女の持つ物とは異なり、赤い宝石が付いていた。

 馬に跨っていた騎士はその鞍から後の戦車へと飛び移り、主人を後ろに下すと起立した状態で両手で手綱を取った。


 二頭の首のない馬の引く古代戦車に騎乗した黒鎧の騎士の後ろの座席に腰掛けた白金色の髪をした黒翼の少女がすらりと伸びた足を組み、肘掛けに右肘を立て、袖から出た白磁のような手に顔を預け、膝に乗せた巨大な銀の書を左手で開いた。

 再び書が輝くと彼女が乗った古代戦車全体が仄かに発光し、彼女を中心として戦車の回りに鬼火が上がった。さらに彼女の周りに魔道書の立体映像が何冊も浮かび上がって開かれた。


 同時に多種で大量の小型幻獣が姿を現し、大地に立ち並んだ。きょろきょろと周りを見渡しスレイプニルに乗る二人の姿を認めると、それらすべてが明らかな敵意を向け始めた。


「何だありゃあ…… 幻獣は、グリモアは一人一冊しか操れねえ。まさかワイルドハントの体現って、この事か?」


 羽なしの娘のもとにたどり着き、拾い上げた騎手が目を丸くして呟いた。その通り、と答えた黒翼の少女が勝利を確信した笑顔を見せた。三日月状に歪んだ口元。それは実に嫌らしく、見た者すべてを不安にさせた。


「コシュタ・バワーを駆るデュラハンに弱点なんてありませんわ! さあ、クイズ。私は一体何冊のグリモアを操れるかしら? 分かる? このコシュタ・バワーに積載している量なら全部よ。あはははははは! ワイルドハントとはね、ただのミスリルマシン、グリモアの同期化システムの事ではありませんの。その神髄は、たった一人が巨大な軍隊を意のままに操る事。死を恐れず、個人の意思による命令遂行阻害のない、目の前の敵を粉砕しきるまで止まらない完全な軍隊、それがワイルドハントよ! 完成した無敵の軍勢に恐怖しなさい!」



 地鳴りを思わせる響きとともに、ゆっくりと闇が動き出す。

 その鳴動に合せるように黒塗りの戦車の周りの幻獣達の咆哮が領域内に轟いた。


 その中で黒翼の少女の美しく愉快そうな笑い声がかき消される事無く、いやにはっきりと銀の馬の二人の耳に響き渡っていた。




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