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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
67/82

第五十九羽 「二人の騎士」

 

 

 

 

 なぜこうなってしまったのか。

 どうすればこうならなくてよかったのか。


 それは誰にも分からない。

 数多の因果が絡まりあって、結果、今が作り上げられた。


 過去を変える事は誰にもできない。

 しかし望まぬ未来への道を断つ可能性は失われていない。


 二人の男はそれを信じ、叶えるために馬に跨がり武器を取ってきた。眼前の巨大な機獣がそれを妨げる壁ならば、それを穿ち必ず道を拓く。ただその一心だけが、彼らを突き動かす。




―59ー




 黒髪の羽ありが乗った機体の脚部は獣のような構造をしていた。頭部のあるところが搭乗席となっており、直接パイロットが目視で現状を把握し操縦する形式を取っている。

 故郷にある大型農耕機によく似ていると片羽の少年は思ったが、機動性が全く別格だった。草食獣を思わせるその後脚部は、見た目通りに強靭なばねとして機能し、ひとっ跳びでハンガーから離脱しドックの中央に移動した。肉食獣のような前脚が床面をつかみ、着地と同時に百八十度旋回し攻撃姿勢を崩さない。ロディニアのタイプ・ギガンテよりも明らかに素早く、まさしく機械で出来た獣と言うにふさわしかった。しかし最も特徴的なのは、背後に浮く、二機のパーツだった。大きなブロックのようであったが、それのどこにも空中でその位置を維持するための推進力を生む構造が見当たらない。

 ドック中央で頭部をやや低く、後躯を少しあげ威嚇するような姿勢を取り、操縦者である黒髪の羽ありが最後通告とでも言わんばかりに声を上げた。


「キマイラは私がこのために改造したゴンドワナの旧世代重機。旧式でもゴンドワナの力場フィールド技術を駆使した、ゴーレムにも劣らない物よ。スレイプニルで敵うような物じゃないわ……。二人を傷つけたくないの。お願いだから、私のことは放っておいて……」

「バカヤロー! ここまで来て帰れるかよ! いいからそんな物から降りてこっちに来い!」


 機獣に乗った女は悲しそうな顔をし、目を伏せた。それとほぼ同時に宙に浮いた二つのブロックが展開していく。それは大きな、鋭い爪のついた手のように見えた。その一つが叩きつけるように降りおろされ、指先が二人の眼前に突き刺さった。

 片羽の少年と彼の兄は奥歯を噛み締め、再び銀の馬に乗り込み走らせ始めた。機獣の左側面を取るように回り込み、少年が機獣の乗り手に向かって大きく叫んだ。


「エマ、止めてよ! 僕達は負けない、僕達が守る…… エマに託した人達も全部! だからこっちに!」


 その言葉を受けた羽ありの女の顔は、とても辛そうに見えた。返ってこない返事を前にして、少年も自身の口をくっと結び銀の馬を走らせた。自分の言葉が届かない。しかし自身の無力に嘆く時間などない。獣の脇をすり抜けると、彼らの正面には宙に浮く手が待ち構えていた。とっさに少年は後輪を滑らせ全身を横に倒し、二人を掴み取ろうとした手の下を潜り抜けた。横転しそうなほどの傾斜をとったが、後部の少年の兄が装着した鎧型兵装を床面に当てて転倒するのを防ぎ、激しく火花を散らした後で床を押し返して姿勢を戻した。

 初撃をなんとかやり過ごしたが、それだけでは終わらない。もう一つの手が迫り、銀の馬ごと二人を掬い取ろうとした。接近を察した少年の兄が、籠手から伸びる太く長い針を迫り来る指の一つに突き立て迎撃した。金属同士が強くぶつかり合った高く鈍い音が響き渡る。それでも獣の掌は止まらない。二発三発と立て続けに針のついた拳を見舞い、最後には太い針の横っ腹で強烈に払いを食らわせようやく撃退した。だが目標の速度に追いつけなくなったために前進を止めただけで、破壊にまでおよんだわけではない。手はゆるゆると舞いながら本体のもとに戻ったにすぎない。


 機械の手だけで明らかに中型の幻獣よりも強力。しかもその驚異が二つあるのだ。距離をとる方が危険度が高いと見て、銀の馬を機獣本体に向けて走らせる。速度を上げ、機獣が再びその手掌を操る前に懐に飛び込んだ。黒髪の羽ありはあえてそれを使わず、機獣そのものの前肢を振り銀の馬の接近を拒んだ。そのひと振りを速度を落とさず回避し周回に入った少年達の進路を真っ正面から、再び本体から離れた機械の手が塞ぐ。だが今度は少年達も回避しない。小型砲台の照準を合わせ、一撃を放った。砲撃を食らった掌は高く跳ね上げられ、道を譲った。だがその後ろにさらにもう一枚の掌が控えており、跳ね上がった方の指をひっ掴み、二人に向かって投げつけた。幸い二枚目の壁が現れた時点で再度回避行動に入っていたため、投げつけられた機械の塊は見当違いな床を砕いただけに終わった。

 少年の兄は見た。砲撃で弾かれた手がもう一つの手に掴まれた時、その指が中心の掌から少し離れたにも関わらず投げつけられた時はすべてのパーツが一緒に飛来した。また、確かに甲の方から叩きつけられたのに、動き出した時には転がった素振りもなくすでに掌が下を向いていた。


「クッソ、何だこの動き! パーツが全部独立してんのか?!」

「そうよ! 関節はフィールドでつないでいるから360°どの角度でも対応できる! 外観でウィングスの攻撃を予測する事はできないわ! ここは私が最後まで守りとおさないといけない場所なの……。お願いだから、二人とも下がって!」


 黒髪の羽ありの声と共に機獣が威嚇するように二つの掌を大きく開いた。すべてのパーツが分離し広がった姿は「ウィングス」の名にふさわしくフィールドで形成された翼であった。

 しかし男達は怯まない。銀の馬を走らせ、接近戦を仕掛けた。防がれようとも一撃加えては離脱し、離脱した後は再び接近して針を打ち込む。これを打ち砕かなくてはここまで来た意味がない。下がれと言われたとしても従うつもりは無い。


 何より羽なしの青年には、機獣を駆る女に対して言いたい事がたくさんあった。


「聞き分けがないな! お前、背負い過ぎなんだよ! 出て行った時だってそうだ。背負い過ぎて下向いちまって、周りが見えなくなってんだよ! 俺が…… ウィンがどう思ってたかなんて考えれてないだろう!」

「……っ そんなの、そんなことな い!」


 果たしてそうだっただろうか。心の苦しみから逃れるために、彼女はあえて忘れる選択をした。それをまさか見透かされるとは思っていなかった黒髪の羽ありは動揺を隠せず、とっさに嘘をついた。その瞬間機獣を操る手が止まり、杭の一撃を腹に受けるのを許した。羽なしの青年の口撃は止まらない。


「いーや考えてないね! 俺はあの時お前に頼まれた事は全部やった! でもな、その時も片時だってお前の事を忘れたりしてねぇんだよ! お前はどうだった? 忘れようとしてたんじゃないのか!」


 そのひと突きが開けたのは小さな穴だったかもしれない。しかしそれが開けられたのは彼女にとって切れてはならない堰だった。


「うるさい! うるさい! 何よ、あなたに何が分かるのよ! 私だって行きたくなかった! でも無理だった! 行かなかったらゴンドワナに完全に潰されていたのよ! 行きたくなんか、なかったわよ!」

「だったらそう言えよ! 一言いえばよかっただろう!」

「言ったら変わってたって言うの? そんなはずないじゃない!」


 溢れ出した本心はもう止まらなかった。その流れはどんどん彼女を飲み込んでいく。溺れそうで、必死にもがき、機獣の操り方も粗くなっていった。一方で片羽の少年と羽なしの青年は逆に集中が高まっている。取り戻すための正念場だ。襲いかかる翼をかわし、振り抜かれる爪をかいくぐり、機獣を倒すべく槍を振るい拳を突き、砲を撃って立ち向かい続けた。この大戦が始まってから彼らがずっとしてきたことと同じ。この時のために二人はずっと戦ってきたのだ。


「何で諦めてるんだよ! 信じてたら、何とかなったかもしれないだろう!」

「それじゃあ何で止めてくれなかったのよ! 私が

どんな気持ちだったかなんて、あなただって分かってないじゃない!」


 それは彼女がずっと、ずっと溜め続けてきた想いだった。いつ溢れてもおかしくなかったのに理性で作り上げた強固な堤でずっと、ずっと抑え続けていた想いだった。 理不尽な力の奔流も混じりあう事でその水かさはどんどん増して、すでに計り知れなくなっていた。


「それが、ずっと心残りだったんだよ! ウィンだってそうだ。あの時止められなかった…… 失ったものを取り返したい、その一心で!」

「そんなの…… 今さら遅いわよ! ここまで膨れ上がった暴力の渦を変えられるわけがない!」


 彼女は見てきた。彼女が関わった計画が次々と戦火を広げたところを。今でこそ終息に向かっているように見えてはいるが、まだその業火の火元にまったく届いていない。その事を知る彼女にとって、何を言われても気休めにすら聞こえないのだ。


「遅くない! 現に俺達は全部押し除けてここまで来ただろうが!」

「分かってないのはあなたの方よ! 敵はあのシモン将軍なのよ?! 率いた部隊ひとつで一国の軍隊とケンカして勝つような化け物よ! 無理に決まってる!」

「また言った! 無理とかやる前に言うんじゃねえよ!」

「やってからじゃ遅かった、じゃ駄目なの! みんなを守るためには捨てなきゃいけない事が……」

「ふざけるな!!!」


 あまりの迫力に気圧され、怒号の応酬のみならず機獣の動きが止まった。同時に片羽の少年も銀の馬を止める。兵装を解除し後部座席で立ち上がる羽なしの青年の顔には、これまでに見たことがないほどの怒りが満ちていた。


「それが、捨てなきゃいけなかった物がお前の心だったってか? ふざけてるんじゃねえぞ、エミュール! 俺達みんなが、そんな事を望んでるって思ったのか? だから出て行ったって? お前を生贄に出して助かる事を俺達が望んだ? ずいぶんとお高く留まった悲劇のヒロインだな! おい、そこから降りてこい!」


 完全に気圧された。反論する意思すら折られたようで、年上のはずの黒髪の羽ありも親に叱られる子供のように口ごもるだけだった。


「な、なによ……」

「俺が、ウィンがどう思ってるか当ててみろ。お前、桁外れにアタマ良いから分かるだろ?」


 片羽の少年は何も言わない。何も言わず、真っ直ぐ彼女を見つめていた。


「……いって」

「うん? 聞こえねぇぞ! もっとはっきり、さっき怒鳴りつけたみたいに腹の底から声出せよ!」


 二人の方を見ていられない。発した言葉はかすれがすれで聞き取れなかった。


 出してはいけない、聞いてはいけない。

 せっかくここまで耐えてきたのだ。

 もしそれを形にしたのなら、何もかも崩れてしまうかもしれない。


 だけどもう、抑えていることもできはしない。


「……心配するな、帰ってこい。信じて、もう一度こっちに来いって、そう考えてるに決まってるじゃない! アタマがどうのとか関係ないわ! あなた達を見てたら、そう言ってるって分からない方がおかしいじゃない!」


 そう叫んだ彼女の目からは涙がとうとうと流れ、声は震えて時々しゃくり上げていた。

 羽なしの青年は確信した。ここにいる者達の想いは皆同じだ。もう離れていられることの方がありえない。


「だったら!」

「それでも怖いのよ! ここに在る物を野放しにしたらそれこそ全部おしまいかもしれない! だったら行く末とともに身を捧げた方がマシよ!」

「全っ然わかってねえじゃねえか! お前ホントにアタマ悪いな! どうしたんだよ一体!」


 どうして後一歩が叶わない、どうすれば最後の一手がかけられる。考えても考えてもわからない。彼女を縛る恐怖を断ち切る鋏がないか、羽なしの青年は探し続けた。


「いいか、お前がそんな風に思ってても好きなんだよ。そんなリスクがあったとしても俺はずっと、ずっとお前の事が好きなんだよ! それにお前の抱えてる苦しみをそのままにしておきたくなんかない。そう思ってここまで来たんだ! それを誰よりも…… ここにいる片羽の男が誰よりも強く! コイツの想いまで踏みにじってんじゃねえぞ!」


 彼らは必死だった。救い出したい、自身が危険に曝される事などよりも遥かに強い想いの丈をぶつける以外に言葉など無かった。


「う…… う……」


 苦悶の音が黒髪の羽ありの喉から漏れる。俯いたまま、肩を震わせ、一向に二人の方を見ようとしない。男達は銀の馬を止めたままずっと彼女を見守っていた。


「うるさい…… うるさいうるさい、うるさい! 何よ、わかったようなフリして! 駄目って言ったら駄目なの! ここは誰も通さないって…… 言ってるでしょ! うああああああああ!!」


 激しく頭を振って叫んでいた。長い黒髪が乱れる様は、彼女の体にまとわりつく物すべてを振り払おうとするかのようだった。使命と本心がせめぎあい過ぎて、彼女自身が何を望み、どうすべきなのかわからなくなっていた。意地にすがる事で正気を保つしかない。だが機獣の操縦は明らかに精細を欠き、その行動は大雑把で破壊範囲の巨大なものだった。

 後肢で高く跳躍して距離をとると、機械の掌が最大に展開し、大きく羽ばたくように指を振り回す。周囲のハンガーを巻き込み、崩された巨大な金属塊が二人に目掛けて降り注いだ。瓦礫が二人を押し潰し、粉塵が舞い上がって眼下の物を何も見ることができない。


「いや…… いやああああああ!!! ジュド! ウィン!! わああああああああああ!!」


 機獣に乗った黒髪の羽ありは施設が崩れ落ちる轟音に負けない程の絶叫を上げ、両手を頭に当ててかきむしっていた。自分が直接起こした破壊が招いた出来事を直視することができない。

 響いていた叫び声が消えていく。その中で彼女は頭を抱え、わなわなと震えていた。口を開いてはいるがそこから音は出ていない。崩落音も治まり戻ってきた静寂を破って再び音が響き出した。


「ったく、最初に言ったろ? なあ、ウィン」


 聞き慣れた声に、涙に崩れた顔を上げた。埃にまみれてはいるものの、半身に鎧を着けた青年と銀の馬の手綱を握る少年が、五体満足の姿でそこに居た。


「うん。僕達は負けない。エマが思ってるよりも、弱くなんかない! だから、帰ろう。一緒に、僕達の町に!」


 片羽の少年が両腕を開いて、受け止めるように力強く呼びかけた。あの頃よりも遥かに逞しく見える。


「だからな、もう一人で背負うなって。こっちに分けろよ。しっかり持ってやる。誰にどれを渡せば良いかって分かるだろ? 頭いいんだからさ」


 でこぼこにへこんだ鎧を着けていない方の手で頭をかく。怒鳴りつけた上に場違いに告白してしまった事を恥じるかのように、顔を赤らめながら穏やかに語りかけた。


 ここが、こここそが間違いなく彼女が帰りたいと望んだ場所だ。


「ホンッットにうるさい、うるさいのよお…… ばか、ばか、ばかばかばかばかばーか!」


 そう叫ぶと、黒髪の羽ありは声を上げて泣き始めてしまった。

 もう我慢しなくていい。任せられる、頼って良い者がそばに居る。ずっと抑えていた想いの洪水はいつまで経っても治まりそうになかった。


「まったく。世話の焼けるお姫さんだな」


 兄と弟は顔を見合わせ笑いあった。そして銀の馬から飛び降りて、動きを止めた機獣の足元へ二人で駆け寄っていった。





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