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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
66/82

第五十八羽 「悪夢の牙」

 

 

 

「あっ…… 何これ、すっご…… まるで付けてないみたい……」


 上に乗る羽なしの娘が思わず呆けた顔をしてため息をもらす。


「それに、あったかい…… 気持ちいい~……」


 挿入した途端に伝わってきた温度にこみ上げてくる高揚感を抑える事ができず、心の赴くままに動き始めた。留まる事を知らない胸の高鳴りに任せたその律動が彼女の髪を振り乱す。丈夫な台がぎしぎしと軋む音を立て始めた。さらに奥に入り込むにつれ、全身の動きがどんどんと激しくなっていく。それは暴れ狂っていると言うにふさわしかった。


「お、おいハニー、落ち着けって! あぶ、危なっ! 倒れる! な、落ち着こ、な!」


 下の羽ありの男が予想を超えたその激しさに耐えられず、自重するよう懇願する。しかし体の芯を貫く快感に、まだ彼女が満足する様子などなく、激しく突っこんでは引き抜くのを止めない。太く長いそれが蹂躙するのを心の底から楽しんでいるようだった。頬は赤く染まり、寒空の下で激しく漏れ出す白い吐息は、若々しく弾けんばかり生気と、年頃の女らしいみずみずしい色気を感じさせた。


「てやー! おりゃー! あーっはっは! まだまだいくわよー!」


 男の言葉など聞き入れず、無邪気に幼い子供のような声を出す。その姿はせっかく手に入れたおもちゃを手放せず、一心不乱で遊んでいる子供と言うのがやはり一番似合っていた。力任せに貫いた物は奥に行くにつれて相手を無理やりその形にぐっと押し広げていく。ついにたまらず弾け飛んでしまったが、彼女がその動きを止める気配は全くない。


「あーっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!」

「頼みますから! お願いです、エディさん! こっちが持ちません!」


 爽快感に支配された女の高笑いが響き渡っていた。限界を迎えた男が普段ほとんど使わない敬語で、顔面蒼白で頼み込む。羽なしの娘はようやく夢中で繰り返していた刺しては抜いてを止め、息を弾ませながら左手で乱れた髪を整えた。その奥から現れたのは、まだ足りないとでも言いたげな顔つきだった。


「何よ、だらしないわねぇ。こんなに気持ちいいのに!」

「その台詞は別のところでならもっとお聞きしたいのですが……」

「あーあ、ウィンならも~っと余裕があって優しくて上手なのになー。急に萎えちゃったなー」

「すみません。でもホント、操縦難しくなりますし、さすがにアイツらがかわいそうになってきたんで」

「ちぇー」


 銀の馬が駆け回るのは数多の幻獣がひしめく群れの中だった。小型機兵を駆逐しながら多種の小型幻獣が集団となり反撃の機をうかがっている所を見つけたため、突撃を仕掛けたのだ。

 せっかく思う存分、快復後のリハビリがてら楽しく新兵装の試運転をしていたのに止められてしまった羽なしの娘は、ぷーっと頬を膨らませて抗議の意を表していた。彼女のハメの外し方が余りに激しく、操縦への集中を切らせなくなった羽ありの男は振り返ることが出来ず、せっかくの可愛らしい仕草を見る事ができなかった。


 周囲にはおびただしい数の小型幻獣が無残に横たわり、風に散っていた。阿鼻叫喚の地獄絵図と言うのがふさわしいかもしれない。そのどれもが体に大きな穴をあけ、酷い物はぶつりと二つに千切れていた。このままではさほど時間をかけずに全滅する。突然巻き起こった嵐を前に、幻獣達は散り散りになって逃げ始めた。

 物足りない顔つきで、羽なしの娘が右腕に装着した鎧型兵装から伸びる巨大な針をぶんぶんと振り回し、素早くパンチを繰り出すように前に突き出す。


「さー、かかってきなさーい。蛇女だろーが、角の生えたお馬だろーが今のあたしは負ける気がしないわよー!」

「ユニコーンは勘弁してくれ! あれ、中級書最強なんだよ! 生身で相手するモンじゃねえって!」


 騎手の悲鳴にも似た叫びがこだまする。しかし出撃前とは打って変わって上機嫌になった羽なしの娘の耳には、全く届いていないようだった。



―58―



 羽なしの娘の組が陽動を兼ねて中央管理塔までの進路にはびこる幻獣を排除して回っている時、片羽の少年と彼の兄は一人の女性を探してスレイプニルを走らせていた。城門から最短距離で、かなり敵陣深くにまで入り込んでいた。中央管理塔の目と鼻の先だ。

 多くの倉庫のような頑丈な造りをした建築物が並んでいる。多くは古くから使われているような気配がした。事実そこは以前この土地を支配していた都市が作り上げた倉庫群だった。水路も近くに走っている。そこに面した門扉周囲の汚れが少ない事からも、支配者が変わった今でも使用されていたことが分かる。

 そのような倉庫群の中で、少数ながら最近建造されたと思われる新しい棟があった。そのどれもが古くからの倉庫とは素材も異なり、明らかに新たな支配者達が作り上げた物だと推察される。


「多分、こう言うのを一つ一つ見ていくしかないんじゃないかな……」

「うーむ、そうだな。鬼が出るか蛇が出るか……」


 銀の馬を止め、二人で周囲を見渡す。新しい物の方が少ないので、すべてを見て回ったとしてもそれほど時間はかからないと思われるが、何分ここは敵陣の真っただ中、しかも中枢の目と鼻の先だ。出来る限り長居はしたくない。


「……ウィン、任せた」

「えっ!? ぼ、僕?!」


 唐突に兄が弟に選択を託した。片羽の少年は訳が分からず戸惑いを隠せない。だが兄の方には確信めいた予感があった。


「お前、鬼ごっこ得意だろ」

「いや、それとこれとは全然別物だよ!」

「くじ運も良いし」

「そんなことないって!」


 当の本人は否定しているが、実際片羽の少年の運は悪い方ではない。それに故郷の子供達の間で冬の農地で盛んに行われている鬼ごっこにおいて、かつて片羽の少年の誇った強さは確かな物だった。ウィンと居れば勝てると言うジンクス。少年の兄はそれを漠然と信じていた。


「それじゃあお前、どうやってアワホヅツの中で一人でも見つけれるんだ? きっと何かあるんだよ。探してる人がどこにいるのか嗅ぎ分ける才能が。鬼にしたくない子ナンバーワンは伊達じゃないってとこを見せてくれよ」


 アワホヅツは彼らの故郷ではありふれた植物だ。その草丈はとても高く、立ち上がった大人ですら頭が出ない事も普通にある。しかもそれが収穫後の畑一面に生い茂るのだから、そこに入り込んだ子供を見つけ出すのは容易なことではない。空から羽ありが見てようやく分かるような状況なのに、なぜだか不思議なことに片羽の少年はそれを単独で捕まえてみせるのだ。


「僕だってよく分かってないのに……」

「だから試してみようぜ。きっとうまくいくさ」


 確かに手をこまねいている時間はない。仕方ないので銀の馬をゆっくりと走らせ出した。この機体はエンジン式ではないので低速であれば非常に静かだ。偵察にも向いている。じっくり品定めするように倉庫群を観察しながら進んでいった。

 新しそうな物をいくつか見ていくなかで、あることに気がついた。外観は新しいのに、基礎は変えられておらず年代が経っていそうな物がある。


「兄さん。なんだろ、これ」

「うん? ……昔の地下室があるのかもな。そうか、古い奴の地下に施設を作ってる可能性もあるな……。くそっ、しらみ潰ししか無いか?」


 その時ざぶっと水から何かを揚げるような音が立った。その音の方を見ると、近くの水路からたてがみを濡らし二人の方を見つめる馬がいた。

 わずかな時間ではあったが、凝視する瞳と目が合った。少年達がうすら寒さを感じたのは気温のせいだけではない。陸に上がらずそのまま水路に落ちたその馬には、明らかな魚の尾鰭がついていた。


「くそっ、見つかった! とにかく急ぐぞ!」


 スレイプニルの速度をあげる。いくつも倉庫を通り過ぎていく中、片羽の少年は目にした建物のひとつが気になりUターンさせた。


「おい、ウィンどうした!」

「あの建物! あそこが良さそう! とりあえず隠れよう!」

「根拠は?」

「何となく!」


 返答を受けた羽なしの男は、弟が指差した先の建物をじっと見た。古い基礎に新しい建屋。どことなく彼の恋人と切り盛りしている工房に似ている。十分だ、と答え、その正面へと向かう事に同意した。


 その建物は正面に巨大なシャッターを備えていた。起立した状態のタイプ・ギガンテが入るほどの大きさでは無いが、ロディニアが彼らの町に寄贈していった大型農耕機であれば十分に搬入できるくらいの広さがあった。

 道路に面した棟は古くからの基礎を持っていて周囲の倉庫群と似通った大きさであったが、後ろにはL字に増築した部分が続き、かなりの面積を持っていた。正面のシャッターは重く堅固で、易々と外部からの侵入を許しそうにない。逆に言えば中に入ってこれを完全に固定すれば、籠城するにはうってつけの構造だ。

 別の入り口がないか回り込んでみると、L字の角の所に物資を搬入出するためと思われる、やや大きめの入り口があった。しかしそこはロディニアのキャンプなどにもある軍事施設への出入り口と同様、生体認証システムを備えた電子錠が付いていた。ミスリルを利用した精神感応回路によるこのシステムは非常に優れており、すべてのハイランドで広く活用されている。登録されていない者が開錠するためには専用のキーが必要だ。侵入するためとは言え、ここを破壊してはせっかくの砦が意味を成さない。隠れているのはここだと教えているようなものだ。

 ところが二人が近づいてみると、そのロックはすでに開錠されていた。開かれた状態であれば誰でも使用する事ができる。スレイプニルから降りて少年の兄が操作すると、いとも簡単に二人を招き入れた。念のため内側からのロックし奥に進む。中はすでに照明がともっており、迷ったり躓いたりするような事はなかった。すでに誰かがいる気配が強く漂っている。

 搬入口を抜けると、そこはかなり大きく開けた空間になっていた。巨大なハンガーを数基備え、構造は彼らの町にある工房と非常に良く似ている。懐かしさを覚え周囲を見渡していた片羽の少年が、一つのハンガーの前に人影があるのを見つけた。


 その人影の描く体の線は、女性特有の柔らかい物だった。女性にしてはやや高めの身長、黒く長い髪、背中の翼。髪はやや艶を失いぼさぼさとしていたが、その後姿を忘れたりするはずがない。


「エマ……? エマだ! 兄さん、エマがいた!」

「でかしたウィン! お前マジですごいな!」


 二人ともまさか一発目で見つかるとは思ってもいなかった。歓喜に沸きながら緩やかにスレイプニルを走らせ近づいて来る二人の姿を見て、当の尋ね人はあっけにとられた顔をして固まっていた。


「ウィン…… ジュドまで……?」


 

 ようやく再会する事ができた。彼女の顔には疲労の色が濃く出ていたが、怪我をしたり不調を訴えたりしている様子はなさそうで、男達は安堵の笑みをこぼさずにはいられなかった。スレイプニルを停めると二人とも下車し黒髪の羽ありのもとに駆け寄った。


「良かった、無事みたいだな。さっさと脱出しよう。本格的にゴーレムがこっちに来る前に帰投しなきゃ俺達も危ないぞ」


 片羽の少年も喜びを隠せず、兄の方と黒髪の羽ありの方を交互に見ながらうんうんと強く頷いていた。さあ早く、と兄と一緒に急かす。しかし返ってきた答えは予想もしていなかった言葉だった。


「私、行けない。私には託された役目があるの」


 二人とも一瞬呆けた顔をしてしまった。彼女が何を言ったのか分からなかった。

 強引に身柄を引き渡され、望まぬ地で望まぬ働きを要求されてきた。何もかも放り出したいとずっと思い続けてきたのに、そうする事が許されなかった。

 だが今まさにその暴力を切り裂いて、救いの手を差し伸べる者達がやってきたのだ。断る理由があるはずがない。


 あるはずがないのに。


「役目? 何言ってるんだ、ここはお前の国じゃないだろう。託されたからって、敵の依頼を引き受ける義理がどこにあるんだ?」

「わかってるわ! だけどここに保管している『Fユニット』…… それを守る事を託されたの!」

「Fユニット?」


 耳慣れない言葉に二人が同時に聞き返した。


「そう。この戦争を終わらせるかもしれないし、悪化させるかもしれない力を持った、強大な物。これを野放しにしておけないの」

「でもそれをエマに託したって事は、エマがどう使っても良いって事じゃないの? それならロディニアに持ち帰ってどんなものか調べて……」


 片羽の少年の意見は至極真っ当なものだった。だが黒髪の羽ありは頭を抱えて、その場で叫び声を上げた。


「私、もう分からないの! この戦争を終わらせられるならそれが良い! だけどこれをロディニアに渡せば、その責を負わなくてはいけない人が出る! ゴンドワナが使えば、私がした以上の被害がみんなに出る!

 私がここで何をしていたか、何となくだけど気付いているでしょう? ジュドも、ウィンも! 私はみんなを傷つける事を、ずっとしてきたの! そしてこれが使われたら、何がどうなるのかもう分からない! どっちに転がっても不幸な事にしかならないわ!

 これを他の誰かに絶対に渡せない……。分かったのよ。これを使われないようにする事が、私がずっと守り続ける事が今の私の使命だって! だから分かって、お願い! 私はもう、戻ってはいけないの!」


 ずっと抑えていた物が急に弾けたような悲痛な叫びだった。拳を強く握ったために痛みが生じる程爪が手の平に深く食い込んだが、そんな事も忘れて叫んでいた。その迫力に一瞬気圧されかけたが、二人の持ってきた想いもその程度で譲れるような弱い物では無い。


「バカヤロウ! 俺達がどんな想いでここまで来たと思ってる! お前は考えすぎなんだ! 良いからこっちに来い!」

「そうだよ! そんな物に僕達は負けない! だから!」


 その強い想いを受けて、黒髪の羽ありは両目に涙を浮かべていた。嬉しさからなのか、受け止められない悲しみからなのか。ずっと耐え続けてきた彼女にも分からなかった。


「……ありがとう。でもこれは置いて行けない。シモン将軍が使ったらどうなるか、予想がつかない。だけど持ち出すことも、壊すこともできない。使わせないためには、私がいなくては駄目なのよ」


 黒髪の羽ありの決意は固く、こちらも曲げられそうになかった。科学者である彼女の気質からもそれは明らか。そうであれば、彼女をここに縛り付ける元凶を砕く以外に道は無い。


「だったら何があってもそいつを壊していくぞ! ウィン!」

「ダメって言ってるじゃない! もうやめて! あなた達にこれ以上の危険に踏み込んで欲しくないの! それにあの人を苦しめたくもない!」


 黒髪の羽ありは羽ばたき上がり、二人の手の届かぬ高さに離れていった。そしてそのまま、背後にそびえ立っていた巨大な機械の頂点に乗り込んだ。

 鈍く響く駆動音とともにその機体に輝きが戻る。立ち上がるとゆっくりと動き出し、納められていたハンガーから離脱し、二人の男の前に対峙した。



「戦争が終わるまで誰の手にも…… ゴンドワナにも、ロディニアにも渡したりしない! 私がこのキマイラで守り抜くわ!」



 黒髪の羽ありが乗った機体の背中から大きなパーツが二つ離れ、浮かび上がった。それが二つとも男達の方を向く。


 考えたくもない悪夢が、現実となって二人に牙を剥いていた。




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