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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
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第五十七羽 「支えのない花」

 

 

「なあ、ウィン。分かってると思うが」

「うん。僕達にとって、エマを探す事が最優先。そのためにここまで来たんだ」

「ああ。託された任務はそのついでだ。邪魔立てが入ったらそれは蹴散らして、後は極力無視。スレイプニルの操縦、任せたぞ」


 枯葉と砂塵を置きざりにして銀の機体が街路を走る。その速度はすでに市街中に展開している戦車や輸送機、そして小型機兵よりも遥かに速かった。空から気味の悪い人面鳥が並走してくるが、攻撃体勢を取って襲い掛かってもその爪が銀の馬とその騎手達を捕える事はできなかった。自慢の音波攻撃もこれだけ速度が出ている物を相手にしては、その有効範囲に捕える事ができなかった。

 他の小型の幻獣ではその速度に追いつくことはもちろん、身を呈して妨害しようとしてもね飛ばされるだけで効果を成さなかった。


「兄さん、真っ正面に大きめの反応!」

「おう!」


 短髪の羽なしの青年が立ち上がり、後部座席に備えられた新しいスレイプニル用兵装に右腕を通した。それは肩まですっぽりと入る巨大な手甲のような形状をしていた。腕を通した先にグリップが存在し、それを握りこむと全体がかすかな光を放って変形した。鎧のような外装が少し膨張したように開き、先端部が後方にスライドする。固定されたカバーの下には空洞が隠されており、装着した羽なしの青年が腕を上げるとその空洞から金属音を響かせて銀に輝く太い針が飛び出した。


 彼らが進む先に、逞しい男性の上半身と洗練された曲線を描く馬の下半身を持つ異形がいた。一頭は弓を構えて矢をつがえ、一頭は盾と槍を構えて突進してきた。奥の個体が構える矢の射線に乗らないよう、片羽の少年は重心移動によって進路を少しだけ左に取った。放たれた矢は彼らを捕える事無く背後に消えていったが、二本、三本と続けざまに飛んできた。そのいずれも片羽の少年の見事な手綱さばきによって命中する事は無かったが、異形の攻撃は終わらない。矢の後ろに隠れて、突進する人馬の槍が迫る。後部座席で武装した少年の兄が手甲から前に伸びる太く長い針を真正面に構え、わずかに右に向かって弧を描くように動かした。

 鎧から伸びる針は槍をさばくとともに人馬の腹を貫通すると、お互いがすれ違う勢いのままさらにめり込んでいき、最後には引きちぎるように人と馬を分断した。スレイプニルは勢いを全く落とさないまま、もう一頭の人馬の横をすり抜けた。

 鎧はその重々しい外観とは異なり、装着者の意のまま、実に軽やかに動作した。起動前に比べて外観はやや膨らんだようだが、内部装甲は逆に通した腕に密着し、使用者の動きがそのまま反映されるようになっている。実際その重量はかなりあるのだが、機械の補助によってほとんど感じない。しかしやはり操作にはある程度の筋力が要求され、羽ありよりも羽なしの方が扱うのに向いていた。

 少年の兄がグリップを完全に離すと、針は収納されて外殻が閉じ、密着していた内部装甲が外れた。そのまま右腕を引き抜き後方に向き直ると、今度はそのまま左腕を挿入し装着した。針は収納されたままだが外部装甲は一段と幅を持ち、明らかに盾として機能していた。身に付けた銀の鎧で放たれる矢を受けつつ、後部座席左に備えられた小さな砲台を真後ろに向ける。


「撃つぞ!」

「はい!」


 片羽の少年の返事の直後トリガーを引くと強い衝撃音とともに光弾が発射され、後ろに残してきたもう一頭の人馬に命中して爆裂した。


「フィールド反応、消滅。兄さんナイス!」


 左手をハンドルから離して後ろに向ける。そこに兵装をすべて解除した少年の兄が、ぱちん、と音を立てて左手を打ちつけた。その後しばらく進路を邪魔する影は無く、二人は無言のまま奥地を目指した。重苦しくは無いが、じりじりと焦燥が募ってくるのを二人とも感じている。その沈黙を破ったのは後部座席の男だった。なあ、ウィン、と声をかけると少しだけ耳を後ろに向けて弟が返事をした。少しだけ言いよどむ風であったが、一つ大きく息を吸って続けた。


「すまん。お前に一番損な役回りをさせて……」

「ううん。いいんだ、兄さん。僕は僕の想いをそのままにしておきたくない。エマを助けたい、それだけだよ。僕の事なんかより、エマの事の方がずっと……」


 後ろの席の男からは前に座る男の顔を見る事ができない。しかしその力強い声から、少年が逞しく成長している姿を十分に見て取ることが出来た気がした。しかし彼の事を良く知る後部座席の男にとってその言葉は、弟を溺愛しすぎる妹を持つ兄としても、一人の男としても何とも複雑な心境にさせた。


「……エディには聞かせられんな」

「ね、姉さんは関係ないよ!」

「そうだな。そういう事にしておくか。後でネフューに八つ当たりされてもらおう」

「兄さん! ……兄さんは中佐の事、どう思ってるの?」

「うん? そうだな…… 弟離れに丁度良い相手じゃないか? うおっ すまん、ウィン冗談だ! ちゃんと走れ!」


 一瞬でむすっとした顔つきになった運転手が急なハンドル操作を行ったため、機体が強く蛇行した。当然倒れる事などないのだが、後部の方には遠心力が強くかかり大きく振られる結果になった。右の鎧型兵装の突起を掴んで振り落とされるのを防いだが、これを繰り返されてはたまらない。一応軽度に身の危険に晒されはしたが、今までこのように自分の想いを隠さず表すことの少なかった弟の事を思うと、思わず笑顔がこぼれた。もう一度謝りしっかりと座席に着いた後、本題へと戻った。


「にしても一体エマはどこにいるってんだ? 谷の城塞で見つけた情報だと重要人物として拘束もされず丁重に扱われているってことだが……」

「一緒に載ってた技術顧問のセレ博士って人が知ってるんだろうけど、その人を見つけるのも大変だろうし」

「兵器関連の施設にいるかもしれないが…… しかし広いな。一体どれだ?」

「とにかく先へ進もう。大きなフィールド反応がある所を一つ一つ当たってみるしかないよ」





 二人の乗った銀の馬よりもまだ遥か先、中央管理塔から少し離れたところに大きく頑丈な造りをした建築物があった。中には大型機械を収納する為のハンガーがいくつかあるが、一ヶ所だけ機体を残し、あとはすべて空だった。人気もなく、静かで寒々しいそのドックの中、正面にそびえる一機の巨大な機体を見上げる、黒い髪をした羽ありの女の姿があった。

 騒乱が近くにまで来ている。だが彼女はそこから避難しようとしていない。決意に満ちた目で眼前の機体を見ながら、数日前の事を思い返していた。





―57―




 西の空が茜に染まっていた。周囲はもうそれほど時を経ずして夜に変わろうとしている。その部屋の中は相変わらず外よりも夜が来るのが早かった。

 照明もなく、暖房も入っていない。一つの机の上に一つ、黒い塊が乗っていた。部屋の入口が、すっと静かに開かれてわずかに外の明かりが入ってくると、机の上のそれがもぞり、と動き、ぼさぼさと乱れた糸束が流れ落ちた。開いた入口の方を向いたそれは、女の顔だった。


「セレ博士……」


 力なく消え入りそうで、吐く息の方が長いその声を受けて、入ってきた老羽ありは笑顔で返事をした。今の時期はまだまだ寒いのだから、体調を壊さないよう日が落ちる頃には暖房をつけるよう、そしてすでにしなくてはいけない仕事は終わっているのだから休むのなら部屋に戻るように忠告した。それに対して、黒い髪をした女の羽ありは気のない返事を返した。

 もともと器量の良いその女の顔には疲労の色が色濃く出ていた。老羽ありはそっと近づいて隣に座り、彼女の机の上に置かれている櫛を手に取り、女の髪をき始めた。この櫛は何度言っても自分の身だしなみを正そうとしない彼女を見かね、気が向いた時いつでもやれるように用意してやった物だ。しかしついぞ彼女が髪をく所を見る事は無かった。仕方なしにこの老羽ありが何度か代わりにいたものだった。


「年頃の女性はこのような赤の他人、しかも爺さんに自分の髪を梳かれたくなどないはずだよ。それなのに君は変わっているね」


 痛くはないかい、と気遣う言葉も忘れない。それは優しく、穏やかで、まるで聞いている者を寝付かせるかのような耳触りの良い声だった。しばらくゆったりと、長い髪の毛先まで丁寧に梳き、そろそろ終わりといった頃、老羽ありが沈黙を破って語りかけた。


「エマ、また悩んでいるのだね?」


 苦しまなくて良い、と言うかのように慈しみに満ちた声色だ。問われてからまた少し沈黙が流れた。老羽ありは髪を梳く手を止め、櫛を再び机に戻した。ことり、と小さな音がやけに響く。その響きが消えるとゆっくりと女は口を開き始めた。


「私、やっぱり博士がおっしゃったようには割り切れないんです……。この衝突が不可避であるなら、少しでも長くロディニア側の準備期間を設けさせる必要があった。私が現存の魔道書を最適化して、その手法を規格化する事を条件に開戦延期を成しました。でも、これは違う……」


 黒髪の羽ありは喉から振り絞るように声を出した。椅子に腰かけたまま両膝に肘を付き、組んだ両手に額を預けたまま顔を上げない彼女の頭に、皺の刻まれた大きな手の平が当てられた。固そうであるが、とても柔らかに、ゆっくりと慈しむように撫でていく。先程髪を梳いていたのと同じか、それよりもさらに優しい手つきだった。それを拒むことなく受け入れていた彼女は大きく息を吸い込み、長く、長く吐き出した。


「正直に言います。私、楽しかった」


 黒髪の羽ありの告白にも老羽ありは動揺しなかった。むしろゆったりと大きく頷いた。


「博士のところに来て、また光子技術の開発に携わって、私が見たことも聞いたこともない、最新で未発表の技術の一端に関わらせていただいた事が、すごく嬉しかった」


 老羽ありはそっと目を細めた。久しぶりに見た彼女の明るい顔だ。しかしすぐにそれも消え、そこから明かりが灯る事は無くなった。しかし老羽ありはそれを咎める事などせず、ただ黙って、じっと話を聞いていた。


「でもそれも開戦まで。開戦後こちらに報告として挙がってくるのは、私が規格化した技術を応用した幻獣の強化成果と、それが成した戦果……。

あの技術を作った時点でこうなる事は予想していました。だから、忘れようと、考えないようにしようと、より研究に没頭させてもらいました。そしてついに博士のレッドクリスタルが完成した」


 老羽ありはじっと待った。沈黙が流れても口を挟まず、黒髪の羽ありが自らの言葉で語るのを待ち続けた。その様子が、彼女が頭の隅に追いやっていた者の姿と重なった。彼女を想い、彼女を慕った二人の男とその家族の姿だ。もうあの時に戻れない、そう実感すると目の前の景色が歪み、声が震える。必死に耐えるためには、さらに時間が必要だった。


「レッドクリスタルは非常に有益な物です。これは迎撃システムにも防衛システムにも人員削減と確実な同期化を可能にし、戦略バランスを一瞬で変える物です。最適化を施された魔道書に応用すれば、一度に使役できる力場フィールドの数を平均五倍にまで増やせ、それに対する使用者の意思をより高度に反映でき、作業の効率化はこれまでの比にならない」


 必死で感情を押し殺し、淡々と理論だけを述べた。理論を述べる事は何も思い悩む必要が無くて楽だからだ。そしてその理論から予測される結果は現実ではない。だが。


「最凶のバジリスクも撃退されたと聞きましたが、それまでにロディニアが被った被害は甚大。そして間もなく使用が始まる、ワイルドハント。私がした事が、かつての仲間を苦しめ続けるのは間違いないんです。結局私は、戦火を拡大させる事しかしなかった……」


机上に広がる殻の中に閉じこもりたかっただろう。しかし彼女は、実験から生み出された事象を無視できるほど冷淡でいる事はできなかった。

老羽ありはそれを何より心配していた。自分の導いた現実に向き合わなくてはいけない、そう分かっていても彼女は支えてくれる存在を置いてきてしまった。一人で成さなくてはいけないと必死になり過ぎ、茎ばかりが伸びてしまって今にも折れてしまう、そんなかよわい花だ。


「それにあんな魔道書があるなんて知らなかった。ワイルドハントの核はレッドクリスタルじゃなくて、あの幻獣じゃないですか? これまでのレッドクリスタルを使ったテストは、すべてあれの為の実験のようにしか見えないんです。あの魔道書が…… いえ、幻獣よりもあの子…… ただ一人あの魔導書を扱えるあの子がレッドクリスタルを使った時、本当に危険です!」


 必死であるが故、すべての情報をまとめ答えを導き出し、そしてその答えの持つ言い知れぬ不気味さを見抜き、彼女よりも真理に近いと思われる者に訴えた。年老いた羽ありは撫でる手を止めて静かに離れ、窓の方に向かって歩いて行った。彼女の言葉をすべて受けた老羽ありの表情はとても穏やかで、彼女の答えに満足しているようにも見えた。

 窓際に立ち外の景色を見ると、目の前を一台のビークルが走り去っていった。それが行ってわずかな後に、向かいの建物の扉が開いて伝令と思われる羽ありが書類を片手に飛び立っていく。この国の仮設都市を守る城塞が陥落したと報告があったのは昨日の夜中だった。本土決戦が近づき、国中に緊張が走っている。しかしこの老羽ありは動じているようには見えない。最早彼が何か手を打ったところでどうにもならず、なるようにしかならないと達観しているのだろう。そしてそれだけではない。この先の結末がすでに見えているようでもあった。


「シモンはそれよりも遥かに強大だよ。それを御する自信があるから、あの子をあのグリモアと一緒に自由にさせているのだ。君も見たのだろう? 精神感応率が100%を超えると言う事がどういう事か。ミスリルとエリクサーがあれば、シモンは科学で予測されうる事象を超えた奇跡のわざを意図的に起こせるのだ。その圧倒的たる力、畏怖を持つシモンこそが、ワイルドハント、科学の力を携えた人間の軍隊の真の核だよ。

……だが、そんな彼も所詮私と同様、歴史に翻弄された老人だ。年寄りは労わってあげてくれないか」


 真意を測りかね、押し黙るしかなかった黒髪の羽ありの様子を見て、年老いた羽ありは孫を見るかのように穏やかにそっと微笑んだ。


「エマ、君が思い悩むべきではない。それでも心優しい君はその事にも心を痛めているのも分かる。君なら正しい道を歩むことが出来るだろうね。

……君に託したい物がある。ついてきなさい」


 老羽ありがそっと手を差し伸べる。少し躊躇っていたようだが、黒髪の羽ありはその手を取った。




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