第五十五羽 「神話の戦」
氷壁が砲撃によって崩れ落ちていく。氷塊が落着して跳ね上げる水しぶきが激しく、まるで瀑布が作り出すような水煙となっていた。撃ち方止めの指示が入り、戦車隊からの斉射が一旦止んだ。砲撃の残響はほどなくして無くなったが、波音が余韻を残している。さざ波を思わせる響きが辺りを満たす。それも次第に小さくなっていくのに連れて、水煙も薄くなっていった。
水煙の奥にうっすらと岩山が見えてきた。予想はされていたが、大河の主は健在だった。全体に再び緊迫した空気が流れる。そしてその直後、一閃、まるで何か光のようなものが戦車隊に向かって走った。それは隊の最前列にいた、傘を広げていたプリトウェンの一機に命中した。攻撃は光の膜に遮られ、後方の戦車隊には被害は出ていないようだが、作り出す光の膜の形状がいびつになっている。
「AMF展開継続! 全隊後方に下がれ!」
広げていた傘の骨組みのうちの一本が切り飛ばされて転がっていた。幻獣の性質から、おそらく超高水圧のウォーターカッターによる攻撃だ。命中したのが偶然AMF展開中のプリトウェンであったからAMF発生装置の軽度な損傷程度で済んだが、これをまともに受けては他の機体はひとたまりもない。隊を後方に下げたのは推測通りのウォーターカッターであれば、距離を取れば威力も落ちるはずであるからだ。
戦車隊よりも水路に近い位置にいる二機の巨人も光の壁を作り出し、防御態勢に入った。
―55―
膠着状態に入り時間が経った。岩山に何か動きがあるわけでもなく、ただ静かに時が流れていた。
AMFは物理的な攻撃を遮断する強力な防御フィールド障壁だ。しかしそれを継続して発生させるためには多くのエネルギーを消費する。そのため搭載できるのはプリトウェンのような特化型か、エリクシルリアクターを持つゴーレムに限られた。
光をエネルギーに変換し蓄えると言うミスリル銀の性質上、強い日照があれば長時間の運転も支障なく行える。しかし今はあいにくの曇天。プリトウェンのAMF継続展開にも限界がある。またゴーレムはその動力源であるエリクシルリアクターの稼働に必要なエリクサーを、戦いの序盤で浪費するわけにはいかない。
一か八か、巨人の一機がAMFを解除し、斧型兵器を手にして岩山に向かって走り出した。直線で向かえば最も早いが、それでは狙い撃ちされる可能性が極めて高い。進路を左右に振りながら接近する。一閃、岩山から狙撃があったが命中せず、巨人は相手の懐に飛び込んだ。斧を振りかぶり、全力で岩山に向かって叩きつける。大きな衝撃音とともに刃が岩肌を切り割き深く食い込んだが、その巨体から見てもとても大きなダメージになったとは考えられない。岩山が大きく揺れたため巨人はすぐさま斧を引き抜き、再び距離を取った。
岩山が立ち上がり、大きく水を跳ね上げながら水中から竜の首と巨大な鰭が現れた。轟音とともに岸に乗り上げ、その鰭を横に薙いだ。巨人はその一撃を斧の柄で受け、踏みとどまった。巨人の足元の地盤が深く抉れた事から、鰭の一撃が相当の威力を持っていたことが知れる。猛烈な力が緩んだところで巨人が鰭を押し退け、再び斧を振りかぶる。もう一度、今度はその鰭に向かって刃を振り下ろしたが、わずかに早く竜の口から水流が放たれ、押し流された。水流を受けながらも体勢を持ち直し、巨人は流されきる事なく踏みとどまった。一瞬の洪水が治まった後、水路には再び岩山だけがあった。
竜の首の付け根と思われる部分が岩山に開く洞窟のようになっている。だがその洞窟の幅は目視した限り竜の首よりも明らかに細い。その不自然に丸く開いた空洞が、巨人と正面向き合った状態になっている。
背筋が冷えるような感覚に襲われ、巨人が慌てるようにその場から離れた。それとほぼ同時に岩山から一閃、光が走った。巨人の手に持つ斧の刃が半分になり、彼方の大地に残りの半分の刃が突き刺さる。さらに速度を上げて離れる巨人に対し、水路に浮く岩山は緩やかに向きを変え、しかし確実に砲台の狙いを定めていた。左掌から洞窟に向けて熱線を乱射するが、その洞窟を崩すことはできなかった。洞窟から滴る水の量が増えていく。おそらく次の発射が近い。どうしても射線を外すことが出来ず、これまでかと覚悟した時だ。岩山が揺れて狙いが逸れ、砲撃は地面を深く割いただけだった。洞窟と反対側の岩肌にたくさんの炸裂が起こったのだ。その炸裂が起こった方には装甲を開いた左腕を突き出す、もう一機の巨人がいた。ガエボルグを撃ち、狙撃を妨害したのだ。ガエボルグによる爆発と言えどその岩山を砕く事は出来なかった。
常識はずれな強度を持つその岩山が、今度は爆撃を行ってきた巨人の方に向きを変えた。すでに洞窟から滴る水の量が多くなっており、次の一撃の準備を進めている。巨人も右腕を突き出し、さらに装甲を開いて再び銀の槍を放った。洞窟付近の岩肌に命中するが、破壊することは出来ない。爆炎によって妨げられた視界が晴れると同時に狙いを付け直し、まさに放たんとした瞬間だった。目も眩むほどの強烈な光の一撃を受け、岩肌が砕け散った。斧を奪われた巨人が最大出力で放ったエネルギーキャノン「パニッシャー」が、大河の主の鎧を打ち破ったのだ。竜はたまらず水の中から首を出し、雄叫びとともに大量の水を周囲にまき散らした。
半狂乱と言うのがふさわしいほどに竜は暴れ狂った。長い首を振り回し、水路の水を鰭でかき出し、近くに何物も近寄らせない。しかし巨人達は冷静だった。斧を失った巨人はその左腕を伸ばし、装甲を開いてガエボルグを発射した。むき出しになった胴、頚部に次々に銀の槍が突き刺さり炸裂する。悲鳴にも似た轟音が大きく響き、竜の動きが鈍った。そこにすかさず斧を手にしたもう一機の巨人が高速で接近し、力を込めて一撃、竜の首に巨大な刃を振り下ろした。
……
……
竜が風に溶けていくのにつれて水路の水がみるみると退いていき、深く広い堀が再び姿を現した。竜の体躯を易々と収める程の水路だ。これほどの幅になると巨人はもちろん、戦車を含めた陸用の大型機が渡るには橋が必要だ。しかしその橋はゴンドワナ側に上げられてしまっている。城壁の砲台ほぼすべてが破壊されたため、橋を架ける作業も比較的容易に行う事が出来るが、さすがに時間がかかりすぎる上にゴンドワナもそこまで悠長に構えているとは思えない。
活動可能になり再び進行するように信号を受けた小型の機兵達が、どんどんと水路際に押し寄せてきた。深い堀を前にしてはじめは渡れなくて立ち往生していたが、少しすると一機一機が重なり合い、組み合わさっていく。対岸に向かって機兵で出来た枝がだんだんと伸びていき、ついには橋となった。それを渡って次から次へと機兵が対岸に到着し、城壁を登って領域内に進入していった。しばらくすると城門を兼ねていた水路の跳ね橋がゆっくりと降りはじめた。
「うわっ…… すっご。キモい」
「こいつは驚いた」
「え、何ですかアレ。かっこいい」
「マジか…… これはヤバいだろ、何作ってんだよロディニア」
四者四様の反応を見せる。その正体を知っている二人の羽ありが笑って答えた。
「ミスリルゴーレム・タイプ・レギオン。小型で個々が強力な能力を持っているわけじゃあないが、集団で行動して作戦を遂行するのさ。人工知能搭載の自律機動型ってところが他のゴーレムと違うところだな」
「数々の制御や行動パターンにその容量を割いてるから、一機一機ではあまり高度な事までは出来ない。だが単純でも一つ一つのレギオンが別々の役割を持って動き始めると、ああ言った高度な作戦までこなしてくれるんだぜ」
説明をした羽あり達は腰に手を当て、モニターの向こうで作業に勤しむ小型機兵を誇らしそうに見ていた。キラキラと輝く目で観ている者もいる。すごいすごいと呟き、興奮を隠せていないようだ。
「あのサイズの軍隊アリかよ……。えげつねぇな」
「軍隊アリってなんです? あの蟻ですか? あんな生き物が本当にいるんですか?」
「ウィンが意外と食いついてきたな。好きなのか?」
「なあ、アレで完成形か? 足の関節可動域とかもっと動きやすく出来そうなんだが」
「ううう、鳥肌が立つ!」
同じ光景を見ているはずなのだが、それに対して持つ印象、感情は個人個人で全く異なっていた。だが全員、過度に緊張しているようには見えないところは共通している。
「さあさ、おしゃべりはここまでだ。ここからは作戦通り、一気に攻め込む。みなさん、頼んだぜ!」
完全に下りきった跳ね橋を戦車が続々と渡り始めた。トレーラーにいた三組の機動部隊もそれぞれの機体に就いた。彼らが駆るのは機動力に優れ、多様の作業を遂行するための装備改造が施された二輪型ミスリルマシン「スレイプニル」。騎手がそのハンドルを握り、命を吹き込んでいく。
トレーラーの後部ハッチが開かれた。一騎、また一騎と外に飛び出していく。砂煙を上げ、城門に向かって速度を増しながら進んでいった。