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  作者: れいちぇる
第五章「幻獣大戦 収束」
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第五十四羽 「凍土の王」




「ね、ねえ…… あれってさすがにあたし達行かなくていいよね?」

「そりゃあ無茶だ。死にに行くようなもんだぜ、ハニー。デカブツ同士でやり合わせておけばいいさ」

「何でアンタが答えてんのよ! ただでさえこの布陣に不満があるのに!」

「姉さん落ち着いて」


 広めの倉庫のような空間の中に片羽の少年の姉の声が響く。モニターには二機の巨人と岩山を背負った竜が戦っている光景が映し出されていた。

 ここはロディニア軍本隊後方の大型輸送トレーラーの一つ。三台の二輪車型作業機械「スレイプニル」が並び、それぞれに二人ずつの乗組員が乗車していた。スレイプニルはもともと、今は囚われの身である黒髪の羽ありの工房で設計、作成した一台しかなかったのだが、開戦初期の武勲が認められ量産する運びとなったのだ。その開発に関わった羽なしの青年の協力を得て、新たに二台作成する事が出来た。もともと搭載していたプラズマカノン「グングニル」では破壊規模が大きくなりすぎるため、今回は小型化で威力を抑えた「ライオット」を装備している。さらにオリジナルのスレイプニルに少し改良を加え、搭乗者が装着し使用するタイプの兵装を新たに備えていた。起動テストは片羽の少年が担当し、それぞれの動作に問題が無い事を確認している。

 片羽の少年は彼の兄と、栗色の髪をした羽なしの娘は捕虜だったゴンドワナの青年とペアになっていた。それが納得できないらしい。


「もうっ ジュド兄、代ってよ! あたしヤだって!」

「おいおい、どう考えたってこれが一番だろ。攻守バランス見ろって」

「やーだー! あっ ライオスさん、この男と交代して!」

「おっ 心変わりだぜ、やったなライオス」

「なるほどプロポーズか。エディさんなら喜んでお受けしますよ」

「違う! この状況で何でみんなこんなノリなの?! ってかどうしてコレとくっ付いてる事になってるの?!」


 もう一台のスレイプニルとともに、ロディニアの精鋭としてライオスとヒューゴが参戦する。彼らの実力は折り紙つきで、羽なしの娘がユニコーンと戦った時も見事なサポートを果たした。その直後も逃走するゴンドワナの魔道士を追跡し捕獲すると言う任務もこなし、今回の任務においても高い信頼を受けていた。

 だがしかし性格は両者とも根明で陽気。さらに二人が同調し合い、普段であれば相加どころか相乗的に加速していく。この程度で済んでいるのは一応戦時下である事から自重しているためだ。任務外では悪乗りが過ぎて上官からの注意を受ける事がしばしばあるが、彼らの性格は陰鬱としやすい長期にわたる作戦中にも隊の士気を落とさない点で重宝されていた。


「じゃあ僕と代る? それなら」

「何でウィンと代るの! ウィンとが良いの!」

「嬉しいけど、そうじゃないと話が一向に進まないよ。ライオスさんと交代してもらっても姉さんは特殊工作できないんだから。中佐と行くのがイヤならそうしないと……」

「やーだー! ジュド兄が代ってくれないならヤだー!」

「おまえ今年でいくつだよ、二十歳過ぎただろ……」


 少年の兄が呆れてため息をついてもらした何気ない一言は、妹の烈火のごとき怒りにさらに油を注ぐ結果となった。


「レディーの歳をバラさないでよ! この唐変木!」

「お前めんどくさいな! いいからネフューと行けって! 羽あり嫌い治す意味も兼ねてさ。意外と悪い奴じゃねえぞ、そいつ」

「お義兄さん! マジっすか! 俺がんばります!」

「おー、少年が怖い顔してるぜ」

「えっ」


 ヒューゴの指摘に片羽の少年がかすかに動揺した。取り繕うように首を横に振り、意図せず寄せていた眉根を緩める。一瞬見せた男の顔に、若干姉も頬を染めた。


「ウィン……」

「そ、そんな事ないですっ ほら姉さん、仕方ないじゃない。僕も残念だけど、ね」

「おーおー、知られてないと思ってるぜ、少年は」

「あ、あの、僕は、そうじゃなくて…… エ、エマを早く助けに行かないと!」

「若さゆえの過ちか……。なあウィン、これ終わったら俺らンとこ来いよ。相談に乗るぞ」

「ヒューゴさん!」


 今この場にいる者が全員精鋭中の精鋭とは誰も信じられなかっただろう。だが間違いなく個々の能力は高く、戦局に柔軟に対応し得る。市街地に突入した後の速攻をかけるための機動部隊だ。城門の前で繰り広げられている激闘に勝利した後からが正念場。このように緊張が緩んでいられる時間も残りわずかだ。刻々と決戦の時が近づいていた。




―54―



 巨人が放った熱線を遮った氷の防壁からもうもうと蒸気が上がっている。

 続けざまに攻撃を仕掛けたいところであるが、巨人も予想以上の幻獣の力を前に、相手の出方をうかがわざるを得なかった。巨人は右翼側と左翼側から一機ずつ。先に攻撃を受けたのは左翼側の巨人で、それに対して反撃を行った。本来ならその反撃に乗じて右翼側の巨人が攻撃する予定だったのだが、岩山を背負った竜が自らを包むかのように滝を作り出したため、攻撃する機会を失っていた。さらに滝は氷壁となってその場に留まり続け、中の様子も見えず、巨人側は完全に連携のリズムを崩された状態となった。


 氷壁の方から重く打ち付けるような音が立つのとともに、熱線を受けたあたりからびしびしと亀裂が入って氷壁は崩れ、大きく穴が開いた。蒸気と破片が落ちていく事で生じる水しぶきが激しく、水を操る竜の姿をはっきりと見る事ができない。背負う巨大な岩山の影はうっすらと見えるのだが、首がどこにあるかが分からない。また老人の姿をした幻獣の姿は、白装束の事もあって完全に見失われていた。

 生じた霧は風が吹くにしたがって薄くなっていく。先程よりもはっきりと岩山の姿を確認できるようになった。巨人がスラスターを全開にして突進を仕掛けた直後、岩山の方から霧を引き裂いて巨大な槍が飛んできた。とっさに斧の柄で槍を払う。しかし次々に岩山から槍が飛んでくるため、右に進路をとらざるを得なかった。一本だけ巨人の左肩をかすめていったが、他は命中することなく大地に突き刺さって動きを止めた。

 それは巨大な氷柱つららだった。その先端は鍛錬した物ほどの鋭さは無いが、その重量も相まって速度があれば十分な武器となり得る。現にその槍がかすめた左肩の装甲は鈍く破られ、その下の関節部分がその穴から覗き見えていた。

 巨人の姿がその窓から見えなくなると、岩山を背負った竜はそこに水を吹き付けた。みるみる氷壁が再生されていく。負けじと巨人が氷壁の別の部分に熱線を放った。連射に連射を重ね、ついには貫通させた。貫通と同時に壁の向こうから氷柱が放たれる。しかし呼び寄せていたプリトウェンの傘が開かれ、その氷柱のすべてを弾きかえした。氷柱による攻撃が治まるとまたしても竜が氷壁を再生させ始める。だがその再生を許さず今度は巨人が撃ち始める。幾度となくこの攻防が繰り返された。しかし一向に決着がつく様子がない。


 一方、まだ破られていない防壁に向かって、右翼側の巨人が斧を振り下ろした。響き渡る轟音とともに壁面に食い込んだ刃の周りから細かい霧が上がっている。びしり、と鈍く不安を覚える音とともに氷にひびが入った。食い込んだ斧を引き抜き、ひびの入ったあたりにもう一撃振り下ろした。さらに強くひびが広がり崩れた部分に巨人は右腕を突っ込んだ後、急速で後方に下がった。右腕の装甲の一部が開いている。直後強い炸裂音が響き、氷壁が広く崩れ落ちた。ひび割れた氷の中にガエボルグ(注:装甲内に収納されているミスリル製の誘導ミサイル)を撃ち込み、炸裂させたのだ。地面の辺りまで広く開いた壁の奥には、岩山を背負った竜と白装束の老人の姿がはっきり見える。巨人は手にした斧を背中に収め、水が音を立てて流れ出ていく氷の門に向かって進んでいった。

 ところで小型機兵はと言うと、戦闘態勢維持のままの待機命令が発信され、今は水の届いていない所から巨人と氷壁を取り囲むように待機していた。巨人達と幻獣の戦いが始まってからも次々と押し寄せ、巨人と幻獣の間に割って入らないよう迂回して城壁を目指していたのだが、水路からあふれる水は触れると凍りつき、足を踏み入れた機体はすべてその場に捕えられてしまったためだ。

 氷の門から流れ出る水も同様で、巨人が足を踏み入れると凍りついた。だが巨人の歩みを止めるにはいささか浅かった。右翼の巨人からは白装束の老人の方が近く、門に入ると同時に赤く輝いた右腕を伸ばし、老人を掴もうとした。撃ち込まれ続ける熱線に対処し続けていた岩山を背負った竜は、侵入者への反応が遅れた。

 絶好の勝機。だが老人に届くよりもわずかに早く、その手には竜の口から水を吹き付けられて標的をつかみ損ね、しかも一瞬でその水は凍りつかされ攻撃不能となった。この状態で壁の内側にいるのは極めて危険。壁の外に出ようとしたが、スラスターが起動せず動きが止まった。巨人を捕えるには浅かったが、スラスターによる機動力を奪うには十分効果を示したようだ。竜と老人の二体による追撃を受ける最大の危機を迎えたが、撃ち込まれ続ける熱線によって竜はそれ以上侵入者に力を割く事が出来なかった。代わりに老人が冷気を放とうと手にした錫杖を掲げた。スラスターは使えないが、この量の氷では巨人の活動を止める事は出来ない。巨人もとっさの判断で跳躍して壁の外へと脱出し、老人からの攻撃を回避した。


「右腕部凍結! パイロット解凍作業に入りました。作業終了まで四十秒!」

「ゴーレムには老人の方が手ごわいか? 止むを得ん、バースト使用を許可する」


 左翼の巨人の盾となっていた光の膜を張る機体が動きだし、巨人の進路を開けた。左翼の巨人は両掌から熱線を乱射しながら壁に近づいて行く。老人を守るために攻撃を中断せざるを得なかった竜は、攻撃を再開する手を抑え込まれて頭部を水中に潜めていた。甲羅である岩山は非常に強度が高く、熱線では全くダメージを与えられていない。だが巨人の狙いははじめから竜ではなく、老人の方だった。

 氷壁に開いた窓から老人の姿を確認すると、巨人はそちらにも熱線を撃ち込んだ。老人も氷の盾を自分の正面に作り出して巨人の放つ熱線を防いだが、弾幕が激しく盾はたちどころに融け落ちてしまった。ふわりと穏やかに巨人の射線から離れていった。実際は熱線を避けるためにかなりの速度であったのだが、それを感じさせない優雅な振る舞いだった。

 壁外に逃れ、離れた所から再び強力な冷気を放たんと錫杖を掲げたが、巨人はそれを許さないとでも言わんばかりに連射の手を止めなかった。老人も必然的に氷の盾で守らざるを得ない。そして竜のもとに戻る事も出来ない。常に熱線を放つことで冷気による攻撃を防ぐのと同時に、老人を岩山を背負う竜から引き離す事が狙いのようだ。竜と老人が離れた後は右手で老人を、左手で岩山に向かって熱線を放ち続けた。

 巨人の放つ矢に追い立てられた老人の足元には水が広がっていない。竜の水は老人にとっての盾でもあり、剣でもあった。巨人を相手にするためには必要不可欠。しかしそこに戻る事は至難の業だった。老人は周囲に残っている水を全て集めて一つの巨大な氷の盾を作り出した。当然その盾を破壊するべく巨人は熱線を放ち続ける。盾はみるみる融けていくが、老人がさらに冷気を浴びせ続ける事で融けた所から再び氷結していく。形を変えこそすれ、老人を守る盾は存在し続けた。この攻撃への対処法を見抜いたと言わんばかりに、老人は緩やかに竜のもとに戻り始めた。このまま戻れば、お互いが補完し合う強大な力で再び猛威を振るうことが出来る。だがそこに思わぬ伏兵が待っていた。


 バチン、と強く弾きあうような音が立ち、老人は桃色に輝く光に包まれていた。そこに待っていたのは先程まで巨人を守っていた二機のプリトウェンだった。AMFを発生させている傘は半球状の碗の形になっており、それを二つ合わせ、鳥籠を作り出したのだ。盾でしかないと思われていた機体の行動を予測できなかった老人と竜は完全に分断された。そして光の膜を発生させている中心の輝きがみるみる増していく。


「AMFジェネレーター、オーバードライブ!」

「バースト、撃て!」


 冷気を放ち、膜の発生源を機能停止させようとしたが間に合わなかった。一気に輝きを増した中心部から強烈な衝撃波とエネルギーが放出され、球体の中を駆け巡った。すさまじい爆発音が響き渡り、周囲が揺れた。しかし衝撃のほとんどはAMFによって遮断され、周囲にはその破壊は及ばなかった。

 光の膜は消滅し、それを発生させていた傘からは蒸気が上がっている。使い物にならなくなったそれを切り離し、プリトウェンはその場を離脱していった。


「幻獣フィールド反応、消滅!」

「戦車隊、砲撃開始!」


 合図とともに氷壁に向かって攻撃が開始された。次々に着弾し、分厚い氷の壁が削られていく。氷壁に入ったひびが広がり、音を立てて崩れ始めた。




 今回撃破した幻獣は「ファーザー・フロスト」でした。

 北極圏の森林に住むと言われる、穏やかながら森に迷い込んだ人を凍りつかせる森の主だそうです。彼の審判基準を満たす善人だったら助かるとの事ですが……

 これからの季節、会いたくない幻獣ですね。


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