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  作者: れいちぇる
第一章 「片方だけの翼」
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第六羽 「少年の勇気」


「子供達は今日も元気。何より、何より」

 大きくため息を付いた後、靴を脱ぎ膝まで裾を捲くった羽なしの農夫が呟いた。両足は湯に浸かっていた。彼が足を休めていた泉の周囲には背の高い枯れ草は無く、広く開けていた。代わりに小さな小山が数ヶ所あって、木枯らしが吹くとその山からさらさらと音を立てて乾いた葉が舞っていく。

「さて、と。そろそろ続きをしますかね」

 腰を上げて濡れた足を拭き、口元にマスク代わりのスカーフを巻き、帽子を被る。丈夫な作業靴を履いて歩き出し、少し離れたところにおいてあった道具を手に取った。それの先は大きな三日月形をしており、立った姿勢で持つとその三日月が丁度草の根元に来るように柄の部分が曲げられて調整されていた。

 ブゥン、と唸るような音がすると、先ほどまで鈍色をしていた三日月のへりがかすかに光っている。それを使って非常に軽い手さばきで農夫は背の高い枯れ草を刈っていった。


 子供達の高らかな笑い声が風となって、草むらの間をすり抜けていく。





―6―



「この子は誰が何と言おうと、私とハミルの子です」

 羽なしと羽なしの子は、羽なし。その律を破り生まれてきた片羽の子を目にした誰もが妻の不義を疑った。だがこの町に生まれた大抵の女子は、男子と異なりこの町から離れることなく成人し家庭を持つ。幼い頃からずっと知られたスティナは、道理にそむくことを決してしない、はっきりとした女だった。器量もよいスティナに好意を寄せる男は少なくなかったことも事実だったが、彼女は皆を信じ、そして皆も彼女を信じた。

 その赤子はウィンと名付けられ、他の兄姉と変わりなく育てられた。羽ありとしてではなく、そして羽なしとしてでもなく。


 ひとりの子供として家族の愛をその身に受けて。





……




 高い土の壁を必死に登る。途中までは順調に登っていたのだが、やはり高くなるにつれて顔に浮かぶ疲労の色が濃くなっていく。日中たくさん穴を掘っていたことも併せてみれば、それほど時を経たずして、少年の腕に残った力が自身の重さを支えられなくなることは明らかだった。

 真上に進むだけならば比較的容易だっただろう。だが地上がもともと農地だけあって上に行くにしたがって柔らかくなり、崩れる箇所が現れだした。左の羽を広げて壁の土を払う。土の奥に隠された固そうな場所を探して横に移動しながら上を目指す。体力も時間も浪費される一方だった。


 結局頂上までたどり着く前に少年の腕力は限界に達した。壁にしがみついていることがやっと。残りあとわずか。子供の背丈くらいの距離なのだが、見上げる者には途方も無い道のりに見えた。そして手の届く範囲の土はどこも崩れやすく、加えて腕は痺れてこれ以上上がることが出来ない。

 できることは、空に向かって大きく声を上げ続けることだけ。ここまで登ってくればきっと届くはずと信じて助けを呼び続けた。空からも見えるようにと、もともと白かった薄汚れた片羽を精一杯広げる。本当に今にも落ちてしまいそうだった。崩れやすい土壌の中でほんの少しだけ固い、不安定なわずかな部分に身を委ねるしかない状況は、肩で息をしている少年の体力と心を容赦なく削り取っていった。


 実際はわずかな時間だったかもしれない。しかし少年にとって極めて長い、永遠とも言えるような過酷な期間が過ぎていく。目を閉じたまま幾度も幾度も叫び続け、だめかもしれないという弱音を振り払い続け、近くの誰かが見つけてくれることを祈り続けた。


「ウィンだ! みんな! 誰か! 大人の人を呼んできて! ウィンが地割れに落ちたよ!」


 空から子供の声が響き渡る。地の裂け目に引っかかった少年には、必死に続けた自分の叫び声しか聞こえていなかった。息継ぎのために声が途切れた時、初めて自分の方へ声が近づいていることに気がついた。






……





「やっぱりあなたはお母さんの子、お父さんの子。良く頑張ったわ」

 白く美しく輝いていた羽も泥まみれにし、身体のあちこちに擦り傷や打撲を作ってきた。だがその代わり、怪我をした友達を助けることができた。

 我が子の勇気を称えない母があろうか。怖かった、と泣く息子をなだめ、日の暮れた寒空の下で冷えた体に上着を着せて帰路につく。

 たまたま家にいて一緒についてきた姉が、家につくまでの間ずっと、弟の汚れてしまった羽の羽繕いをしてくれていた。



 家族に包まれ、皆に愛され。時に心無い無邪気に打たれながらも、強く根付かせ育つ若木。

 少年は少しずつ葉を広げる。いつかたくましい大樹となる日を夢見て。



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